とむ丸の夢

疑惑April 26, 2007 12:03 am

報道によると、昨日24日の夜、アベ総理が週刊朝日の記事にカンカンだとか。

「私や私の秘書が犯人や暴力団と関係があるのであれば、直ちに首相も衆院議員も辞める考えだ」と述べ、強い憤りを示した。さらに「いくらなんでもだまっているわけにはいかない」と、法的措置を取る意向を明らかにした。

 というのですから、穏やかではありません。

 ネット上では疑惑のかたまり、闇の勢力との怪しい関係をいろいろ指摘されているアベ氏ですから、好奇心も手伝い、先週に引き続き、生まれて3度目か4度目の週刊誌購入。

 で、買ってみると、なぜそんなに怒るの? わけ分かりません、という感じでした。アベさんって、クリーンが売りだったの? という疑問も含めて。

(追記: asahi.comには、見出しに激怒したとありますね。でも、秘書がトラブルに巻き込まれて、その相手が水心会だったのであれば、関係ないことはない。しかもそのトラブルは
競艇の場外舟券売り場の利権をめぐって秘書が口利きをしたことから生じたようですし)。

 アベ氏と長崎事件の接点については、「反戦な家づくり」さんや気まぐれな日々さんがすでに記事にされています。

  秘書のトラブルをめぐっては週刊ポストが4月13日号で報じているわけですが、そのトラブルと1月に警視庁に逮捕された、長崎市長銃撃事件の実行犯城尾が 属していた組織、水心会の幹部(37歳)とのつながりを週刊朝日は疑っているのです。結局、真相は今のところ分からないようです。

 秘書のトラブルについての捜査を安部首相側から依頼したことは安部事務所も否定したことは書かれているし、何をそんなに怒ることがあるのかしらん。

 アベ氏の暴力団との関わりについては、2000年6月から8月にかけて5回も下関市内の自宅と事務所に火焔瓶が投げ込まれたり、乗用車が燃やされたりした事件がありました。

 犯行後逮捕されたのは工藤会系高野組組長ら6人ということで、なんでもアベ氏の推す市長候補を勝たせるために暴力団関係者が対立候補の誹謗中傷ビラをまき、この時アベ氏秘書が300万をこの男に工面したとか。
 さらにこの男の要求にアベ氏が応じなかったために、火焔瓶攻撃に至ったということですが、何もないのに300万を融通するものでしょうか?

私や私の秘書が犯人や暴力団と関係があるのであれば、直ちに首相も衆院議員も辞める考えだ」というのであれば、とっくの昔に辞職していてもおかしくはないのに。

「法的措置」といえば、2006年に週刊現代が特集した記事のことで、講談社の野間佐和子代表宛に「通告書」を送りつけていることを思い出します。

  アベ氏は、北朝鮮強硬派で知られる裏側で、03年夏ごろからポスト小泉を狙うには北朝鮮問題で実績を上げるしかないとして、密かに自分の手柄にす べく2元外交を展開。しかも、その内容は「8名の拉致被害者家族」さえ帰れば、後の被害者のことは問わない、核開発もご自由に、さらに約60億円を支払う という、まさに媚びを売る交渉内容だった、という例の記事です。

 これ以前には、雑誌『選択』の6つの記事に対して名誉棄損で訴えるという「執拗な訴訟攻勢」もありました。(この問題記事が掲載されたときの編集長が、確かその後選択出版を退社してファクタ出版を設立した阿倍重夫氏です)。
 
 昨年7月号の同誌には、嘆きとも怒りともとれるような現編集者の声が載っています。

 この裁判の過程で強く感じたことは、安倍氏側のメディアに対する挑戦的、高圧的な姿勢です。全国紙での謝罪を本気でやらせようというのですから尋常ではありません。最近の安倍氏関連記事に対する抗議文も「まだ懲りないのか」といわんばかりの脅迫まがいです。

(以下省略)

 「まだ懲りないのか」といわんばかりの脅迫まがい、というのが安部事務所の持つ体質かもしれませんね。

 そういえば、FACTA創刊号の記事について弁護士に抗議書を送らせたのも、当時の内閣官房長官・安部晋三氏でした。

抗議書

当職は内閣官房長官・安倍晋三(以下通知人という)の代理人として、貴社に対し、以下のとおり、貴社発行にかかる「FACTA」創刊号(平成18年5月号、以下本件雑誌という)における不当な報道について抗議します。

本件雑誌において、「蓋された安倍晋三の実像」と題する記事(76頁)その他において、通知人に関する報道をしておりますが、種々の事実関係の摘示に誤りがあり、公正妥当な報道とは到底認められません。


(以下省略)
 
 FACTAは年間購読契約が必要ですし、格別経済に関心があるわけでもないフツーの主婦にはちょっと荷の重い購読料のために読んでいませんから、果たしてどんなアベ晋三像が描かれていたのか知りません。
 ただ分かることは、こうやってメディアに圧力をかけ続ける人物だ、ということだけは確か、ということです。

↓ ランキングに参加しています。よろしかったらクリックをお願いいたします。
 

 ランキング
人気blogランキングへ

選挙April 24, 2007 12:00 pm

沖縄県選挙管理委員会が21日に発表したところによると、参院沖縄補欠選挙(22日投開票)の期日前投票を20日までに済ませた人は6万2230人で、2004年7月の前回参院選の投票2日前実績と比べ10.6%増加。
(参院福島補選(同)の20日まで の期日前投票者数は10万588人で、こちらも前回比10.3%増加)。

 この数字がどういうことを意味するのかについては今のところ分かりかねますが、昨年11月の沖縄知事選では直前に不自然な人口増があったこと等々を考えると、いろいろ疑いたくなりますね

(大体沖縄県は全国でも数少ない人口増加県ですが、それでも自然増は年3%ちょっと。なお、国勢調査に基づく沖縄県の人口動態はについてはここにあります)。

 私の周囲でわざわざ期日前投票をする人がどれだけいるだろうか? と考えると皆無に近いんですよね。よほど選挙に関心のある人か、あるいは義理やその他で投票を依頼された人ぐらい。だいたい、期日前投票が簡単になったことを知っている人さえ珍しいのですから。

 で、ヤメ蚊さんの所で知った、まるで手品のような期日前投票の怪!

 3ヶ月以上住民登録していないと投票できない、と同時に、転出後4ヶ月間は転出前の選挙区で投票できる!

 これはどういうことかいうと、
 公職選挙法 第21条により、選挙人名簿に登録されるのは、年齢満20歳以上の日本国民で、
《住民票が作成された日》または、《転入届出をした日》から引き続き3ヶ月以上経過している者。
 
 公職選挙法第28条により、選挙人名簿から抹消されるのは、死亡した時、日本国籍を失った時、転出後4ヵ月を経過した時。

 詳しいことはヤメ蚊さんが図解付きで解説されていますが、もともと沖縄以外が地元の人であっても、住民票を移動させることで昨年の沖縄知事選、そして今回の補選の両方に投票した上で本来の地元に住民票を返して、7月の参院選に臨むことが可能だ、ということです。
 
 (初日算入・不算入によって1日ほどは違ってくるかもしれませんが)昨年の知事選のために移した住民票を12月6日~4月5日の間に地元に戻せば、沖縄と地元の両方で選挙権の行使ができるということ。

 1人で2人分の効果です。
 投票率が低ければ低いほど、この効果は高くなります。そら恐ろしい現実。

 ヤメ蚊さんは、「沖縄在住の方を中心に真相を明らかにするために、告発するべきではないでしょうか」と呼びかけておいでです。
 
 大体、普通は期日前投票のために市・区役所、町・村役場にまで出かけるのが面倒で棄権をしてしまう人が多い中で、わざわざ沖縄まで出かけて投票する人は限られてきます。

 また期日前投票以外にも郵送による投票があるのです。対象は身体に重度の障害のある人、要介護度5の人。
 これに加えて、上肢または視覚の1級であるもの、戦傷病者で上肢または視覚の障害の程度が特別項症から第2項症までということで、この方たちについて代理記載制度があります。

 この制度を利用するには、郵便等投票証明書以外に「代理記載制度に該当する旨の申請書」と「代理記載人となるべき者のの届け出書兼代理記載人となる旨の同意書および選挙権を有する旨の宣誓書」の2つの届け出をする必要があります(ネットで手に入ります)。

 1度これをしておけば7年間有効。

 もし私が有権者を多く抱えて資金も潤沢な組織の選挙対策担当者であれば、住民票移動と選挙地への旅費負担には出し惜しみせず、さらにはこの代理記載制度も利用しない手はないと考えて、手間暇惜しみませんね。
 もしかしたら、選挙地への旅費ぐらいは、かなりの人が自腹を切ってくれるかもしれませんし。

 それにしても、有権者がどんどん投票所へ足を運べば、こんなことまで気にする必要がないのかもしれません。

 踊りながら、歌いながら投票所へ行け、とまではいいませんから、せめて民主主義を標榜する国として、この民主主義の根幹にあたる投票制度をまっとうなかたちで維持するために、幼い頃からきちんを教育することが必要ではないでしょうか。
 投票制度そのものについても、私たちには知らないことが多すぎます。 

 いっそのこと投票権を行使しない人にはペナルティを課す、なんてことまではいいませんから。

 ↓ ランキングに参加しています。よろしかったらクリックをお願いいたします。
 

 ランキング
人気blogランキングへ

従軍慰安婦・戦争犯罪 11:58 am

 20日金曜日の教育再生特別委員会で、中山成彬が長い発言をして、その中で慰安婦についてもずいぶんと自説を主張していました。

 この方は「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」の会長で、米国議会調査局の報告書では、歴史修正主義者の会を率いるものとして名指しされていました。
 現内閣官房参与で、拉致問題に携わってクローズアップされた中山恭子氏の夫君。

 話しには聞いていましたが、どのように歴史を修正しようとしているのか、今回のこの国会発言でよく示されたと思います。
 「今日はテレビも入っていることですし」と言われたことから、中山氏の発言は、あらかじめ計算されたパフォーマンスであることがうかがわれます。

 web上のビデオでは分かりませんが、テレビではこの中山氏を熱い眼差しで見つめていたアベ総理の姿が印象的でした。

  報道によるとアベ総理は、二十六日からの初訪米を控えて、米ニューズウィーク誌とウォールストリート・ジャーナル紙のインタビューに応じ、従軍慰安婦問題 につ いて「当時の慰安婦の方々に心から同情するし、日本の首相として大変申し訳ないと思っている。彼女たちが慰安婦として存在しなければならなかった状況に、 責任があると考えている」と述べたそうです。


首相が、慰安婦問題について、日本の「責任」に言及して謝罪の意を表明したのはこれが初めてとのこと。訪米を前に、米国世論の沈静化を狙った、と言われています。

 食い入るように中山氏を見つめるアベ総理の眼差しは、あなたのおっしゃるとおりです、全面的にあなたのご意見に寄り添っていきます、というメッセージを発している、と私は受けとりましたが。

 国内向けのメッセージと、国外、ことにアメリカ向けのメッセージ。このふたつが矛盾している。2枚舌です。

 中山太郎氏は、慰安婦問題を「日本人が蒔いた種だ」と主張。
 証拠としてあげたのは、1983年に出版された、嘘を書いたという吉田清二氏の著書。
 そしてこの吉田某の著書で、初めて「従軍慰安婦」の言葉が出てきた、といっています。
 だいたい、従軍慰安婦を否定する人は、この吉田某のことをよくあげます。私はそんな本を知りません。
 
 私の手元にある『従軍慰安婦悲史』は1976年に出された千田夏光さんの書かれたもので、中山氏のいう吉田某の著書よりも6、7年前のことです。中山氏の言葉こそ、事実誤認がある。

 また、よく、当時は「従軍慰安婦」なんて言葉はなかった、という主張がなされますね。

 私はいわゆる「団塊の世代」と呼ばれる人間のひとりですが、「団塊の世代」という言葉を背負ってこの世に生まれたわけではありません。

 私が生まれたときには、「団塊の世代」という言葉は存在していませんでした。でも、私という人間は、存在していました。
 この言葉は作家の堺屋太一氏のネーミングによるもので、1976年刊行の『団塊の世代』でこの世に登場しただけのこと。
 
 ですから、言葉がなかったからといって、そのものが、つまりその実態がなかった、ということは言えないわけです。

 結局、教育再生特別委員会で、中山氏は次の3点を日本人によく理解してもらいたいこととして主張しました。

1.当時の日本では、売春が商行為として認められていた。
     ↓
2.当時の慰安婦はほとんどが日本人だった。
     ↓
(*ここで、三段論法もどきに論を進めて、当時の慰安婦はほとんどが商売だった、という結論を匂わせています。ただし、その結論は言外にあって、明言していません。

 浅田次郎氏の著作と、宮崎在住の佐藤さんの手紙を披露して、女の子が買われていった話しを情に訴えかけるように長々と話していました。が、ついぞこの結論は『ご想像にお任せします」という形で示されるだけで、明言されませんでした。

 国会発言で、言質がとられるのを回避したのでしょうか。

 ついでにいいますと、この論は「証拠がない」という主張と重ねて、BBCの投書欄に殺到した日本人の主張の多くに見られました。ということは、従軍慰安婦の存在を否定したい人たちの主要な論点になっていることが推測できます)。

 なお、生還した慰安婦の数等については、ここに詳しい)。

3.悲惨な境遇の女性たちに同情を禁じ得ない、大変だったのだと思う。

と、以上の3点でした。

 これにつけ加え、当時の慰安婦の収入は大したものだった、という風なことも強調していました。何でも1,000円で豪邸の建った時代に、慰安婦たちの給料は月750円にも達したとかなんとか。

 でもこの750円では何もできないに等しかったと思います。なにしろ「軍票」で支払われていたのですから。

*追記: 軍票は現地調達のための手段に過ぎなかったようでもあります。現地調達とは強奪。軍票は強奪を正当化するためのもので、領収書のようなものでした。
 このページに詳しいです。 

 最後に中山氏は、

  安部内閣は美しい国といいます。日本に住む私たちも、ほんとに美しい日本人になりたい。学力も、規範意識も大事です。しかし、気概を持たないといけない。 気力も持たないといかん。私はそういう意味で、日本人同士、信義を大切にし、なんといっても先祖を敬うことも、私は大事だと思うわけでございます。

 という話しでしめたのです。
 
 慰安婦問題が、いつの間にか日本人の信義の問題、先祖を敬う、という話になってしまいました。講談なら、ここで拍手に湧くところでしょう。
 ちょっとお粗末な国会講談。 

 でも、この話を信用している人もけっこういるようですね。
 信用するというより、信用したい」「信じたい」という気持が働くのでしょう。

 印象操作の色濃い主張。世間の人たちの情に訴える話しぶり、そして内容。

 こんな状況を目の前にして、暗澹とした気持にとらわれそうになるのも辛いですね。

  国会での具体的な言葉は最後に掲載しておきましたので、参考までにご覧下さい。
 なお、読みやすいように、私の方で適当に段落を区切りました。

 ↓ ランキングに参加しています。よろしかったらクリックをお願いいたします。
 

 ランキング
人気blogランキングへ

中山: 基礎学力もそうですが、私はここで日本の歴史教育について触れないわけにはいきません。
 アベ総理も心中悩まされているのではないかと思うわけでございますが、今、米国の下院におきましてですね、日本のいわゆる従軍慰安婦の非難決議案が出ていまして、アベ総理に謝罪を求めているわけでございます。

 この案文を読んでみますと、ほんとにひどいことが書いてあるんですよ。日本の兵隊達が若い女性を性的奴隷化したと、そして集団的暴行、強制中絶、そして性的暴力を加えた、20世紀最大の人身売買であると。だから、総理大臣に謝罪しろと、こういうことになっていましてね。
  日本の国民のみなさん方はあんまりお知りになっていないかもしれないけれど、まさにそれが、今採択されるかもしれない、という話になっているわけで、とん でもないことだと、私はこのように思うわけですけれど、まあ、そもそも、この慰安婦の問題、私たちはあまり口にしない。なんていうんでしょう、そういう気 持があるでしょう、お互い思いやって。

 だけれども、国際社会において日本がそういう風な非難を受けていると、そういうわけであるならば、今日はテレビも入っていることですし、国民のみなさん方にも是非、理解していただきたい、と、まあ、このように思うわけでございます。

 そもそもこの従軍慰安婦という言葉はもともとなかったんですけれどね。初めて出てまいりましたのが、1983年にですね、吉田清二という人が、自分は済州島において慰安婦狩りをした、強制連行をしたと、こういう本を書かれたんですね。
 それをある新聞が大々的なキャンペーンを致しまして、それが一人歩きしたんですけれど、不信に思った韓国の、これは女性の記者でございますけれど、済州島に行って調査したら、そういう事実はなかったということがはっきりしたわけです。

  後には実はこの吉田清二さんという方も、実はあれは嘘だったということを告白されたわけですけれど、これが一人歩きをしていると、これがまさに国際的な問 題になっていると言うことを私たちはしらなけりゃあいけんと。そしてまた、日本の弁護士が韓国に行きまして、誰か従軍慰安婦の訴訟をしませんかと、こうい う募集をしたんですね。

 この問題というのは日本人が蒔いた種なんですよ。日本人が蒔いた種。そして歴代ですね、私は日本の外交にも問題 があったと思うんですけれど、その場しのぎの対応をしてきた。そのことがですね、アベ総理の胸を痛めていることになるんではないかと、まあ、このように考 えるわけでございます。

 まあ、ここではっきりと申し上げた方がいいと思いますけれど、私は3つのことを申し上げたいんですね。

 1つは、私たちは考えられませんが、当時は売春というものが商行為として認められていたわけですね。そのことを私たちはまず知らなければいけません。

 2つ目は、慰安婦と言われる方々は日本の女性だった。私はこの浅田二郎さんという作家は大好きで、いつも読んでますけれど、一番最近の買いました本の中で、これは『月島慕情』という本でございますが、最初にこういう文がございます。

  明治26年の巳年の生まれだからミノと名づけられました。故郷の村には同じミノが何人もいたが、一回り上の大勢いたはずの同じ名前の娘達は、ミノが物心つ いたときには、皆姿を消していた。一つ年上のタツも……雪が解ける頃、何人もの人買いがやってきて、小学校を終えた娘達を連れて行くのだった。行き先のほ とんどは上州……の製糸工場だったが、とりわけ器量の良い子は、東京へと買われた。そういう娘は値が違うから、家宝だと噂された。

 こう いう風な文章があります。私の宮崎の……佐藤とうりょう(表記が分かりません)さんという方がですね、バブルで40年近く自分が育てたゴルフ場が外資の手 に渡ってしまった。その方からこの間手紙が来ました。……なんとか、観光宮崎が蘇生して欲しい、まあそういうような……その文章の一番最後にこういう言葉 がありました。私は小学校の時、同級生の女の子が売られていったことを忘れることができない。佐藤さんが好きな女の子ではなかったかな、そのことを88歳 になっても、佐藤さんまだ思い出している。そういう時代だった、と言うことを私たちは知らなければいかんと思うのです。

3つ目に申し上げ たいのは、総理もいつも言っておられます。悲惨な境遇の女性達に同情は禁じ得ない、大変だったのだと思う。まあ、その当時でございました。こういったとこ ろにも書いてあります(と浅田次郎氏の著書を手でそっと叩くように示す)。とまあ、深い意味で、沈んでなかなか上れない、たくさんの方がいらっしゃったこ とも、事実でございます。

 まあ、しかし、一方、そうじゃない、ということもあるわけでございまして、これはまさにアメリカの主張にある わけでございますけれど、第2次世界大戦中にですね、日本が占領したところを、次にアメリカが取り返していった、奪い返していった。ビルマの戦線でです ね、アメリカの情報部が調べた記録が残っている。それによりますとね、慰安婦が1ヵ月、売り上げが1,500円。これを経営者と慰安婦で半々、5分5分で とっていた。だから750円慰安婦の手取りだったと。

 当時、一般の兵隊さん達の給料というのは、7円50銭。軍曹が30円だったそうでございます。7円50銭と750円。百倍の違いがあるわけですね。
 まあ、私たちの給料が今30万とすると、3,000万ですよ。こういう儲かる商売だったというのも、実は事実でございます。

  先ほど、日本の弁護士が韓国に行って、従軍慰安婦の訴訟をしませんか、と言った人がいらっしゃいます。その女性の方はもう一つの訴訟も起こしていました。 これは何かというとですね、戦後預金を封鎖された、これを返してくれ、と言う、そういう訴訟でございます。その金額はなんと26,000円でございます。 当時の金では1,000円あると豪邸が建ったそうでございます。ですから26,000円というといかに大きな金額であるかと、で、こういう事実もあるわけ でございまして、そういったことも、私は日本人としてしっかり知っておかないと。

 私は何を申し上げたいかと、安部内閣は美しい国といい ます。日本に住む私たちも、ほんとに美しい日本人になりたい。学力も、規範意識も大事です。しかし、気概を持たないといけない。気力も持たないといかん。 私はそういう意味で、日本人同士、信義を大切にし、なんといっても先祖を敬うことも私は大事だと思うわけでございます。

 ほんとに大変な 想いをされた女性の方々のですね、尊厳を大事にすることも大事ですけれども、日本人の尊厳、特に前の大戦で命を落とされたたくさんの兵士の方々、あるいは 広島、長崎、あるいは大空襲で命を落とされたたくさんの日本人。あるいは満州で150万の日本の方々が悲惨な体験をされた。そういったことにもですね、 やっぱり思いを致して、私たちはこの国造りをしなけりゃあいけない、そういうわけで一寸時間をとりましたが、申し上げたわけです。

 伊吹文科大臣に申し上げたい。今年も高校2年生の歴史教科書に、まだまだ、従軍慰安婦とか強制連行という言葉が残っているんです。

 アベ総理、われわれはずっと、この言葉をなくしたい。なかった言葉が教科書にあるんだからなくそうという運動をしてきて、幸い中学校の歴史教科書からこの文言は消えました。しかし、高校にはまだ残っている。

 私、担当官に訊きました。どうして残っているの? いや、小中学校と高校は違うんです。
何が違うんか? 小中学校の教科書は無償だけれど、高校の教科書は有償だから、あんまり文科省としては強く言えないんだ。
 私は呆れました。検定制度とはそういうものですか?

伊 吹:私はそういうことはいっていないと思いますけれど、日本という国は議員内閣制で動いているわけですから、各々の正当のイズムで教科書を云々すること は、私は適当でないと思っております。したがって、ご承知のように、検定教科書審議会という客観的な判断をしていただく判断を、まあ、家永判決においても そうですけれど、文部科学省はそれを尊重するというか、その意見によって合格を判定すると。したがって、今回のことについても、アベ総理も私も検定につい てひと言の言葉も挟んだことはありません。

 政権が変われば教科書が変わるほど、日本は怖い国であってはならないと、私は思っておりま す。ただ大切なことは、一方的な思想によって教科書の事実が歪められてる、ということだけは正さなければいけませんから、書かれているないようについて、 両論あるという場合はですね、両論をかならず併記して貰わなければならない。あるいは、一方的な記述は止めてもらわなければならない。そのことだけは、こ れから白紙の状態で学んでいく子どもには、しっかりと中立的立場で、教科書というものを客観事実にそって作り上げていくということだと思います。

  いろいろ政治家も、特に最近の政治家も日本国民も、歴史を見る目はひとりひとり違うと思いますので、各々のイズムによって批判をしたり、逆に各々のイズム によって検定結果を逆の意味で批判をするというのは、私はあってはならない。ですから家永裁判においてもどのように判決が行われているかというと、学術 的、教育的、専門的判断とされ、文部科学大臣は、合意の決定は同審議会の答申に基づいて行われるものと、で、私はこのことに忠実に理解をし、実行してまい りましたので、両方の立場から批判を受けるというのは、私の職責からいえば当然のことだと思っております。
 
中山: 戦後60年経って、 封印されていたものが、いろいろ記録等が出てきているんですね。それに基づきまして、いわゆる歴史研究家、その方々の研究も進んでいます。そういう意味で ですね、客観的な歴史的事実、これを勉強して欲しいと、検定をやっておられる方々が。伊吹大臣の立場は私はよく理解できます。ですから検定にあたられる方 々も新しい研究成果をしっかり勉強して欲しい、学んで欲しいということを要望いたします。

 そしてアベ総理、ぜひですね、日本人というの はすぐ、謝るんですね。謝ったら、謝ったのに許さないのはまたけしからん、とまた怒られるくらいですけれど、国際政治においては、謝ったらどうしてくれる んだと、賠償はどうしてくれるんだ、という話になるんです。われわれ日本人は、ダブルスタンダードの中で生きていかなければいかんな、とこう思うんですけ どね、黙っていたら認めたことになるんですからね。

 私はやっぱり美しい国は強くなければいけんと思うんです。これからも、違ったこと、間違ったことについては反論していく、そういった勇気が必要だと、そのように考えるところでございます。
 で、そういう国際化というのでしょうかね、日本人というのは井の中の蛙みたいに、なかなか国際化に馴染みにくい。それで私は英語教育についてですね、私はこれを大臣にお願いしたい。

(これ以降、シンガポールの例を出して、ネイティブに耳から口から英語を教えることが大切だという主張が続きます)。

疑惑April 22, 2007 3:50 pm

 地中に根を伸ばし、冬の間はゆっくりと眠っていた花や木々が、今次々に花を咲かせています。
 薔薇もどんどん花芽を膨らませていますが、この季節、特に見事なのはボタンでしょうか。
 あの花を見て香りを嗅げば、だれでも東洋的な高貴な匂いに魅せられそうです。
 
 2月頃から練習を重ねてきたウグイスも、ここにきてやっと、あの谷渡りを聞かせてくれるようになりました。

 金柑の実は昨年あたりからほとんど鳥についばまれて収穫ができなくなりましたが、それでも残り少ない実を口に入れながら、こうして鳥たちともいっしょに生きているんだ、と実感します。
 庭の果実は、全部は収穫しないで、鳥のために少し残しておくんだよ、と年寄りはいつも言ってましたっけ。

 見上げる山の所々に見えた山桜の白やうす桃色も、今では新緑に変わってり、街を歩けば、なんじゃもんじゃの木がやっと芽吹き始めたのに気づきます。

 うーん、田舎に住んでしあわせだなあ、と悦に入ってます。東京や大阪の街中では、とてもこんなこと味わえないぞ。それに、田舎でも、もう何年か前から光ファイバー網の恩恵を受けているなんて、とても現代的でしょう?

 土曜日の朝、そんな気分で庭を眺めながら朝食をとってテレビを見ていると、「グリーンピア南紀」の問題がニュースショーでとりあげられてました。

   きゃあ、1億6,000万で360ヘクタールの海辺の緑地が売られていた! それも白亜のホテルつき。親戚中と知り合い中のお金をかき集めて、私も買い たかった!! と叫んでみても後の祭り。すでに香港のペーパーカンパニーにと契約済みでした。それも、実は、払い下げられる前から。

 まあ、1億6,000万は10年間の賃貸料だけれど、その後には無償で譲渡される、と言う特約付きだというのですから、素人の私の目には、1億6,000万で売り飛ばされた、としか理解できません。

 この「グリーンピア南紀」の問題についてはここに詳しく載っています。

 テレビの画面では、そもそも、「公共の福祉」のために、と土地を譲った地元の方々は怒り心頭でした。

 払い下げられて所有者となっていた町と賃貸契約を結んだ、書類上だけに存在する香港企業は、事業計画書に地元の雇用200人とかなんとか書いたらしいけれど、この「雇用を生み出す」という甘い言葉が、錦の御旗になってしまっているのでしょうか。
 日本中で雇用を崩壊させて、次の段階でこの甘言を使う、なんてマッチポンプ作戦は冗談じゃない。

 まさか、10年後には、このグリーンピアの跡にどこかの宗教施設ができる、なんてことないでしょうね、と〈モーソー〉を膨らませてしまいましたが、本当のところはどうなんでしょうね。

 庭の草取りは新タイプの小型鎌が威力を発揮して、敷きレンガの間に生えてきたものまで根こそぎとるのも簡単になりました。
 ヤブガラシのしつこい大きな根っこは、相変わらず、スコップでごっそ、と掘り下げて引っ張り抜いていますが、取っても取っても、またどこかで伸びてきます。
 まるでこの国の悪の構造を見るようで、この時ばかりは私も緑を相手に嫌な気分になります。

 それにしても、日本テレビでこんな政治かがらみの疑惑を大々的に報道するなんて、まだ、どこかに、もっと大きな闇があるのだろうか。この疑惑で、とりあえず何かから目を逸らしておく必要があるのだろうか、などという疑念も湧いてくるとは、自分で自分が嫌になります。
 
  でも、もとはといえば、私たちの目に見えている現象の裏側には魑魅魍魎が蠢いていて、それがヤブガラシのように根を張り、さらにはどんどんその根を太らせ ている。そんなヤブガラシの根っこみたいな存在に栄養を与えている政治家たちがわんさといるのじゃないだろうか、と直観することしきりの今日この頃。

 ええい、スコップでごそっと土を裏返して、おもいっきり引っ張って、抜いてやりたーい。
 でも、途中でプツンと切れてしまいそう……。

 なんだか、相変わらず、国民は泣き寝入り?
 いやだあ、そんなことお! と、わめいてみたい。

↓ ランキングに参加しています。よろしかったらクリックをお願いいたします。
 

 ランキング
人気blogランキングへ

従軍慰安婦・戦争犯罪April 18, 2007 4:07 pm

 さて、昨日の米国議会調査局の「日本軍の『慰安婦』システム」の結論部分の全訳をお読みいただけたでしょうか。
 「米国議会に、慰安婦問題はどう報告されたか」とあわせてこれを読むと、sankeiweb12日付小森義久記者の「『組織的強制徴用なし』 慰安婦問題 米議会調査局が報告書」の記事のおかしさが、少しはお分かりいただけると思います。

「い わゆる慰安婦問題の主要争点とされる「日本軍による女性の強制徴用」について同報告書は「日本軍はおそらくほとんどの徴募を直接に実行はしなかっただろ う。とくに朝鮮半島ではそうだった」と述べ、いま下院に提出されている慰安婦問題での日本糾弾の決議案が「日本軍による20万人女性の性の奴隷化」という 表現で非難する日本軍による組織的、政策的な強制徴用はなかったという趣旨の見解を示した」

 という古森記者の文面はあきらかに報告書とは異なっています。

「日本軍による女性の強制徴用」を主要争点にしたのは、アベ首相や「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」以下の方々であって、 報告書の方は次のように明言しています。 

 結局、これまでの慰安婦システムに関する日本での、また日本と外国との間での議論の中心になったのは次の3点であった。

1.日本軍と日本政府の関与の程度
2.慰安婦徴募・輸送に日本軍の関与があったかどうか
3.慰安婦システムの中に連れてこられた女性たちが、自由意思で売春に従事したか、それとも不本意ながらせざるを得なかったか。 
                        (以上)

 くり返しますが、米国議会調査局の報告書では、「日本軍による女性の強制徴用」が主要争点とは言ってません。
 むしろ、「2007年の慰安婦徴募における強制をめぐる議論は、慰安婦たちは同システムの中で自由意思に基づいて売春をしたのか、不本意ながらせざるを得なかったのか、というより大きな問題を覆い隠してしまった」と述べているわけです。

 こうなってくると、「印象操作」どころかねつ造疑惑さえ生じてきます。

 その他、このSankeiの記事については、疑問に思うことしきりです。

 アベ首相の言葉自体が1951年のサンフランシスコ平和条約第11条に違反している可能性を指摘されていること、ワシントンポストの社説「アベの2枚舌」にまで言及されていることにひと言も触れずに「組織的強制徴用なし」ですか!

↓ ランキングに参加しています。よろしかったらクリックをお願いいたします。
 

 ランキング
人気blogランキングへ

つぶやき 4:07 pm

伊藤一長長崎市長が亡くなられてしまいましたね。

 私など、昨晩の衝撃的なニュースで初めてお名前を知ったほどですが、思わず心の中で、どうぞ、回復されりますように、と祈ってしまいました。
 ご家族や関係者の方々の悲しみも思いやられますし、こうした形で人の命が奪われて、やりきれなさが抑えられません。

 痛恨の極み、とどなたがが言われてましたが、本当にそう思います。

  昨日夜の首相コメントは、「厳正な捜査」と「真相究明」を求めた、あっさりした型どおりの文言だったらしい。まあ、今日のお昼のNHKニュースでは、「選 挙期間中に」とか「民主主義に対する」とかの言葉が聞こえてきましたが、事件の直後から「暴力への怒りや批判」なり「伊藤市長の様態への気遣い」なりが あってしかるべきではなかったのか、とますますやりきれなくなります。

 たしか昨年の加藤紘一さん自宅放火事件の際も、小泉首相・安部官房長官(当時)は事件発生当時は見て見ぬふり、といわれてもしかたのないような対応で、やっとコメントを出したのが2週間後ぐらいではなかったでしょうか。
 何の関係もない、自民党支持者でも加藤氏支持者でもない私が、すぐにお見舞いと激励の言葉を送ったというのに。

 なんだか、とんでもない時代に突入しているような「いやーな気分」です。

 報道によると、平和問題、ことに核問題に対して毅然とした姿勢を貫かれた方のようです。

 asahi.comの記事の一部を抜粋します。

当 選した年の11月、オランダ・ハーグの国際司法裁判所での証言で、広島市長とともに「核兵器の使用は国際法に違反していることは明らか」と陳述。 「違反とまでは言えない」との立場の外務省からは、文言をめぐって直前まで働きかけが続いたが、曲折の末、「違法」を明言した。

 02年8月には「原爆の日」の「平和宣言」で、同時多発テロ後の米国の核政策を「国際社会の核兵器廃絶への努力に逆行している。こうした一連の独断的な行動を断じて許すことはできない」と述べ、初めて米国を名指しで批判した。

 05年5月、米ニューヨークの国連本部で開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議の本会議場で発言。長崎の原爆で黒こげになった少年の写真を掲げ、「核兵器と人類は共存できない」と訴えた。

 今年3月、前年に続いて被爆地・長崎の反対の声を押し切り、米海軍のイージス艦が長崎港に入港。「核搭載の疑惑もある軍艦なので、残念の一言に尽きる」と語った。


(以上)

 伊藤一長さんのご冥福をお祈りいたします。

海外誌/紙 記事 4:02 pm

 前エントリーでお知らせした米国議会調査局の「慰安婦システム」に関する報告書のうち、4ページにわたる【結論】部分の全訳を掲載します。

 ちょっと長いですが、この報告書が下院議員に配布されて、審議の参考にされるのでしょうね。

 特に最後の部分については私たちも意見の分かれるところだと思いますが、一応、米国でこのような捉え方がされていることを知っていてもいいかな、という気持ちです。

【結論】


 1992年以来、第2次世界大戦の前から戦中にかけて、慰 安婦システムの設置・運営に関わった日本軍と日本政府の役割を十分認めたことに疑いの余地はほとんどない。しかし、2007年3月の安部首相の物議をかも した発言以前でさえ、多くの人の目から見れば、歴史に関係する日本の行状をめぐる論争で、たとえば小泉首相の靖国( 戦死者が祀られているが、また14人 の戦犯も同時に祀られている)参拝、歴史教科書の記載内容、そして前述の文科相の言葉のような個々の日本の政治リーダー達の言葉をめぐって繰り広げられた 論争で、自らの非を認めたことにも説得力がなくなってしまったと言うものもいる。認める認めないの争いは歴史教科書の記載内容を主な戦いの場にして、現在 の日本でも続いている。さらに、教科書からは慰安婦システムの解説が省かれる傾向もあって、慰安婦たちへの書簡の中で、日本は「過去の歴史を直視し、正し くそれを後世に伝えねばならない」と述べた総理たちの言葉に疑念が生じている。


 


 慰安婦問題は、日本人は、1930年代から第2次世界大戦 にかけての自国の行状をいかに見るべきか、という日本におけるより大きな議論の一部である。自民党「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」小委員会に代 表されるような日本の歴史修正主義者たちは、この時代の行為に対する重大な罪が免除されることを求めているようだ。歴史修正主義者たちに反対するものは、 日本は自分たちの行状の負の側面を認め、将来の世代にこれらのことを教えるべきだ、と主張する。歴史修正主義者たちの懸命な取り組みの最新例は、また別の 歴史問題を含んでいるが、沖縄戦の間(1945年4~6月)何千人という人びとの集団自決で日本軍の役割を記述したくだりを高校の歴史教科書から削除させ た文科省の裁定だった。


 


 アジア女性基金では、日本政府と基金の支援者およびリーダー達の手で、元慰安婦への補償と支援に、誠実な努力がなされてきたようだ。話し合いと同時に、いくつかの政府は、協力することでアジア女性基金を受け入れたと思われる。


 


 アジア女性基金の、償い金の支払いか公式の日本政府補償金の請求か、という論議を呼んだ問題は、際立って法律論対道議論の問題である。日本政府は、対日講和条約(訳注:サンフランシスコ平和条約に同じ)、諸外国との日本の補償協定、そして1965 年の韓日正常化条約の文言に基づく確かな法的地位を得ているように思われる。2006年2月の「ジュvs日本」の最高裁裁決は日本政府の立場を強化したよ うに見える。しかし、公式補償要求の中には強い道義的な要素が含まれている。アジア女性基金を擁護するものでさえ、日本はドイツの例にならって、強制徴用 された労働者や捕虜たちといった他の虐待を受けたグループへ補償する追加的な官民合同基金を設立することができたものを、というものがいる。そうなった場 合日本が反転に出て、1945年の日本の都市への焼夷弾爆撃(1945年3月9日の東京大空襲に始まるが、東京大空襲では推定で8万かそれ以上の日本人が 死亡した)と1945年8月の原爆に対する補償を公式に米国に求める可能性も含めて、予測のつかないことが起こる。


 


 日本政府は慰安婦たちへ公式謝罪するとき、二つの声明を引き合いに出した。1993 年の河野談話とアジア女性基金からの支援を受け入れた元慰安婦たちへの総理たちの書簡である。総理たちの書簡には、総理が、同書簡の中で「日本国首相とし て」語っているということを、はっきりと述べている。この書簡は、総理が替わってもすべて同一の文面だが、「おわび」という言葉を1度ならず使って、これ を書簡の受取る人というより、むしろすべての慰安婦たちに話しかけている。これを批判する人たちは不十分だと言うが、不十分と考える理由を詳しくは述べて いない。謝罪にふさわしい形として日本の議会による決議案を提案する者もいるが、全会あげてそうした決議案に賛成する可能性はありそうにも思えない。


 


 2007年3月の安部首相の発言のなかには、河野談話と総理たちの書簡の肯定も含めて、非を認め、謝罪する口ぶりが続いているものもある。しかし、それ以外は、河野談話と総理たちの書簡に言われていることを否定するように見える。安部首相が慰安婦システムと慰安婦徴募の一


要素を強調するのには、日本軍が同システムの他の面(輸送、慰安所の設立と運営、慰安所の女性達の管 理)で果たした深い役割を最小限にとどめる効果がある。徴募の大部分は、とりわけ朝鮮では、軍隊が直接行ったわけではない可能性はある。 けれど、軍隊が 強制的な徴募を行った証拠を安部内閣が否定するのは、1992~1993年に政府報告書をまとめた日本政府の調査者たちになされた証言や異なるアジアの国々とオランダ出身の200人近くの元慰安婦たちによる強制徴募の証言に反し、これに加えて田中ゆきの著書『従軍慰安婦』に引用された400人の証言にも反している。


 


 こうした女性たちの証言の信憑性が、一方で安部内閣と自民党「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」小委員会間の論争の重要ポイントになりながら、また他方では同政権と河野談話および1992~1993 年の日本政府の報告書との論争の重要ポイントになっているようだ。河野談話と政府報告書は、ある程度、元慰安婦たちの証言に基づいている。河野洋平、現衆 議院議長は、2007年3月30日に、1993年の談話は16名の元慰安婦の証言に基づいており、そのような酷い苦痛を体験したものでないと分からない状 況をくり返し説明してくれたと述べた。その反対に、2006年3月16日のものも含めて安部内閣と「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」が表明した強 制の証拠がないという見解は、そのような証言は信じるに値する証拠とはならない、としているようだ。聞くところによると、以前安部首相は、議員の一人に元 慰安婦たちの証言を信用できるかどうか問われて、答えようとしなかった。安部内閣と「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」小委員会は、主として自分た ちの見解を朝鮮の状況(慰安婦の徴募の大部分が、物理的な強制よりもむしろ、甘言を用いたり家族に圧力をかけたりして為されたようだ――ただし、力ずくで 誘拐されたと主張する元慰安婦たちもいる)を基に論じていると思われる。さらには、暴力的、強制的徴募の証拠がないという主張は、7人の日本軍将校と4人 軍隊に雇われた民間人の、オランダ領東インド(現インドネシア)のオランダ人女性および他の女性たちへの売春強要とレイプに対するオランダ戦争犯罪裁判の 認定および評決の裁決(3人の死刑を含む)を無視、もしくは否定するものと思われる。このことから、安部内閣は、1951年の連合国と日本の間で結ばれた 講和条約(訳注:サンフランシスコ平和条約に同じ)の第11条を否認しているかどうかという、非常に重要な疑義の生じる可能性がある。サンフランシスコ平 和条約第11条には、「日本は、極東軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の判決を受諾し……」とある。


 慰安婦証言を否定した結果明らかになったことは、1970 年代以降北朝鮮が日本の民間人を拉致した説明をしろ、という日本政府の要求に対する国外からの支持の衰えである。これは2007年3月24日の「ワシント ン・ポスト」の社説「安部晋三の2枚舌」で指摘されたが、北朝鮮には拉致に対する説明責任があるとする安部首相の強い主張と、「第2次世界大戦中の何万も の女性たちを拉致してレイプし性奴隷にしたことに対する受容と責任を逆戻りさせる安部首相の類似の運動」とを対比させた。社説は断言する。「もし安部氏が 日本のした民間人拉致の運命を学んで国際的な支援を求めるのであれば、正直に自身の犯罪の責任を受け入れ、彼が中傷した犠牲者たちに謝罪すべきである」。 このように、100人を越す元慰安婦たちの証言を否定することには、第三者が、北朝鮮が日本の民間人を拉致したという主張の信憑性に疑問を持ち始めるかも しれないという立場に日本政府が置かれそうである。


 


 首相の物議をかもす発言は、自民党「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」小委員会を支持しない のであれば、同小委員会をなだめるのを意図しているように見えるが、この小委員会は、河野談話の見直しかもしくは撤回をさせて、おそらくは慰安婦システム に対する日本軍の責任を免除させたいと望んでいる。これらの議員たちが公表してきた研究と、日本のメディアと大衆のこの研究に対する反応は、現在と将来の 日本における歴史修正主義者たちの影響を見る上で、重要な指標になるだろう。


 


 慰安婦たちに関する議論の多くで見逃された問題は、連合国と被占領国の元慰安婦たちが、補償と支援 の両方、もしくはそのどちらかをアジア女性基金から受けとるかどうか決める自由が十分にあったかどうか、ということである。フィリピン、インドネシア、そ してオランダでは必要なだけの自由があったようだが、台湾や韓国ではアジア女性基金からの支援を受けるのを思いとどめたようだ。韓国自身が元慰安婦たちの ために豊富な資金で自身の基金を用意したにもかかわらず、そうでなければ1997年にアジア女性基金からの支援を求めていたであろう朝鮮女性たちに対する圧力と脅しの道具として、同基金や別の手段を利用した。慰安婦問題に関する韓国報道機関のレポートは、ほとんどの元慰安婦はアジア女性基金が「非公式」状態のために支援の受け取りを拒否しているのであって、これを申し出る女性は 「数えるほどしかいない」と主張することで、往々にしてアジア女性基金をおとしめている。韓国政府はもちろんのこと報道機関も、1997年のエピソードに見られる自国の元慰安婦たちへの韓国側の脅しを、引き続き認めようとはしていない。


 


最後に、アジア女性基金と韓国の政府基金と台湾の記録から示唆されるのは、これらの基金に応えて申し出たおよそ500 人の元慰安婦たちをはるかに超える人数の元慰安婦たちから、どんな補償/援助のプログラムも反応を引き出せそうになかったことである。元慰安婦の過去を明 かすことが社会的な不名誉であることから、前に踏み出すはずだった多くの女性たちを今だに思いとどまらせたようだ。 


                           (以上)


↓ ランキングに参加しています。よろしかったらクリックをお願いいたします。
 

 ランキング
人気blogランキングへ

政治April 15, 2007 11:42 pm

 数日前に、従軍慰安婦問題の背景に関する報告書が米国議会調査局から出されているのを知り、あわててこれを読んでみました。

 この全 23ページにわたる報告書については、特に元慰安婦の証言を否定したい人たちの間でちょっとした話題になっているようですね。いずれにせよ、ブログで ちょっと取り上げるにしては長すぎるので、Sankewebでも、個々の方々のブログでも、自分たちの主張にとって都合のよい部分だけを取り上げて論評し ているような気がします。

 読んでみると、そっけない文面の「河野談話」に比べ、元慰安婦の方々の証言のほんの一部にふれた部分からでも酷い体験がこちらにも伝わり、やりきれない思いにとらわれるのはどうしようもありません。

  この従軍「慰安婦」システムに関する報告書は、複数の議員の依頼により作製され配布されたようですが、1930年代から第2次世界大戦まで、日本軍兵士・ 軍属へのセックス提供のために日本軍が組織した「慰安婦システム」に関する背景を提供する、という文言から始まります。

 報告内容の各タイトルは、序論に続き、次のようになっています。

 下院決議案
 河野談話を見直す日本の運動
 安部首相とその政権のことば
 慰安婦システムに関する証拠
 1922・23年の加藤・河野談話
 アジア女性基金
 元慰安婦たちへの総理たちの謝罪書簡
 アジア女性基金への国外の反応
 日本の教科書の慰安婦問題
 日本および米国での慰安婦訴訟
 結論

  今回安部政権と自民党議員たちが問題視した米国下院決議案ですが、同類のものはすでに昨年9月に下院国際関係委員会で可決されていますが、本会議での採決がないうちに休会に入ったということです。

 河野談話修正の動きはすでにアベ氏が首相になった直後の10月、下村官房副長官から始まります。
 そして年が明けてすぐ、中川昭一政務調査会長の後援で、自民党有志により「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」が立ち上がり、 河野談話見直しの行動に入ることが宣言されますが、これに呼応して官邸側もその検討に入ることが3月2日の産経に報じられています。

 トーマス・シェーファー駐日大使ほかオーストラリア・フィリピン両政府から警告や批判が出されたのはこの時のことです。

 「慰安婦システムに関する証拠」の項では、吉見教授の発見したもの以外にも、実にさまざまな証拠物件があげられています。
 
 目を引いたのが、日本占領下のインドネシアで売春を強要されたオランダ女性たちに関するオランダ政府の文書の存在。オランダ国立文書館に保存されています。この中には、1947・48年にオランダ軍によって行われた戦争犯罪裁判関係の文書類も含まれています。

 結局、これまでの慰安婦システムに関する日本での、また日本と外国との間での議論の中心になったのは次の3点であったということです。

1.日本軍と日本政府の関与の程度
2.慰安婦徴募・輸送に日本軍の関与があったかどうか
3.慰安婦システムの中に連れてこられた女性たちが、自由意思で売春に従事したか、それとも不本意ながらせざるを得なかったか

 このように問題点をまとめていると、分かりやすいですね。
 「広義の強制性」とか「狭義の強制性」とかの議論にもっていこうとするのは、やはりおかしい。

 報告書の中でもこの点に触れて、「2007年の慰安婦徴募における強制をめぐる議論は、慰安婦たちは同システムの中で自由意思に基づいて売春をしたのか、不本意ながらせざるを得なかったのか、というより大きな問題を覆い隠してしまった」と述べています。

 アベさん、見透かされていますよ。

 で、この報告書のなかでも一番気になるのは、

 「1992年以来、第2次世界大戦の前から戦中にかけて、慰安婦システムの設置・運営に関わった日本の軍隊および政府の役割を、日本政府が十分に認めてきたことに疑いの余地はほとんどない」

という文言で始まる結論です。

  3月の安部首相の「強制の証拠はない」発言を待たずとも、小泉首相(当時)の靖国参拝、歴史教科書の内容、中山成彬文科相(当時)の「慰安婦の記述がある 教科書は1社だけだ」等々の「日本の政治リーダーたちの言葉」をめぐる論争によって、慰安婦システムへの軍と政府の関与を認めて謝罪してきた日本の姿勢に 疑念が生じてきたことが指摘されています。

自民党の日本の前途と歴史教育を考える議員の会に代表されるような日本の歴史修正主義者たちは、重大な罪が免除されることを求めているように見える」とも。

 この流れの中で沖縄戦での民間人の大量自決に関わる日本軍の役割を記述した部分が教科書から削除されたことにも、きちんと言及しています。
 
 また、河野談話をきっかけにして設立されたアジア女性基金と、基金からの補償金を受けとった元慰安婦たち人たちに渡された「日本国首相」として「謝罪と反省」を述べた総理書簡をかなり高く評価しています。
 この時の「お詫び」の言葉は、受けとった本人よりも、むしろすべての慰安婦にされた人たちになされているものだ、とつけ加えながら。

「謝罪にふさわしい形として日本の議会での決議を提案するものもいるが、全会あげてそうした決議案に賛成する可能性はわずかなように思える」と、いたって現実的な観測をしています。

 さらに現実的なのが、次の話し。

「日 本はドイツの例にならって、強制徴用された労働者や捕虜のような虐待を受けた他のグループに補償する半官半民の基金を追加的に設立すればよかったものを、 という声がある」が、そうした場合は、1945年の日本各地の都市を焼夷弾爆撃したことと原爆投下に対する補償を日本から求められる可能性がある、とも述 べています。

 日本は戦時犯罪をきちんと謝罪し、それを補償する。
 そして米国にも日本の都市を焼け野原にした空襲と原爆に対する謝罪と補償を求める。
 それが本当ではないでしょうか。
 今現在も戦禍に苦しむイラクを初めとする国々の人たちのためにも。

 さて、最後に、
 アベ首相以下閣僚たち、日本の前途と歴史教育を考える議員の会等が、元慰安婦の証言の信憑性を疑って「強制の証拠がない」という発言が、つまるところサンフランシスコ平和条約第11条に違反しているおそれがある、という話も忘れることができません。

 アベ首相以下閣僚たち、日本の前途と歴史教育を考える議員の会等のその発言は、主として朝鮮の状況の認識からきたものであろうが、それはオランダ戦時犯罪裁判の評決に反する、というわけです。
 
 サンフランシスコ平和条約第11条には、「日本は、極東軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の判決を受諾し……」とあるのです。

 では、今日はこれくらいにして。
 近いうちに、せめてこの報告書のうち「結論」部分の訳だけでもアップしたいと考えていますが、どれだけ余裕があるか、それが少々気がかりです。
 
 
 ↓ ランキングに参加しています。よろしかったらクリックをお願いいたします。
 

 ランキング
人気blogランキングへ

UncategorizedApril 12, 2007 10:45 pm

都知事の続投が決まった石原氏は東京五輪招致に強気の構えらしい。
 何が何でもオリンピック、というと、ついこの間の何が何でも常任理事国入りの騒動を思い出します。あれからまだ2年も経っていません。

 2005年8月7日付の中央日報はこの時の日本側の思惑が失敗に帰したことで、「日本国内では、外交力量を総集結して推進してきた安保理進出戦略に対する批判論が激しく提起されている」と述べていますが、思わず、えっ、そんなに批判論が激しかったかな? と当時のことをふり返ってみました。

 批判論もあるにはあったけれど、すぐ下火になったよなあ、と思うのですが、どうだったでしょうか。
 もともと一般の関心は低かったのですが、私などは、なぜそんなに政府が常任理事国入りしたいのか、 理解できませんでした。

 その後、例の郵政民営化をめぐるけたたましくも理不尽な衆院解散があり選挙戦に突入。
 まさに国連の常任理事国入り問題などは霧の如く、あとかたもなく消えてしまったのです。

 思い出すだけで苦々しさを覚えるあの9.11選挙は、外務省が総力を挙げて取り組んだ常任理事国入り支持取り付けの失敗も、うやむやの内に忘れさせてくれたわけです。これが意図されたものか、単なる郵政民営化騒動の副次的効果なのかは定かではありませんが。

 で、この安保理入り騒動の時にまことしやかに伝えられ、ネットで猛威をふるった意見が、
国連分担金をめぐるものであったのは、覚えておいでの方も多いのではないでしょうか。

 日本は国連の全予算の19.9%に及ぶ負担金を滞りなく支払っているが、米国、イギリス、ロシアは何年も滞納している。もっと日本は強い権限持つべきだ。毅然とした態度で臨め等々、いさましい意見が散見されました。

 ところがところが、『日本の外交は国民に何を隠しているか』(河辺一郎著)を読んで、そもそも「この負担金を滞りなく支払っている」という主張がまったく事実と異なること、早くいえば間違いだということを知りました。

  これについては新聞記事も誤りであり、さらには川口順子外相(当時)が2003年に国会で答弁した「国連の分担金を誠実に、米国と違って誠実に払い続けて いるから我が国が国連の中で信頼を得ていろいろなことができている」という認識まで間違っていたというのですから、開いた口がふさがらないとはこのことで しょう。

 日本が期日中に分担金を完納することはなく、90年代以降で見ると平均して6ヵ月滞納している。米国を除くと先進国では群を抜いて遅い。特に2003年にはようやく翌年3月に完納しており、実に14ヵ月の滞納だった。

と、河辺氏はいう。

「誠実に」という語を繰り返し使って支払っていることを強調した外相の時は、1年以上もの遅れだったというのです!
 ロシアでさえ、1999年以降は滞納せずに1月中に拠出しているというのに。
 
 さらに分担金をめぐる言説はさらにエスカレートして、与党から野党まで、分担金を減らせ、とか、19.5%も払うことない、といった主張がおおっぴらに語られるようになりました。

 この滞納ですが、どうも意図的に行われているらしい、というより「確信犯だ」と河辺氏は述べています。

 2005年は4月中の完納でしたが、これは前年秋に常任理事国入りのための工作を活発化させてから初めての拠出で、当時9回目の常任理事国を務める中での出来事だったとか。

  なぜわざわざ、そんなことをするのか、というと、2003年5月の国会での佐藤行雄前国連大使の言、「国連の予算……これについて国連総会が決めていく。 ここでは、率直に申しまして、日本の発言権は大変大きい」「予算面で日本とアメリカが非常に大きな力を持っております」「8年間にわたって国連の予算をゼ ロ成長にした。これは、日本とアメリカが中心的な役割を果たして主張し」たというように、どうも圧力をかけるためのようです。

 そして問題の2003年、つまりこれまで最長級14ヵ月にわたる滞納のあったこの年は、国会で国連改革を求める声が上がった年で、これがまた米英によるイラク戦突入と連動しているということ。
 特に米英のイラク爆撃の前後で、冬柴・高野・丸谷といった公明党議員が「国連あるいは安保理改革」を主張しているとか。

 ここでもまた「改革」か、と食傷気味の私は思ってしまいます。

 昨日11日、中国の温家宝首相が来日して、「戦略的互恵関係」を具体化するためにハイレベルの経済対話を始める、とNHKが伝えています。
 アベ首相が「戦略的互恵関係の構築に向けて大きく前進したい」と述べたとか。

 「戦略的」といえば、今年1月の訪英でいわれた、イギリスと日本は「戦略的パートナー」を想い出します。

 ふむふむ、戦略に基づいて外交を行っているわけか。
  じゃあ、国民に嘘をついたり、さらには著書で「米国やロシアなど大国でも、ろくろく払っていません。これはとんでもないことです」と、当時模範的に分担金 を拠出していたロシアを名誉棄損するような言説まで披露する元外務大臣政務官がいたりするのも、戦略的外交の一環なんでしょうか。
 
 思えば30年後の米国の文書公開で明らかになった沖縄復帰の際の密約でも、国会ではひたすら否定するばかりですし。

 なんだか私たちは自国の政府に嘘つかれっぱなしですね。

 憲法問題でも、国民投票法案に関しても、隠してごまかして、またまた嘘つかれているのではないかな? と自国の政府を疑いたくなるのも当たり前です。

 アベ総理は憲法を書き直すと従来から言い、今日の憲法特別調査委員会で船田氏は広範に国民の意見を求めるといってます。

 何を隠しているんでしょうね。 

 委員会の最後は急用で中継を見れませんでした。与党単独で、採決を強行したのですね。
 
 ↓ ランキングに参加しています。よろしかったらクリックをお願いいたします。
 

 ランキング
人気blogランキングへ

Uncategorized 10:44 pm

government of the people, by the people, and for the people
 人民人民による人民のための政治。

 民主主義の神髄を語るものとして有名なリンカーンの言葉です。
 以前から、この「人民の」政治とはどんな政治か? と疑問に思っていたのですが、wikipediaによると、世界的には「起源」を意味するとのこと。

 したがって、日本国憲法前文「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」の中に、このリンカーンの言葉の精神が込められているわけです。

 なお、リンカーンの言葉の「人民」も、日本国憲法の「国民も」、英語では共にpeopleです。

 このことをしっかり、胸に刻み込んでおきましょう。

 自民党憲法草案では、現行憲法のこの前文部分がきれいさっぱりと削除されています。
 そのかわり、

 日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有し、自由かつ公正で活力ある社会の発展と国民福祉の充実を図り、教育の振興と文化の創造及び地方自治の発展を重視する。

 という文が来るのですから、ふざけたものです。

 一応、「国民主権と民主主義、自由主義と基本的人権の尊重及び平和主義と国際協調主義の基本原則は、不変の価値として継承する」という文言がありますが、あまりに弱い。

 さて、「人民人民による人民のための政治」のうち、「人民による」がすっぽりと抜け落ちた考えを喧伝するものがある、ということを知ってからもうずいぶんとなります。
 例によって例のごとく、知り合いのわかものが口にし始めたのがきっかけです。

 そりゃあ、昔から、たとえばプラトンは哲人政治なんてものを考えたし、古代アテネの民主政治がやがて衆愚政治に陥ったと、中学の歴史でも学びましたし。
 
 でも、結局、「絶対権力は絶対的に腐敗する」という知恵を獲得したのが人間ではなかったでしょうか。

 私が子どもの頃、大人はよく仁徳天皇の話をしました。もう、戦後は終わった、といわれた後の昭和30年代ですが。
  なんでも、高殿から眺めれば、民のかまどから煙すら上がってないのを嘆いた天皇が、向こう3年間税を取り立てず、宮殿の改修などに人力をさくことを中止 し、食料の生産高をあげるべくさまざまな事業に専念した。その結果3年後にはどの家々からも煙の立ち上る様子が見えた、というのです。

 戦前の子供たちは、この故事を胸にも頭にも叩き込まれたわけです。

 哲人政治、とかなんとかいうと小難しくなりますが、この戦前・戦中の人びとに叩き込まれた仁徳天皇の政治がその日本版だ、と考えると分かりやすくなります。

 これがとにもかくにも「人民のための政治」でしょうが、「人民による」は無視されています。おそらく意図的な無視、つまり否定でしょう。

 でも有史以来の出来事で私たちが学んだのは、とにかく権力というのは堕落する、腐敗する、ということ。

 現実には私たちの命と生を全面的に委ねられるような卓越した個人、ないし少数者のグループは存在しない、ということ。

 こんなことは常識も常識、あったり前のこんこんちきよ! と思っていた私は、今の政治は衆愚政治だ! デモクラシーは駄目だ! と正義感の強いわかものが口走ったときは目が点になってしまった、という状況を想像していただけるでしょうか。

 国の政治は優秀なひとにぎりのエリートに任せ、国民は黙ってついてこい、いうのは三浦朱門氏ら日本会議派の主張、大衆は実直にエリートのために働いて国を支えればよい、という考えに通じます。
 教育は読み書きそろばんができて、お上の下す命令が読めさえすればいい、余分なことは考えるな、というところが本音でしょう。

 コワイのは、こうしたプロパガンダに乗る青年の耳元には、君ならエリートになれるゾ、民を指導できるゾ、という悪魔のささやきが聞こえること。正義感・使命感の強い真面目な青年は、これでイチコロです。
 
 どうも権力を掴んで上でふんぞり返っていたい人たちは、民を臣民ロボットにしたいようです。

 権利ばかり主張するな! 義務をきちんと果たしてから権利を要求しろ! というのは、昔から耳にたこができるほど聞かされてきた言葉です。子どものころからこんな文句を耳にするたび、どこかでごまかされているような気分になったものです。

 もちろんこんな言い回しは詭弁の一つといえますが、主権が存する、と規定されている私たち国民が、その主権を行使・維持するためにどれだけ努力をしてきたか、と考えると、はなはだ自信がありません。
 
 今のところ、民主主義に基づいた政治が最良の政治のやり方だと思いますが、民主主義は常に衆愚政治に陥る危険を持っています。

  古代アテネの市民たちは独裁を怖れるあまりオストラシズムを考え出して有力政治家を10年間国外追放し、これがアテネ衰退につながったという人もいるよう ですが、追放された有力者は再チャレンジが可能だった、という余談は後にして、とにかく民主主義を政治、そして国民の生活に活かすことは必要なことです。

  ところがこの民主主義を政治、そして国民の生活に活かすための努力がどれだけ行われてきたか。それも一人ひとりの心がけはもちろんですが、それ以上に民主 主義を維持するために社会的なシステムがどれだけ構築されてきて、それが維持されるのにどれだの努力がなされてきたか、ということが問題でしょう。
 
 ごくごく短期間を除いて、ほとんど1党独裁状態の自民党政府がこのシステムを改変しながら、メディアを操りながら、たくみに民主主義を切り崩す努力をしてきたことを考えれば、衆愚政治に陥る危険は、国民のせいだけではないでしょう。

 民主主義ユートピア、コスタリカの選挙風景として、子どもも含めて国民が喜々として投票場に向かう、という話が嘘か本当か知りませんが、少なくとも私たちの国では「喜々として投票場に向かう」という光景は考えられません。

 総務省の資料によると、昭和21年4月に行われた戦後初の総選挙の投票率は、男女平均で72.08%。
  昭和24、27年には、男子の投票率ですが、80%を上まわっています。そして昭和44年以降は女子の投票率が男子を上まわるようになりますが、いずれに せよ平成8年には60%を切ることになり、記憶に新しい2005(平成17)年には、ひさびさに小選挙区・比例代表がともに67%を超えたわけです。
 この時ばかりは、喜々として、踊りながら? 投票場に向かった人もいたとかいないとか……。

 しかしこの投票率上昇のむなしさは、その後の政治の展開を含めて、みなさん、いやというほど味わったはずです。

 国の主権者であるということはとても厳しいことで、主権を維持するためにはたゆまざる努力が必要だ、という当たり前のことがないがしろにされすぎた、といえないでしょうか。

 それも、国が政策的にそれを主導さえしてきた。もちろん、選挙管理委員会は常に投票に行こうと呼びかけてきましたよ、形だけでも。

  でも、主権を行使する私たち国民の側の内部から、徐々に毀されてきた。メディアもそれに大きく手を貸した。衆愚政治だ、といわれても仕方ないような状態 だ。おまけに気づいてみたら、いつの間にか宗教票という組織票が大手をふって歩くようにもなっていた。宗教票はロボット票みたいなものだ。
 こんな状況を許したのは誰だ?! どこのどいつだ? 
 と、いきり立つのも無理はない、というところです。

 民主主義を維持するのはエネルギーが要ります。
 たえずこれでいいのか、問いかけていく必要があります。
 そして人間はある一点に固執するのではなく変わる可能性を秘めています。
 そのことを私は肯定的に捉えたいと思います。
  
 戦後、女も子どもも、そして男たちも、憲法と民主主義に守られて育ってきたこと、生きてきたことを思い出そう。

 もう一度、私たちの手で、私たち自身の手で、民主主義を育てていこう。育て直そう。

 ↓ ランキングに参加しています。よろしかったらクリックをお願いいたします。
 

 ランキング
人気blogランキング