松岡大臣の自殺については、疑念を抱く人が結構いるようですね。
かくいう私も、午後のニュースで知ったとき、まず自殺を疑いましたし、早く辞めさせてもらえていたら、死なずにすんだかもしれないのに、と思いました。
死ぬんだったら、最初から悪いことはするな、という人もいましたが。
それにしてもこの方は、なぜ政治家になったのでしょうか? 19年間の官僚生活を捨てて政界に入ったのは、どうしてなんでしょうか?
で、今日は松岡大臣の話ではなく、情報公開法のこと。
27日の毎日新聞の片隅にあったコラムが気になりました。
なんでも、2001年4月に施行された情報公開法は、行政文書について最長30年間の保存を義務づけているらしいのですが、この法律が成立して、これまで「永年保存の対象だった大量の行政文書が、シュレッダーにかけられて廃棄された」ということです。
その廃棄されたものの中には、円高のきっかけになった85年のプラザ合意に至る内部資料もあったという話し。
「昔は、政治家との面談録などを、若手にまで回覧して共有した。今は、回覧どころかメモにさえしない」と嘆く霞ヶ関の幹部の言葉にもふれていました。
メモを共有すると情報公開の対象になるから、という理由だそうです。
おまけに、
「官僚たちも『今のままでいいとは思っていない」という。しかし、『これは国民が求めたこと』とあきらめ顔」というエピソードまで披露されています。
ええっ、そんなこと国民は求めていませんよ! と思いませんか?
最高30年経ったら、用がないからどんどん捨てなさい! なんて私たちは求めていませんよ。
沖縄返還交渉をめぐる「密約」の存在が、米国の非開示期間30年を過ぎて公開された情報で裏付けられたというのに、私たちの国では、もう廃棄処分にされている!?
可能性がありますね。
それでアソー氏も頑強に密約の存在を否定するわけですか。
文書がないわけですから、知らぬ存ぜぬで押し通せるわけですか。
驚いて情報公開法についてちょっと調べてみると、2004(平成16)年「情報公開法における文書管理」なるものがありました。
これによると、
「行政文書保存期間基準」によってあらかじめ分類されたものの保存期間を設定し、
保存期間が満了すると、
・保存期間を延長
・国立公文書館等へ移管
・廃棄
の3つの選択肢があります。
「職務の遂行状必要」がるとみとめられるときは、一定の期間を定めて延長する」ということです。
プラザ合意に関する内部文書まで廃棄されてしまったというのですから、
・保存期間の延長や国立公文書館等への移管の対象となった文書はあるのでしょうか?
・あるとすればどんなものでしょうか?
・誰がどんな基準で3通りの処理のうち一つを選ぶのでしょうか?
いわゆる情報公開法の改正案が成立したのは1999(平成11)年のことです。
正式名称は、「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」。
1999(平成11)年5月7日成立、2001(平成13)年4月1日施行に対して、「情報公開法における文書管理」の日付は平成16年2月26日。
これはどうなっているのでしょうか?
情報公開法の関連法案ということで後から成立したものでしょうか?
いずれにせよ、私たちの知らない間に、とんでもない法律が成立しているわけです。
それにしても、元号法制化以来、公文書の日付はすべて元号で書かれているようですね。
これを私などはいちいち西暦に直して考えたりしますから、不便極まりない。
ことに世界の出来事等と比べるときなどは、どうしてもこの換算が必要です。
「国際貢献」だとかいいながら、何かと「世界」を強調する政府は、本音では「世界」も「国際」も考えてもらいたくないのかな? と思ったりします。
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