とむ丸の夢

政治January 12, 2007 10:00 pm

9日に発表された日英共同声明。

 日本と英国は国際的な諸課題について視点を共有する戦略的パートナーだ。 
 国際的安全保障についても緊密な協力を継続し、安保理改革の実現に協力。
 英国は日本の安保理常任理事国入りを支持する。
 大気中の温室効果ガス濃度を安定化させる国際的枠組み構築に協力する。
 国際的な開発援助政策の継続、科学・技術・イノベーションについて共同研究の強化、等々、いかにも訪欧に効果があったように新聞には書いてあります。
 おまけにブレア氏の後継と目されるブラウン財務相、野党保守党党首キャメロン氏と相次いで会見したことも記事になっていましたが。

  この日英共同声明が英国国内でどう受けとめられているのか気になって、BBC world Service で記事探すのですが、見つかりません。サイト内を「Abe」で検索すると、訪欧出発直前の8、9日の東京でのインタビュー記事があるだけでした。
 それもそのはず。
 11日の毎日夕刊を見ると、今回の首相訪欧に関して現地メディアはかなり冷ややかな反応を示しているようです。英国の一般紙はブレア首相との会談内容そのものを報じていないらしい。

 10日のBBCは、もっぱら下院で開かれた党首討論でのブレア首相の発言を取り上げていました。
 
 英軍増強について訊かれたブレア首相は、米軍が駐留しているバグダッドとバスラの状況は異なる。拠点とするバスラで数か月前から展開してきた英軍の治安回復作戦は数週間以内に完了する、と説明したようです。

 これに対して自民党党首ミンギス・キャンプベル氏は、「テロリスト(とBBCでは表記)」の活動がバグダッドからバスラに場所を移すことがないのを前提にしているだけだ、と懸念を表明し、いつになったら自主的な外交政策が期待できるのだ? と言ってます。

 ちなみに、このミンギス・キャンプベル氏の党は、そもそものイラク派兵に反対した唯一の政党です。

 これに対してブレア氏は、米国との「重要な」同盟をたてに米国追随を正当化したようです。
  
 そして11日に発表されたブッシュ大統領のイラク新戦略を受けて、イギリスメディアは色々と喧しい。

 11日付のデーリー・テレグラフ紙は、ブレア英首相が2週間以内にイラク南部に駐留する英軍7200人を3000人削減する方針を発表すると報じる。

 BBCが伝えるのは、イギリスの永田町とでもいうべきウエストミンスターで、予想されるブレア首相の退陣に先立つ数週間までには、つまり5月までには、3000人までは削減されるという噂でもちきりなこと。

 また、ブレア首相は、米軍の増派計画は英国の漸次的な兵員数減少の動きに何ら影響はないことを、時をおかずに示唆したことも。

 が、これは有権者を安心させようとしているだけで、米国大統領の決定がドミノ効果をもたらす危険がある、とBBCのアナリストは言い、キャンベル自民党党首は「米軍の増派は(英軍のいる)南部の治安情勢を悪化させかねない」と警告します。 

  ブレア首相のスポークスマンは、これまでいわれてきた、英国の政策はホワイトハウスに決められてきた。ブレアにはブッシュについていくしか選択肢がない、 という「ブッシュのプードル」説を否定し、米国と英国の戦略は「つりあいのとれた」ものだ、と説明しているようですが。

 さて、これだけ危惧されているブレア氏のイラク政策、もしかしたらドミノ倒しのように、バグダッドの米軍のみならずバスラの英軍まで危機に陥るのではないか、と心配されているにもかかわらず、日本と英国は「視点を共有する戦略的パートナーだ」と宣言するのは何を意味するのでしょうか?

 なにしろ私たちの国も、イギリスに負けず劣らず、外交に限らず内政までホワイトハウスに決められています。

 いったい何のために、アベ首相はイギリスへ、そしてヨーロッパ歴訪へ出かけたのでしょうか? 

 と考えている矢先、ブリュッセルのNATO本部で演説をする首相の姿がテレビ画面に映されました。昨年、麻生外相が、日本はNATOの重要性を発見したからNATOも日本の重要性を発見してくれ、と演説した所と同じでしょう、きっと。

 「憲法の諸原則を守りながら、日本人は国際社会の平和と安定のためなら自衛隊が海外での活動を行うことをためらわない」と述べていました。この言葉の先には、憲法を作りかえることが当然あるのでしょう。

 少々上気した様子の、あどけないようなお坊ちゃんっぽい表情。戦争をする国がそれほどまでに夢だったのか、と愕然とさえしてしまいました。

 まさか、まさか、日本がNATOの準加盟国となること、英国に代わって日本がイラクで米国を応援すること、そんなことにはならないでしょうね?

政治 9:58 pm

Liberal Democratsとは、イギリスの自由民主党。略して自民党です。
 保守党、労働党の2大政党に次ぐ第3の政党。 
 
 イギリス自民党の前身はグラッドストンで有名なかつての「自由党」。

 20世紀初頭、労働党が生まれると、自由党はその支持層を次第に奪われ、長期凋落傾向がはっきりとしてきます。
 1945年、保守党チャーチルの挙国一致内閣の後、1945年の総選挙で、労働党393、保守党213議席に対して、自由党は12議席と惨敗しました。

(イギリスは単純小選挙区制ですから、得票率をずっと下回る議席数しか得られません)。

20050502_2.gif

(画像は、AllAbout、辻雅之さん「よくわかる政治」から勝手にお借りしました)。
1988年、自由党と社会民主党が合併して自由民主党が誕生しました。

 2005年の総選挙では、得票率22.7%(前回比+3.9%point)を獲得。8議席伸ばし62議席(議席率9.6%)となりました。

 ブレア氏率いる与党労働党が圧倒的な勝利をした2001年の選挙に対してこの2005年は労働党の「辛勝」に終わったようです。2005年5月の神戸新聞によると、与野党の議席差は、100以上で「安泰」、50で「危機的状況」といわれていたところ、70前後にまで減ったとのこと。


 サッチャー氏の保守党が政権に返り咲いた1979年、二大政党保守党・労働党が占める議席の割合は95.7%でしたが、次第に低下して、2001年総選挙では87.7%になっています。


 この間議席数を伸ばしてきたのがLiberal Democrats自民党で、ここ数年、急速に存在感を増しているそうです。 


政権に対する批判票の受け皿になっているのが、野党第1党の保守党ではなく、この自民党なのです。

 小選挙区制の下でのこの第3の政党の存在は、昨年の教育基本法改悪・防衛庁省昇格問題で野党第1党の民主党に失望した私たちにとって、励みになりませんか?


ただ、それ以上に私たちの生活を破壊するような政策を自公政権が掲げている現実の中でどのように行動するか、大いに悩むところ。

 国民には道義を説き、自らは平気で道義を踏みにじる政権、数の横暴で好き勝手する自公政権に対抗するにはどうしたらよいか、じっくり各政党の動きを見ながら、考えていきたいと思います。

政治 9:56 pm

今回の首相の北大西洋理事会(NAC))出席の露払いでしょう。
 すでに昨年5月、私たちが連休に浮かれている間に麻生外務大臣が同理事会で演説をしたのは、「新たな安全環境における日本とNATO」です。

 この中では次のことがいわれています。

 2001年9月11日以降の世界では、いつ、どこで新たな脅威が現れるのか、予見は難しい。
 アジアでは、北朝鮮・台湾問題のような冷戦構造がまだ残っている。
 台頭する中国の軍備増強からも目が離せない。
 2002年のインドネシア、バリでの自爆テロのように、テロリストの攻撃は国境に関係なく、いつ、どこでも起こりうる。
 アジアでは、テロリズム、海賊、人身売買、麻薬密輸、大量破壊兵器の拡散党に対してASEAN地域フォーラム(ARF)のような共同戦線の動きも出てきている。

新しい脅威に見舞われる前に、私たち皆が行動しなければならない。

 この認識の下で日本はNATOの重要性を再発見した。NATOにも日本の重要性を再発見してもらいたい。 そして、

・アラビア海では、日本の補給艦と護衛艦が、NATO加盟国海軍のため待機している。
・アフガニスタンでは、旧国軍兵士の武装・動員解除を行って、市民社会の中に戻している。
・イラクでは、オランダ・英国・オーストラリアと協力して人道復興支援、道路の補修、医療サービスの提供をしている。
・ゴラン高原では、カナダ、ポーランド、スロバキアといったNATO加盟国と協力してPKO活動に従事している。 (←ゴラン高原にまでいっているとは、知りませんでした)。
・パキスタンの大地震後、NATO即応部隊の近くで救援活動をした。

 駐アフガニスタン大使のNAC訪問、海上自衛隊潜水艦作戦の専門家のNATO潜水艦救難作業部会の会合参加、NAC事務総長の訪日、自衛隊統幕議長のNATO本部があるブリュッセル訪問、外務副大臣・外務事務次官のNATO訪問、そして麻生外務大臣のNAC訪問と、共同歩調や交流実績を積み上げてきた(← いつもの手段。既成事実を積み上げていく)ことを述べ、

「今後、日本とNATOとが相互理解を継続的に深めていけば、最後には、政策協調のみならず、オペレーショナルな面においてもどのような協力が可能かを見つけるであろうと私は確信しています。

 皆様、共に第一歩を踏み出し、前に進みましょう」

という言葉で締めくくられています。

 NATOへの熱いラブコールのような文面ですが、「オペレーショナルな面operational areas」というカタカナ語ではピンとこないかもしれませんね。これは軍事面のことを指します。


昨年11月、NATO首脳会議後に発表されたリガ宣言にいわれた「われわれの利益と価値を共有する連絡国(コンタクト・カントリーズ)を含む非NATO諸国との関係において、作戦上の連携を増大させていく」の中にある「作戦上の連携」という語が、この「オペレーショナルな面での協力」に対応し、軍事作戦上の連携を指しているのだと思います。

 これを天木直人さんは、

米国の「テロとの戦い」への犠牲をNATO加盟国だけで負担するのは困難になってきたので、NATO以外の米国の従属国にも負担させろということだ

と断言されています。

 久間氏は、防衛省・防衛大臣誕生で破顔一笑だるまに目を入れる


 首相は自衛隊員の閲兵を受け、胸の高まりを抑えられないでしょう。

 こうした光景を見ると、どうしても、一昔前の兵隊さんごっこに興じる少年を連想してしまいます。それとも、おもちゃの兵隊をずらーっと並べてその布陣を考える戦争ごっこが好きな少年かな。

 しかし現実はおもちゃの兵隊ごっこではなく、『ロードオブウォー』に描かれた世界でしょう。

ロードオブウォー

 主人公の武器商人が1年間で取り扱う銃を、米国大統領は1日で売ってしまう。冷戦後の(冷戦前も)各地の紛争に使用される武器はすべて、米・仏・英・露・中という国連安保理常任理事国でつくられている、というのが本当の話でしょう。

政治January 10, 2007 11:59 am

「省」昇格法が12月に国会を通過して、防衛省が誕生。
 これに先立ち、7日、久間長官は、「わが国を取り巻く安全保障環境の変化を受け、国防任務や国際平和協力活動など、防衛庁、自衛隊の活動に対し国民の信頼が寄せられたものだ。より精強な自衛隊となることが重要だ」と強調したそうだ。

「省昇格に伴い、法案提出や予算要求の権限を持つことになる。さらに、国連平和維持活動(PKO)など自衛隊の海外活動は、国会の承認が必要な「付随的任務」から「本来任務」に格上げされる」とニュースにありますから、自衛隊の海外活動には、これからは国会の承認が必要ないことになるわけですね。

「国民の信頼が寄せられた」といっても、国民の多くは単に名称の変更ぐらいにしか認識していないのではないでしょうか。
 政府の説明はほとんどありませんでしたから、省に昇格したらどういうことになるか具体的なことは知らされず、いつのまにかできてしまったと受けとめられています。

 そして7日、首相は北大西洋理事会(North Atlantic Council)に出席のため出発。
 これはNATO北大西洋条約機構の最高意思決定機関です。

 シンゾーは、NATOになんの用がある? とでも詠みたいところ。

 首相の訪問目的は、「より積極的な対欧州外交政策」を展開する意向を表明し、英国、フランス、ドイツなどの欧州諸国を訪問する予定とのこと。

 NATOには、「地球規模の軍事同盟」になるべきか、「米国および欧州諸国のみによって結成された軍事同盟」であるべきか、という問題があるらしい。

  昨年11月には日本、オーストラリア、ニュージーランド、韓国との軍事的パートナーシップの形成が提唱され、米国は日本、韓国、オーストラリアを含む5か 国を新たな協力国グループ「グローバル・パートナー」として組織するという提案を行い、フランスなど複数の加盟国からの反対により退けられた、という話が あります。

 それにしても、「地球規模の軍事同盟」とは、何に対する軍事同盟なのでしょう。SFではあるまいし、地球外生物の来襲に備えるわけではありませんよね。

 いうことをきかない国やグループににらみを利かして、いざとなったら、ちょうどイラクのように、軍事行動でいうことをきかせるぞ、ということなんでしょうか。いや、イラクは一応いうことをきいたのではなかったかな?

政治 11:57 am

自民党の英語名はLiberal Democratic Party(LDP)です。

 ああ、驚いた。

 リベラル・デモクラティック・パーティ。

 うそだあ! 看板に偽りありだあ!! とわめいてみたい。

 強行採決はデモクラティックではないし、内務省で辣腕ふるったおじいさまを信奉する人を歓迎して皆でいっしょに支えているのは、とてもリベラルとはいえません。

 世襲同士で国政上の重要ポストをたらい回しにするのも、デモクラシーではありません。もう3世は当たり前、4世まで何人も出現してきているのです。

 実は私、これまで自民党のHPを見たことありませんでした。始めて眼にしたそのHPで、英語表記を知ったのです。

 私はてっきり、Conservative Party つまり「保守党」とばかり思っていましたので。

 サッチャーさん率いる1980年代のイギリス保守党政権を、1周遅れで懸命に後追いしてきましたし。

 さて2000年の総選挙時、コイズミ自民党に票を投じた年輩の男性に理由を聞いたところ、「何かが変わりそうだったから」と答えたのが印象的でした。

 何かが変わって欲しい、といっても、もともと人間は保守だと思います。つまり、保守でいる方がストレスが少ないということですが。
 昨日までの生活スタイルや考え方を守っていた方が、ぜったい楽に違いありません。

 変革をするのには、ましてや変革を続けるのには多大なエネルギが必要ですし、自分自身も傷つくことがあるでしょうが、コイズミ氏自身はそうではなかったようです。

 奇妙に明 るいイメージ。底抜けに明るいイメージ、というよりも、陰も深みもない人間の印象があります。大人のイメージではありません。

 あっけらかんとして苦労知らず。影はあっても陰はない。クリーンイメージがどこまで本当か、はなはだ疑わしく、影にはいろいろありそうです。
 
 在任5年間で、《いわゆる改革》に邁進できたのは、きっと自分については痛い思いを何も味わっていなかったせいでしょう。

 このコイズミ氏の時代、列島の北から南まで、隅から隅まで席捲した「官から民へ」の合い言葉。 これがまた社会保険庁についていわれています。
 
 首相は年頭の記者会見で、「教育の再生」の次に「社会保険庁の改革・解体」をあげました。

 ところがこの改革シナリオは、政府・自民党ともにきちんとは描けていないようです。

 例として、昨年、自民党の社会保険庁の改革ワーキンググループでとりまとめられた案を見てみますが、2つの方針を示す、2ページの簡単なものです。

1.公的年金の運営を再構築し、国民の信頼を回復するため、社会保険庁を廃止し、解体する。

2.組織人員は必要最小限とし、一層の合理化・効率化を図る。

 
 ここで、民間の有識者による第三者機関が業務を振り分けて、できる限りアウトソーシングを行うことが説明されています。

(ですが、2.の職員に対する厳しい措置の説明を読むと、不祥事があったのは確かだけれど、なんだか釈然としないなあ。学級崩壊ならぬ国会崩壊とさえ言えるような国会議員の出席率の悪さ、新聞を読む・携帯電話を使用する等の議場でのマナーの悪さの方は問題じゃないの? と言いたくなりますが)。

 社会保険庁がとかく問題の多い官庁であるならば、情報公開法が適用できるものにしておく必要があるとの主張が、昨日7日の毎日にありました。トランスペアレンシー・ジャパン事務局長石井陽一さんの発言ですが、同感です。

 社会保険庁を民間組織に変えると、次の2点が問題となることが指摘されています。

1.この情報公開法が適用できなくなる。
2.最悪の場合は、破産もあり得る。


この社会保険庁改革がどこまで進んでいるか、ここに掲載されていますが、昨年の臨時国会(9/26~12/19)に提出された法案は次期国会での継続審議の手続がなされなかったために廃案になっています。

 与党内でもまとまらずに迷走中。有識者会議に一任されそうだということです。

 教育基本法の改悪だとか、防衛庁省昇格法案だとかを駆け足で進め、結局国民の関心がもっとも高い年金問題は、こうして有識者にお任せ、ということになるのだとしたら、いったい国会議員の仕事はどうなっているのでしょうか。

政治January 6, 2007 3:35 pm

 私は今頃知ったのですが、昨年12月18日のasahi.com(現在はすでにリンクが切れているようです)には、自民党に対する大手銀行の融資残高が05年末で約80億に達し、3年間で倍増したしたことが書かれていました。

 その内訳を見ると、
      

         02年度    03年度    04年度   05年度
東京三菱    4.75      4.25     4       3.75
  UFJ     9.5       8.5      8       7.5
 みずほ    9.5       8.5      8       7.5
三井住友    9.5        8.5      8        7.5
 りそな     4.75      24.25     49      53.75

 というように、03年以来、他のメガバンクに対して、国会の議員会館内に支店を持つ唯一の銀行、りそなの残高が突出しているのがよく分かります。



 これは、解説によると、 「メーン寄せという手法です。逃げたい銀行は残高を減らしメーンバンクが肩代わりして融資を増やす。不良債権処理でよく使われた手でした」そうな。

 03年のりそなといえば、春の経営危機で約2兆円の公的資金が投入されたばかりのところ。なんでも、「旧大和銀行時代から永田町と関係が深く、国政選挙で資金を工面してきた」のがりそなということです。

  どうも、03年5月、コイズミ首相(当時)が開いた金融危機会議で破綻と認定されて公的資金が注入されたことから、救済をしてくれた政権党へ融資を急増させる結果になったようです。

 救済してくれた政権党に公的資金の一部を還流するかのように融資が始まる。そのカネで他の大手行は残高を減らすことが可能になる。自民党にとってもりそなにとっても、他の大手行にとっても、万々歳、というところ。

 昨年末、世論を怖れて自民党はりそなを含む大手銀行の献金を断りましたが、もともとその献金とは、融資に対する返済資金の一部になるわけだったのです。銀行は融資をした上に、その返済にさらに自らの資金を融通する、なんとも妙な構図です。

 93年に残高が多いのは、自民党が負けたこの年の総選挙の際、「後で政治献金を集めて返済するから」と梶山静六幹事長(当時)にいわれて貸したもので、自民党にとっては、いわば政治献金の前借りでした。
 
 さてここで話しを元に戻しますと、03年に破綻とされた根拠は恣意的なものだったようです。金融法制上の操作を行って税金投入をした経緯については、その前後の竹中氏が主導した金融政策の動きを含めて、植草レポートに詳しい分析が載っています。

 それによると、

 03年の春、「大銀行といえども破綻させないというわけではない」と竹中金融相が語り、大銀行破綻が現実の問題として浮上。このとき暴落した株価のお陰で、外国資本が日本の優良資産を破格の安値で大量取得。

 そして金融法制の巧妙な抜け穴をかいくぐって、5月17日、実質国有化方針が示され、りそなは破綻前資本注入を受けます。銀行救済が実行され、株価は猛反発。7600円まで暴落していた日経平均株価は17000円台まで上昇することに。

(この間の経緯については、「日本公認会計士協会、新日本監査法人、朝日監査法人、繰り延べ税金資産、りそな銀行、金融庁、竹中金融相、木村剛氏を結びつける「点と線」を綿密に洗い直して、真相を明らかにする必要がある」と、植草さんは指摘)。

 さらに、竹中金融相が米国政策当局とコンタクトをとりながら、「大銀行破綻をちらつかせて株価を暴落させて、最後の局面で法の抜け穴を活用して銀行救済を実行する。銀行救済後には株価が猛反発する」というシナリオを描いていったのではないか、と氏は疑っています。

(なお、りそな破綻の根拠となった繰り延べ税金資産の計上については、植草さんのレポートをお読み下さい)。

 りそな、及び他の大手行の献金について、民主党の岡田克也さんは次のように言っています。

 担 保も取らずに、巨額の金を政党に貸すということは、私は株主に対しても預金者に対し ても説明できないことだと思います。当然、自民党の要請に基づいて融資を増やしてきたと思いますが、自民党のほうも、そういったまだ国の関与の残っている りそな銀行からの融資を増やしているということについて、きちんとした説明責任が求められると思います。
                        (以上岡田かつや TALK ABOUTより )

 国家ぐるみの「風説の流布」、「株価操縦」、「インサイダー取引」の疑いと、この突出した自民党への融資残高をみれば、金融にうとい私でも、りそなは何かおかしい、と思わざるを得ません。

 一説によると、昨年11月の沖縄知事選で、自公政権が投入した選挙資金は、30億円。対する民主党は3000万円。地元政党の選挙資金力は300万円程度だったそうです。

 これによって、りそなは自民党に対する融資残高はさらに増加したのではないでしょうか。大手行の中では最も体力の回復が十分でない、と岡田氏も言っているというのに。自民党としては早く献金を再開させて、すこしでも返済に充てたいところですね。

 自民党と銀行業界とのこの結びつきも、官僚と自民党との結びつきと同じく自民党の長期政権がもたらしたものでしょう。そして銀行は、自民党の選挙活動に資金提供をしてその長期政権を支えるという悪循環。私たち有権者は蚊帳の外。

 これは、預金者としても有権者としても不本意そのものと思われますが、みなさんはいかがでしょうか。
 
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政治 3:34 pm

あの戦争は、政府が合理的な判断で遂行したというより、時代のムードに押されたところがあった。一握りの軍国主義者の指導によってではなく、国民の側が熱狂し戦争を支えていた。

  これは、なにげなく見たweb版東京新聞で見つけた佐藤忠男さんの言葉です。

 氏は、「われわれは扇動されやすい」というタイトルで、戦後日本でヒットした反戦映画でも加害者としての日本軍の行動には一切触れられていないことを指摘し、今の状況についても、「時代の気分が冷静な議論をはねのける気配を感じる」と語っています。

 小熊英二さんは『民主と愛国』で、

「1930年代前半には、経済不況からの脱出口として、戦争に期待をかけていた庶民も少なくなかった」と、述 べ、農本主義者の右翼橘孝三郎が記録したという、満州事変直後に列車の中で聞いた『純朴その物な村の年寄りの一団』の会話を、記しています。

「ど うせついでに早く日米戦争でもおっぱじまればいいのに。」「ほんとにさうだ。さうすりあ一景気来るかもしらんからな、所 でどうだいこんなありさまで勝てると思ふかよ。なにしろアメリカは大きいぞ。」「いやそりあどうかわからん。しかし日本の軍隊はなんちゆうても強いからの う。」「そりあ世界一にきまつてる。しかし、兵隊は世界一強いにしても、第一軍資金がつゞくまい。「うむ……」「千本桜でなくとも、とかく戦いといふもの は腹が減つてはかなはないぞ。」「うむ、そりあそうだ。だが、どうせ負けたつて構ったものぢやねえ、一戦争のるかそるかやつゝけることだ。勝てばもちろん こっちのものだ。思ふ存分かねをひったくる。まけたつてアメリカならそんなにひどいこともやるまい。かへつてアメリカの属国になりやあ楽になるかも知れん ぞ。」

 戦争景気を期待 するのは第一次世界大戦の記憶もあったことでしょうし、不況打開を口実にした軍部と政権の情宣活動もあったでしょう。また、《米国の属国》発言を当時ごく 普通の庶民が口にしていたことには驚きましたが、戦況も社会情勢もまだ太平洋戦争下のせっぱ詰まったものではなく、いかにも人々が楽観的に構えていたこと がうかがえます。
 まあ、それにしても庶民の計算高さと狡猾さがよく表れていて、その後の事態の成り行きを、つまり敗戦とあやふやな戦後処理を知っているだけに、ちょっとやりきれなさを感じます。

 さて、私が「扇動」の効果を身に染みて知ったのは、知り合いの高校生が小林よしのりの『戦争論』を読んで興奮したときです。もう、10年近く前になるでしょうか。
 更にその興奮を文藝春秋が補完しました。根拠のない自信が横溢するのと同時に、周囲に怒りをぶつけるようになり、国を護るためなら死んでもいい、とさえ言うようになります。

 幼い頃から競争社会に身を置いたものが、自分探しの行程途中で見つけた衝撃的な出会いでした。多分、競争で多少とも傷ついた心に、非常な高揚感を与えたのだろうと想像しています。そして、ちょうど、亡くなった義母の末の弟が戦死したのと同じ年頃です。

  『戦争論』だって、生まれるまでにはそれなりの素地がありました。戦後も保守層の間で語り継がれてきたイデオロギーの存在もその一つで、そうしたイデオロ ギーとでもいうべき傾向、気分を共有してきた人々の数は相当多かったのでは、と育ってきた時代と社会を振り返って思います。

 厭戦気分に は溢れていたのでしょうが、戦争の時代をついぞ直視することもなかったのが、その時代を経験した人の大半だったのではないでしょうか。戦争とその結果につ いて目をつぶってしまい、気分は大日本帝国時代とさして変わらずに、そのまま保守層の言説を下支えしたのではないでしょうか。

 60年安保で国会が揺れ、デモ隊が議事堂を囲んでいたとき、地方にいた、まだ小学生だった私が記憶しているのは、熱気とはほど遠い、周囲の冷ややかな反応でした。

  それから数十年後、買い物の最中、ちょっとした教育問題が店先の話題に上ったとき、「だから、今のなんかより昔の教科書の方が良いんだよ」と小売店に配達 に来た乾物の卸屋さんが評論家口調で語り、それを聞いた近所の奥さん方が相づちを打ったのは、そうそう昔のことではありません。

 一度は死んでしまったかに思われたけれど、単に眠っていただけ、眠っているふりをしていただけの論が、小林氏のマンガの語り口を通して十代の胸に響いたのは驚くばかりですが、何も目新しい論でも何でもなかったのです。ただ、十代の若い心には目新しかっただけです。

 眠るふりをしていたカビの生えたような言説が、こうも人の心をとらえるのはなぜでしょうか。

 人間の心のある種の側面に訴えかけるのは確かでしょうが、この疑問と同時に、なぜこうも、人は政治を語るのを忌み嫌うのか、という疑問が、私の胸から消えません。なにしろ、「政治と宗教の話しは御法度」という人が私の周囲にも多いのは事実ですから。

 確かに戦前・戦中は、政治を語るのは命がけでした。でも戦後は、主権者たる国民が政治を語るのは必要というより義務ではないか、とさえ思われます。

 ブログを越えて、ネットを越えて、政治を語ることが日常化されないものでしょうか。日常生活の中で使われても浮かない言葉、違和感のない表現はないものでしょうか。

 扇動されるところには不安があります。不安を煽り立てるような政治はやはりおかしいのですし、不安は不安を呼び、それを克服しようと勇ましい考えに惹かれていきます。常日頃から互いに語り合うのが、最良の克服策でしょうに。

政治 3:33 pm

 お正月で、シャルトリューのメルちゃんが遊びに来ました。グレーの毛並みがとてもきれいな猫です。

メル3


 メルちゃんは、とむ丸のこととが気になって仕方ありません。椅子の下からとむ丸の様子をうかがっています。
 一方、とむ丸は、「無関心の関心」を装っていました。

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 大きな体ですがなかなか身軽なメルちゃん。カーテンレールの上を行きます。

メル4

 人見知りもせず、やんちゃの限りを尽くして、メルちゃんは帰っていきました。

 少し前の話しになりますが、国連大学の研究所の調査によると、1人あたりの富は日本が世界一だ、という発表があったのを覚えておいででしょうか。

 なんでも、
 世界中の家計の富を合計すると125兆ドル。1人あたり2万500ドルとなった。国別に見ると日本は1人あたりの富が18万1000ドル(約2000万円)でトップ。米国の14万4000ドルなどを上回った。
そうな……。

 そんなことを言われても、世界一金持ちの国に住んでいるとはまったく実感できない、という人の方が圧倒的でしょう。

 物価水準を考慮した購買力平価で計算すると、日本はスイスや米国、英国などを下回った、ということですが、金持ちの実感のなさはそれだけではありませんよね。

 私の周囲で新春の話題にもなった「高齢化世帯」はふたつ。

 1つは子供がいないので、何十年もの間、商売が成功しても、とにかくつましい生活ぶりを捨てずにひたすら蓄財に励み、いざとなったらお金で介護を買う覚悟でいる家庭。
 夫婦は80代の夫と70代の妻。2人とも体が不自由になっていますが、介護サービスの家事援助を利用して、なんとか自宅で生活を続けています。
 心配しだしたらきりがないのですが、ぎりぎりまで2人で支え合っていく。1人になったら老人ホームに入ろう、という考えです。

 あと1つの家庭は、夫の方が余命幾ばくもなく、残されるであろう妻も体が不自由で重いものが持てず、ゴミ出しひとつにしても人の手を借りねばならない状況。息子の家庭も妻が働いて辛うじて一家を支え、とても老母の面倒までみるゆとりはありません。
 結局、残された高齢の妻は老人ホームに入ることになりそうです。ただし費用に関しては年金だけではまかないきれません。本人が少しは持っている貯金を取り崩していけば何とかなるだろう、という子供の判断です。

 介護保険ばかりか、最近増えた民間の老人ホーム。
 私が夫の親をみた10年前、20年前とは雲泥の差です。
 それでも老後の生活の中で健康が損なわれたとき、最後に頼るのは「お金」です。相も変わらず私たちは、自分たちの老後のために、せっせとお金を貯めていかねばなりません。それでも今の世の中、四世帯に一軒が無貯金世帯という話しですが。

 僕たちの世代は長生きできないよ、50半ばで、学生時代の仲間がすでに3人も鬼籍に入っているし、と夫は自嘲気味に語ります。

 そうか、老後がなければ貯金も要らないのか。
 でも、林子平の如く、「金もなければ、死にたくもなし」、というのが普通の人ではないのかしら……等々、思いが
ぐるぐると頭の中を駆けめぐります。

 子を産んで育てた数十年は、今思えば、あっという間の出来事でした。これからの老後はどうなるのか、やけに身近に感じるこの頃です。

政治 3:32 pm

あけましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になりました。

ブログを始めて、これで2度目のお正月を迎えました。拙い私の意見にも耳を傾けていただいてたくさんの方々とお話もでき、感謝するばかりです。

今年こそ、平和を願う私たちの気持ちが少しずつでも実現されますように。

本年もどうぞよろしくお願い致します。

天満宮

政治January 1, 2007 8:18 pm

論理を旨とするイメージのある役所で、どうみても道理に合わないことが平然と主張されているのを見て、素人としてその意図を考えあぐね、疑問にとらわれるときがあります。

 共謀罪もその一つで、そもそも「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」締結のために整備される国内法で対象とされる犯罪の中に、たとえば、なぜお酒を無免許で造ることまで入っているのか、分かりませんでした。

 おもしろいのは、「市町村の合併の特例に関する法律(昭40法6)」の「合併協議会設置請求の署名権者等に対する暴行等」「宣誓関係人の虚偽陳述」等も対象になっていることです。市町村合併と「国際的な組織犯罪」にどんな関係があるのか、さっぱり分かりません。

 そうした中で、先日のクリスマス当日、4人への死刑執行に対する法務省の弁に首を傾げてしまいました。

 1年3ヵ月ぶりの死刑執行だったわけですが、このまま執行されずに経過すると、「死刑制度そのものの根幹が揺らぐ」ということを法務省は懸念するらしい。

 その間の事情を朝日の記事は次のように伝えています。

 近年死刑判決の出ることが多く、2006年では20名を超えた。その一方で死刑命令書に署名するのに消極的な法相が多く、「03年まで50人台で推移してきた未執行者は24日現在で98人。年明けに100人を超える勢いだった」。

 100人超えを許したら制度としておかしくなる、と法務省幹部が危機感を募らせた。死刑執行者数の統計は、年締め。幹部は「今年をゼロにするのは絶対に避けたいという気持ちはある」と「年内執行」への執着を認める。

 そんな事情で死刑が執行されていく。

 その上、直後長勢法相は、国民の80%が死刑(制度)を認めている、ということをいってました。近年死刑判決の出ることが多いという事実も、これと符合します。

 なるほど、過去8回の「死刑についての世論調査」結果をみると、死刑廃止に賛成する割合は、1975年の20.7%を最高に年々減り、2004年の調査では6.0%になっています。反対する割合は1975年の56.9%を最低にして、2004年には81.4%に。分からない、と答えた人の割合も、1975年の22.5%が最高です。

 アムネスティによると、現在世界で法律上・事実上の死刑廃止国は128カ国。これに対して存置国は29カ国。

 毎年毎年、死刑廃止国は確実に増えています。

 そうした世界の趨勢に対して私たちの国がどうして逆の方向にあるのか、わかりません。
 たしかに私も、最近、ごく普通のやさしいお母さんが、「死刑は必要よ」と断言するのに出会いましたし。

 ここに、「死刑制度に関する世論調査の結果を考える」という一文があります。

 それによると、2004年12月に実施された「基本的法制度に関する世論調査」の結果のうち、死刑制度の是非をめぐる部分についての質問内容とそれを選んだ人の割合は以下の通りです。

「死刑制度に関してこのような意見がありますが、あなたはどちらの意見に賛成ですか

(ア)どんな場合でも死刑は廃止すべきである :  回答総数2048人のうち6.0%
(イ)場合によっては死刑もやむを得ない     :      〃          81.4%
(ウ)わからない、一概に言えない                     :               〃                        12.5%

 ところが、(イ)を選択した人のうち、サブクエスチョンの、「将来も死刑を廃止しない方がよいと思いますか、それとも、状況が変われば、将来的には、死刑を廃止してもよいと思いますか。」という設問に対して、
 
(ア)将来も死刑を廃止しない 61.7%
(イ)状況が変われば、将来的には、死刑を廃止してもよい  31.8%
(ウ)わからない 6.5%
という回答になっているとのこと。

ということで、将来にわたって死刑制度を維持すべきだと考える人の割合は
  0.814×0.617=0.502238 で、全体からみれば、約50.2% ということになります。

 とすると、国民の80%が死刑制度を容認しているとする長勢法相の認識は、実際の数値結果とは異なることになります。もっとも、それは承知の上で、あえて単純化して大義を補ったのかもしれませんが、うがった見方をすれば、恣意的な操作をしたとも考えられます。

 詳しいことはリンク先の文を読んでいただくことにして、私は最初の設問で「わからない」とこたえた12.5%、サブクエスチョンで「わからない」と答えた81.4%の6.5%、つまり5.29%、あわせて17.79%の人に希望を持ちたい。

 この筆者は、2004年の調査も含めて過去3回の結果から死刑容認をする割合を導き出して、「「将来も死刑を廃止しない」という死刑賛成が10年間で39.3%→44.8%→50.2%という勢いで増加していることを危惧しています(10年前に設問の形が変わって現在のものになりました。

 また筆者は、これ以外の調査の問題点についても指摘しています。詳しいことはリンク先の文を読んでいただくことにして、私はやはり死刑制度に賛成する人がなぜ増えてきたのか、気になります。

 社会が不寛容の度合いを強めていくのと軌を一にしています。

 いったい、この10年で何があったのか、と考えると真っ先に思いつくのはバブルの崩壊でしょう。そしてコイズミ改革。
 
 あの頃から日本社会は変化の足を速めたのかもしれません。