首相になってはいけない人間がなってしまった、とつくづく思います。
官房長官時代には岩国の住民投票に疑問を投げかける発言を繰り返 し、その後もみえみえのパフォーマンスにきゅうきゅうし、強行採決で突破して無理矢理成立させた改悪教育基本法を「国民が望んだ」と言い放つのを見ては、 政治家以前に人間として、人格を疑わせるのに十分でした。
この男なら、ねつ造した民意を錦の御旗に掲げるのも平然とやってのけるのでは ないか。まだ“若い”からぎこちなさが目に付くけれど、あと少し経験を積めばファッショ政治家の面目躍如、妄想のような嘘も板について、祖父がそういわれ たように、まさに“平成の妖怪」といわれるようになってもまったくおかしくない、とこの頃思います。
就けてはいけない人間をなぜ首相の位に就けてしまったのか? というのが素朴な一国民としての私の疑問です。
まず、コイズミ純一郎が首相在任当時後継として強く押したことが大きく作用したのは記憶に新しいですね。でもこの人に政治的な理念があるとはとても思えませんから、その理念をアベ氏に継承させたいという姿勢がそもそも不思議でした。
さらには、国民的人気のあるアベシンゾー氏で参院選を乗り切ろう、ということで自民党が雪崩をうって彼に傾斜していきました。
アベ氏なら参院選を乗り切れる、という言説はたびたびメディアで聞かれましたが、ほんとうにそうなのでしょうか。あまりにもその話しが強調されてきたので、かえって嘘っぽさを感じてしまったのですが。
自民党総裁選は多額の金が乱れ飛ぶ金権選挙だ、といわれてきました。クリーンを売り物にするこの人は、それでは困るということで、そうした説を流したのでしょうか? つまり、やらせ。タウンミーティグと同じ構図。
思い出せば、総裁選前に発表された候補者3人の資産額の中でも、アベシンゾー氏の群を抜く蓄財術には呆れたものですが、それはあくまでも公表されただけのものです。おそらくそれ以上に集金マシーンは稼働中で、その中の1つが下関市なのだ、と想像しています。
2005年の下関市長選では、反江島の声の票割れを起こさせるために5,000万を用意して元県議を立候補させました。結局三つどもえの市長選の結果、数では反江島票の方がはるかに多いにもかかわらず、民意に反して江島氏が当選してしまいました。
(5,000万については下関市民からの伝聞ですので確証はありません。でもこれで選挙資金ができたということですから、無視できません)。
また投票日直前には、形勢不利と判断して危機感を持った江島・アベ陣営が札束の山を某宗教団体名誉会長に届けた、という話しが地元では囁かれています。真偽のほどは明らかではありませんが、その時の宗教団体会員の投票行動を見てみれば分かるかもしれません。
いずれにしても、地方中核都市の首長につくと、その気になればかなりの金額を吸い上げることも可能なことは、下関の事例で示されています。
昨日22日の毎日新聞の社説は、「『チーム安倍』が漂流している」と題して、
「まだまだ改革の断行が必要だ。従来以上に強力な政治主導が求められているのに、官邸の対応が後手に回り、さまよっているようでは情けない」
と結論しています。去年の春に契約してしまった毎日新聞の1年間購読。これまでとっていた朝日と毎日は、今後の状態を見てからと、現在契約更新を断っています。この分ではまた契約更新が遠のきました。
行政改革でこれまでになく突出してしまった官邸の主導力。もともと議院内閣制には、大統領以上の権限が集中する可能性を秘められていたと指摘するのは植草さんです。
つまり、
「内閣総理大臣が権限をフル活用すると三権の頂点に君臨する存在になる。 議院内閣制は絶対権力を創出する「ポテンシャリティー」を持つ仕組みなんですね」というわけです。
そして(この行革以前あるいは小泉以前は)どこかで「自己抑制」が働いて、曲がりなりにも「三権分立」を保ってきた」のだとも。
改革は英語で言えば‘reform’。なんのことはない、「リフォーム」です。
去年あたりは、悪徳リフォーム業者がしきりにメディアのやり玉に挙がっていましたが、最悪のリフォーム業者はいったいどこの誰なのでしょうか?
