「親学」は必要か、の見出しが目についたのは、21日月曜日の毎日。

「夜回り先生」こと水谷修さんと、元ヤンキー、現教育再生会議担当室長の義家弘介氏の顔がそこにありました。2人のそれぞれの人生を刻んだ顔。

 親に子育てに関する有益な情報を知って貰い、他の親たちと学べる場をつくりたい。そんな思いから、教育再生会議は「親学」を提唱してきた、と義家氏は語っていますが、やっぱり、いらぬお世話、と言いたい。

 そもそも「親学」自体、「新しい歴史教科書をつくる会」結成当初からの理事の高橋史郎氏が副会長を務める「親学会」で提唱されているもので、日本会議を支える団体のひとつモラロジー研究所が提唱するものです。

 義家氏も、この教育を考えるものらしき会議のメンバーでいろいろな情報も入ってくるでしょうからそのくらいのこと知っていると思うのですが、ほおかむりですね。

 水谷さんは、いまの日本で子育てが難しくなっているのはなぜか。国全体にゆとりがなくなり、イライラをため込んだ社会になっていることが最大の原因だと思う、と言われています。これについては私自身も経験済みですから、とても納得します。

 まだ現実に目にしたこともないお二人ですが、写真にはそれぞれの品性が表れているな、と思った瞬間です。
 
 私が水谷さんのお名前を初めて知って、もう5、6年前にになるでしょうか。
 いわゆる「ドラッグ」関係について、ネットを調べていたときのことです。
 なぜそんなものを調べたのか? その事情をちょっとお話ししましょう。
 
 知り合いが、さるブランド大学に通う女子学生のことを、ひょっこり口にしました。

 変なのよー、親は学費を送っているのに、大学には納められていないの。督促で親はそれに気づいたらしいのだけれど。
 おまけにその女子学生は、今どこに住んでいるか親にも分からなくなったのよ。

 どうも学校の方は休みがちだったみたい。ほとんど講義には出てこないらしいの。
 学部を卒業できていないのに、親には院に行ってる、と言ってたみたい。

 感ずることろがあって根掘り葉掘り聞いてみると、

 夜、パチン○屋でバイトをしているらしい。それため朝起きられない、と本人は言う。
 化粧っけもなく、質素、というよりもくたびれ気味のTシャツ・ジーパンのスタイル。
 顔色は良くない。ツヤもない。
 友だちはいない。
 むくんでいるのか、目の下には眼鏡の跡が付いている。

 ということでした。

 年頃のお嬢さんが、お洒落もせずにお金がいくらあっても足りないのはおかしい、というのは母親としての私の直観です。
 人が迷いながら自分の着るものを探してファッションを楽しむのは健康な証拠、と私は思っていますから。

 誰かに貢いでいるのでは? と話しをしてくれた人はいうのですが、私には、なにかドラッグの類が推測されて気になりました。
 その懸念を相手に伝えると、たしかにその可能性がある、ということで、結局、問題の女子学生の親御さんにも連絡が付き、バイト先を知っている同期生も出てきて、どうにかお父様がこの女子学生さんを保護することができました。

 結果は私の推測通り、覚醒剤でした。
 伝聞ですが、本人の話したところによると、生まれて初めてパチン○に行ったその時、何も分からない自分に手取り足取り隣の若い男性が教えてくれた。何回か彼と付き合う内に、覚醒剤を覚えてしまった。
 学費などもすべて覚醒剤を買うのに使った。
 アパートの家賃も払えなくなったので、パチン○屋の寮に住むようになった。
 親しい友人はいなかった。

 ということでした。

 こうした事情をぼそぼそと話すときも、当人はぼーっとして、とても正常な状態ではなかったようです。

 お父様といっしょに自宅に帰った彼女がその後入院したのは良かったのですが、退院後再び出奔して行方知れず、と聞いたのは、郷里に帰ってから1年も経たないときでした。

 こうしたケースについて何の知識も経験もない私でしたが、一度依存状態に陥ったものが、抗しきれずに元に戻ることは十分あり得ると予測していました。
 面識もない、ただ話しに聞いただけの女性でしたが、たまにふと思い出すことがあります。
 何の関係もない人様の家族のこと。
 いったい自分に何ができただろうか、と自問するたび、今でも胸が痛くなります。
 
 あれから、生きている内に、無事に家に帰られたでしょうか。

 高校生まで優等生で過ごし、なんの弾みか、魔が差したとでもいえばいいのか、遊びに行った先で異性に親切にされ、下心も見抜けずにそのままズルズルと深みにはまっていったという、一種古典的ともいえるような話し。

 きっと、純朴な学生さんだったのでしょう。
 性格まで変わってしまったとご家族は嘆かれたようですが、それまでしっかりしていると見えたのは、おとなしく学校の勉強だけをしていたせいかもしれません。薬物に依存すれば、多分人格も崩壊するでしょう。

 友だちがいれば、変だよ、と言ってくれたでしょうし、ふらふらと慣れないところに一人で足を踏み入れたりしなかったでしょう。 

 いったい子どもというのはどこでどうすれば育っていくのか、いろいろ考えさせられた事件でした。
 水谷さんは、こうした子供たちと真っ正面から付き合ってきた方です。

 たった2人の子どもを育てただけですが、よその家庭の子どもさん達と接触する機会も多かった私が痛感したのが、親として子供にどんなアンテナを向けることができるか、ということでした。

 親も人間ですから、誤りもあります。思い出せば恥ずかしくなることも、子供たちにごめん、といいたくなることもたくさんあります。

 どんなに口を酸っぱくして「いいこと」「正論(どこかの出版社が出している雑誌名ではありません)」をいっても、子どもの胸に響かなければ何にもなりません。子どもにとってはうっとおしいだけで、いいところ、無視でしょう。

 思春期に入れば、子どもの一挙手一投足が、ずしんずしんと親の身には応えます。
 そんなとき、親のアンテナは張りに張りつめて、心の動きを含めて子どもの動きをキャッチします。
 そんな感度の高まったアンテナを支えるのには多大なエネルギーが必要ですし、アンテナで捉えた情報をより良く処理する知恵も必要。

 子どもというのは、親の嘘をよく見抜く心の目を持っているみたいです。

 そんな子どもと親が本気でぶつかり合うことが、一生の内に少なくとも1度はあるでしょうか。
 これは、親学、なんて問題ではない、と思います。
 もっと総合的なもの。

 ときには体中の感覚を総動員するけれど、そんな感覚に頼りながらも、知恵というか、「理 ことわり」が必要。

 どんなに正論を吐いたところで、きゅうきゅう、イライラした社会では、親と子のこうした感覚や「理」を育てるゆとりがなくなります。

  
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