3月26日にガーディアン 紙「直言」に掲載されたフランシス・フクヤマの小論。
 何気なく読んで想像以上に日本の現状を掴んでいることに驚きました。おまけに渡部昇一が聴衆を前にして具体的にどんな話しをするのか、はじめて知りました。

 戦前復帰を画策しながらアメリカにすり寄る姿勢が矛盾せずにどこでどう折り合っているのか、わたしには理解できないこの方は、フクヤマ氏にこうまで言われてどうするのでしょうか。

 以下、フクヤマ氏の小論の訳です。

 安倍晋三が首相の座についてやっと半年だが、アジア中の怒りを買い、さらに重要な同盟国アメリカでは入り交じった感情を引きおこしている。とはいえブッシュ政権は、安倍に挑発的な態度をとらせないように影響力を行使するだろうか?

  安倍の前任者小泉純一郎は型破りのリーダーで、日本経済を復活させ、郵政改革をし、長期政権自民党の派閥体制をこわした。けれど小泉は、新しい日本ナショ ナリズムも許容し、靖国神社へ年に1回は参拝して中国と韓国を敵にまわした。どちらかといえば、安倍の方は、独断的で非を認めない日本をつくりあげること に一層邁進している。


 靖国論争は中国と韓国が政治的な優越を狙って日本を困らせるために使う歴史問題だと信じている人は、多分論争に多くの時間を費やすことはない。問題は、同神社に祀られた12人のA級戦犯ではない。ほんとうに問題になるのは、隣の靖国軍事博物館、遊就館だ。


  同博物館に展示されている三菱の零戦、戦車、そして機関銃のそばを過ぎると、「近代日本史の真実」を復元した太平洋戦争史だと分かる。それに続いて国家主 義的なナレーターの声が聞こえる。つまりヨーロッパの植民地保有国の犠牲者である日本は、列強から他のアジアの国々を守ろうと務めたにすぎいない、という わけだ。たとえば、朝鮮を占領して植民地にしたことは「協調関係」として描かれている。南京やマニラでの日本軍国主義の犠牲者たちの記述を捜しても無駄 だ。


  この博物館は多元的民主主義の中にある多くの見方のうちのひとつだ、と言い逃れることができるかもしれない。けれど日本には、20世紀の歴史について他に 代わりとなる見方を展示する博物館がない。歴代日本政府は、民間の宗教組織によって運営される靖国博物館を隠れ蓑にしてきて、そこで表明されている見解に 責任を負わなかった。


  納得のできない姿勢だ。実際、ドイツとは異なり、日本は太平洋戦争に関する自身の責任をついぞ受け入れることがなかった。社会党員の村山富市首相が 1995年に公式にこの戦争に対する謝罪をしたが、日本は真の意味で責任の範囲をめぐる討議を行ってこなかったうえに、本気になって遊就館の見方に代わる 記述を広めようとする努力を1度たりともしていない。


  私が日本の右翼と接したのは1990年代の初めで、日本で渡部昇一と2人でパネリストになった時だったが、彼は日本の出版社(私には未知の出版社だった) が私の著作『歴史の終わり」と『最後の人間』の日本語訳のために選んだ人だった。上智大学教授の渡部は、『「NOといえる日本』を書いた国家主義的政治家 で現東京都知事、石原慎太郎の共同執筆者だった。


  2、3回会うなかで、私は渡部が大勢の聴衆を前にして、占領していた関東軍が中国を去るとき、いかに満州の人びとが目に涙を浮かべて日本に感謝していたか 説明するのを聞いた。渡部によれば太平洋戦争とはつまるところ競争であり、米国が非白人を抑えつけておくことを決意していたせいなのだ。したがって渡部は ホロコースト否定論者に相当するが、ドイツの似たもの同士と異なり、共感する大勢の聴衆を簡単に魅了してしまう。(私のところには、日本の著者たちから、 いかに南京大虐殺が大きなごまかしであったか釈明する本が定期的に送られてくる)。


  その上、最近、小泉の靖国参拝を批判するものに対して、たとえば元首相候補加藤紘一の自宅に火炎瓶が投げられたように、国家主義者たちによって物理的な脅 迫が用いられた不穏な事件がいくつか続いた。(一方で、普通は保守的な読売新聞の社主が小泉の靖国参拝を非難して、戦争責任に関する興味をそそられるシ リーズものの記事を発表した。


 このことで米国はむずかしい立場に置かれたままだ。多くのアメリカの戦略家たちは、日米安全保障条約外で構築して、なんとしてでも中国をNATOのような防衛壁で取り囲みたいと考えている。冷戦末期以来、米国は日本の再軍備を後押ししてきて、戦後憲法の第9条の改定案を公式に支持してきたが、この9条は日本が軍隊を保持すること、あるいは戦争を遂行することを禁じている。


 しかしアメリカは自らが望んでいることには注意を払うべきだ。極東におけるアメリカの軍事的立場全体の正当性は、主に自衛という日本の主権者に帰属する機能を米軍が果たしていることに基づいている。日本の一方的な憲法9条の改定は、新しいナショナリズムを背景にした観点に立つもので、アジアのほぼ全土から日本を孤立させるだろう。


  憲法9条の改定は長い間安倍の基本方針の一部になってきたが、それを彼が強引に進めるかどうかは、大部分米国の親密な友人たちから得る助言のようなものに 左右される。ブッシュ大統領はイラクにおける日本の支援に感謝していることから、彼の「親友ジュンイチロウ」には、いやいやながら日本の新しいナショナリ ズムのことで口出しをした。今や日本が小規模な派遣部隊を撤退させてしまっているので、おそらくブッシュは、安倍に対して率直にものを言うことになろう。                              (以上)


 アメリカのアジア戦略、アジア版NATOを作ろうとする動きについては昨年10月31日に田中宇さんが「アジアのことをアジアに任せる」で書かれています。


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