お正月で、シャルトリューのメルちゃんが遊びに来ました。グレーの毛並みがとてもきれいな猫です。
メルちゃんは、とむ丸のこととが気になって仕方ありません。椅子の下からとむ丸の様子をうかがっています。
一方、とむ丸は、「無関心の関心」を装っていました。
大きな体ですがなかなか身軽なメルちゃん。カーテンレールの上を行きます。
人見知りもせず、やんちゃの限りを尽くして、メルちゃんは帰っていきました。
少し前の話しになりますが、国連大学の研究所の調査によると、1人あたりの富は日本が世界一だ、という発表があったのを覚えておいででしょうか。
なんでも、
世界中の家計の富を合計すると125兆ドル。1人あたり2万500ドルとなった。国別に見ると日本は1人あたりの富が18万1000ドル(約2000万円)でトップ。米国の14万4000ドルなどを上回った。
そうな……。
そんなことを言われても、世界一金持ちの国に住んでいるとはまったく実感できない、という人の方が圧倒的でしょう。
物価水準を考慮した購買力平価で計算すると、日本はスイスや米国、英国などを下回った、ということですが、金持ちの実感のなさはそれだけではありませんよね。
私の周囲で新春の話題にもなった「高齢化世帯」はふたつ。
1つは子供がいないので、何十年もの間、商売が成功しても、とにかくつましい生活ぶりを捨てずにひたすら蓄財に励み、いざとなったらお金で介護を買う覚悟でいる家庭。
夫婦は80代の夫と70代の妻。2人とも体が不自由になっていますが、介護サービスの家事援助を利用して、なんとか自宅で生活を続けています。
心配しだしたらきりがないのですが、ぎりぎりまで2人で支え合っていく。1人になったら老人ホームに入ろう、という考えです。
あと1つの家庭は、夫の方が余命幾ばくもなく、残されるであろう妻も体が不自由で重いものが持てず、ゴミ出しひとつにしても人の手を借りねばならない状況。息子の家庭も妻が働いて辛うじて一家を支え、とても老母の面倒までみるゆとりはありません。
結局、残された高齢の妻は老人ホームに入ることになりそうです。ただし費用に関しては年金だけではまかないきれません。本人が少しは持っている貯金を取り崩していけば何とかなるだろう、という子供の判断です。
介護保険ばかりか、最近増えた民間の老人ホーム。
私が夫の親をみた10年前、20年前とは雲泥の差です。
それでも老後の生活の中で健康が損なわれたとき、最後に頼るのは「お金」です。相も変わらず私たちは、自分たちの老後のために、せっせとお金を貯めていかねばなりません。それでも今の世の中、四世帯に一軒が無貯金世帯という話しですが。
僕たちの世代は長生きできないよ、50半ばで、学生時代の仲間がすでに3人も鬼籍に入っているし、と夫は自嘲気味に語ります。
そうか、老後がなければ貯金も要らないのか。
でも、林子平の如く、「金もなければ、死にたくもなし」、というのが普通の人ではないのかしら……等々、思いがぐるぐると頭の中を駆けめぐります。
子を産んで育てた数十年は、今思えば、あっという間の出来事でした。これからの老後はどうなるのか、やけに身近に感じるこの頃です。



