とむ丸の夢

民主主義June 20, 2007 1:43 pm

朝刊を開けば、「首相の執念」「安部主導」の見出しが躍る。

 アベ・カラーをはっきり出すために、つぎつぎに法案を強行採決し、それでも足りなくて国会を12日間延長する放心方針を政府・与党が堅持しているらしい。

 ひどいものです。

 NHKの朝のニュースでは、You Tubeが、日本語版サイトを作るとの同時に「フィンガープリント」とか呼ぶ著作権法の問題を識別する技術を開発する、という話し。

 衆院本会議では、NHK経営委員に富士フイルムの古森氏らの起用が決まる。

 これは、放送法第16条違反の恐れが濃厚。 

 なぜこれが問題にならないのでしょうか?
 これから、NHK内の富士フイルムに関わる放送用機器はすべて廃棄処分でもするのかしら?

 著作権法違反をあれだけしつこく主張して規制しようとするくせに、自分たちの違反には目をつぶり、採決マシーン化した非良識の府の住人、与党の国会議員たちは何も疑問を持たないのかしら?

 9.11選挙で異議を唱えたものに対する仕打ちを見せつけられているから、何も言えないのかしら?
 だとしたら、これはもう「選良」とはいえない。
 
 数を頼みの暴力集団ですよ。

 誰に対する暴力か? って、決まっているでしょ、国民への暴力です。

 教育3法は昨日参院文教科学委員会の数のごり押し採決で通過して、今日の本会議で成立予定とか。

 これについて、梶田副会長は、

「(改正教育基本法を含めて)土台ができ、中身を入れるのはこれからだ。太陽がさんさんと輝く中身の詰め方をしてもらわないといけない」

 と、よく分からないコメントをしていました。

「太陽がさんさんと輝く中身の詰め方」って、何でしょう?

 梶田副会長とは、中央教育審議会副会長の梶田叡一・兵庫教育大学長のことでしょう。
 兵庫教育大のHPには、いろいろ書いてありますが、どんな方かまったく知りません。
 
 これでいったい何を言いたかったのでしょうか?

「美しい国」などという言い方しかできない人に対しては、「太陽がさんさんと輝く中身」という言い方しかできなかったのでしょうか?

 中身のない美しい言葉

 これからの世の中は、意見を言おうと思えば、この修辞法を体得する必要があるかな? 
 アベ式修辞法
 
 それとも近い将来、ナチス支配下のドイツがそうだったように、「白紙のビラ」かな?
 いかようにも、お好きなようにおとり下さい、と暗に示して。
 戦時修辞法、もしくは大政翼賛修辞法。 

 試しに梶田氏の学長としての言葉を読んでみますと、
 
<確 かな学力>の形成とは、その人の内面世界に即した学習がなされ、その人の 内面世界そのものが変容し、その人の内面世界の深いところに根差した形で知識や技能その他の諸能力が育っていき、そうした内面的な基盤が、その人の判断や 発言や行動の内的な枠組みとして育っていく、という方向のものと言ってよいであろう」

 うーん、内面世界に即した学習か……
 求道者のような言葉は、なおも続きます。

このためには、何よりもまず、教師の側に、一人ひとりの学習者の内面世界の深い洞察が求められる」
 一方、
「学習者の側に、教師の考えや周囲の意見に安易に同調するのでなく、自分が本当に納得できるかどうか、を頑固にまで考える習性が育つことである」。

 ええっ? 本当にこういう教育をしていたら、不適格教員と判定されてしまいそうな新たな立法措置ですが、教育基本法も教育3法も。
 
 ちなみに、学習者一人ひとりが己の内面世界への深い洞察へ導かれたのが、林竹二さんの授業。

 30年近く前、教育実践の“巡礼”を続けた氏の映画・講演会には私も行きましたが、今の人は知らないでしょうね。

 それにしても、幼少期から成長期に、岸信介という権力者の振るまいをつぶさに見て育ち、権力の妖怪を信奉するアベ氏は、やはり民主主義の国の指導者としてふさわしくない。

 きっと、祖父にとって都合の悪い情報は、すべて締め出して、つまりシャットアウトして育ったのでしょう。

 幼心に刻み込まれた情報から抜け出せないのではないか、とよく感じませんか?

 おじいちゃん岸信介は、アベ氏にとって“絶対善” の存在なのかもしれません。
 
 これはもう、国政を預かるリーダーとして、致命的でしょう。


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コムスン通信NO.10

 アベ氏が官房副長官時代にコムスン機関誌に登場したこの号は、HPから削除されているようですね。
 6月14・15日のエントリーに関わるので魚拓がとってあります。ご覧下さい。
(↑ こんなことできるのも、今のうちかもしれません。そのうち、著作権法違反、とかなんとか言われてしまうかも)。

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民主主義 1:40 pm

米国大使館の「借地料滞納問題」を取り上げている喜八ログさんのエントリーを読んで、すぐさま国連分担金の滞納を思い出してしまいました。

*もっともこの国連分担金については、日本もそうそう威張れるものではありません。なぜって、日本はこれを慢性的に滞納しているからです。

 この間の事情を、河辺一郎『日本の外交は国民に何を隠しているか』から見てみます。

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 90年代以降では平均して6カ月半滞納し、特に2003年は14カ月の滞納。

 この日本の拠出の遅れは、どうも米国の軍事行動と連動しているようだ。

 また2004年秋に常任入り工作を活発化させてから初めての拠出である2005年分は4月中にすませている(国連の会計年度は1月1日に始まり、この30日以内に払うことになっている)。比較的短い滞納期日だった(かなり露骨で恥ずかしい、と思いませんか?)。

 議員がそのことを有権者に積極的に伝えているため、米国が滞納していることは、国民がよく知っている。

「例えば98年には、共和党の議会指導者が『国際的な人口計画の資金供与に関する政府と議会の間の対立が解決するまでは、滞納金を支払うための資金は提供しない』とアナン事務総長(当時)に述べた」。

「議員は選挙民・納税者の要望へのデモストレーションとして、(中絶を是認するような)醵出に反対していることを宣伝する必要がある」ために国連事務総長をもこうして利用し、有権者も自国の滞納をしっている。

 ところが日本の有権者は一般的にこの滞納について知らされず、それどころか「遅滞なく支払っている」と、間違って認識されている。

 外相(当時)川口順子氏でさえ、2003年5月7日の参議院決算委員会で「国連の分担金を誠実に、アメリカと違って誠実に払い続けているから我が国が国連の中で信頼を得て色々なことができている」と述べる始末だ。

 とにかく日米両国は、確信犯として、国連分担金を滞納しているわけで、ことに日本は先進国中で一番ひどい。

 経済大国として多くの分担金を負担しているとはいえ、そんなことをわざわざする理由は、圧力をかけるため。
 安保理入りについても、「もっと大きな発言権」を得るためではない。
 
 2003年5月の衆議院憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会で、佐藤行雄・前国連大使(当時)が、

「日本の発言権は大変大きい」
「予算面で日本とアメリカが非常に大きな力を持っております」

 と述べている。

 結局、日本が「滞納」という手段を使ってでも、さらには常任理事国入りして果たしたかったことは、「もっと大きな発言権」を得るためではなく、別の意図があったようです。

 こうしたことについて、私たち国民、というより有権者はほとんど何も知らされていません
 それどことか、耳障りの良い「国連重視」「国連中心主義」などという言葉を使って、いつもごまかされてきたのが実情でしょう。

 内向けの言い分を外向けとは使い分けて、世論を黙らせておく、というのがこれまでの日本の為政者がとってきたやり方です。

 事情に気づいたものはあくまでも少数者として多数の力で押さえ込む、というのが私たちの国の民主主義だったのかもしれません。

 おまけにメディアの方もその矛盾を追及できない。

 河辺さんは、日本の常任入りに問題に関する大新聞の不可解な社説を例にとり、その理由として3つの仮説を立てて考察しています。

1.論説委員である記者が、記事の内容をそのまま、文字通りに信じている。
2.     〃      が、政府の実態を承知していながら、その姿勢が変化することを期待して、または、野党の中でも意見が分かれているためにその分裂を促すことを恐れて、あえてこのような記事を書いている。
3.論説委員である記者自身が、政府のシンパである。

 そしてこの3つの仮説を検討し、

・記者が政府の主張を額面通りに受けとって論評記事を書くようなことはあってはならないし、あり得ない、として1.の仮説を否定。

・2.の仮説も、論点が混乱していることや世論のミスリードにつながることから、考えにくい、と否定。

・論説委員という立場と経験にふさわしい知性と判断力を持っているならば、第3の仮説が当てはまりそうだ。

 というところまで、論を進めますが、新聞社には日本外交に関して精通した記者が複数名いて、やはり3.の仮説も考えにくい、と前の仮説に戻ります。

 結局、

「当 該分野に関する経験が豊かで、社説を担当する、政府の諮問委員などを務める記者らが、政治の実態を知らずに政府の説明を額面通りに受け取り、しかも政治的 言動に対するごく基本的な政治感覚も持たずに記事を書くという、あり得ない事態が起きており、同僚記者も同様の状態にあるのではないか」

という結論にたどり着くのです。

「何をどの程度わかっているのかも、何をどうしたいのかも自らわきまえていない人びとが政府や審議会などに入り、憲法の行方を左右するような提言を行っているのならば」、

「恐るべき知性の劣化である」。

 こうした中で、急速な右傾化が私たちの国で起こってきたわけです。

 ポツダム宣言受諾、敗戦、新しい憲法成立で「国体護持」の道を断たれた人たちが、60年かけて、一度は否定された旧体制=国体を復活させようと目論んできた成果でしょうね。

 不幸に追い打ちのかけるのが、この旧体制復活の動きとともに新自由主義=新植民地主義がいっしょにやってきたこと。

「新しい衣」をまとったかに見える「旧体制」復活の動きと、新たな意味が含まれた「植民地主義」の現実が、どんどん私たちの社会を蝕んでいるような気がします。 

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 最後になりましたが、1998(平成10)年以来米国が大使館の借地料を滞納しているのには、何か理由があるはずです。

 日本側がいらない、当分の間徴収しない、といっているのか、それともアメリカ側に何か戦略上の理由があるのか。

 おそらくこの点に関しても、政府は本当のことを言っていないと思います。

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つぶやき 1:40 pm

ごくたまに思い出すことがある、一群の人たちがいます。

 小金持ちです。大金持ちを私は直接知ったことはないので、直に知っているといえば、小金持ちの方々ばかり。
 この方々は、とりあえずは事業で成功しています。ただし一部は不況でかなりの境遇変化を経験したようですが、これまたたまに耳に入ってくる話しは、相変わらずだったりします。まあ、それも虚勢を張っていると考えられないこともありません。

 傲慢です。
 ただし、傲慢さの表れ方は、人によりかなり差があります。
 なかには無邪気に、明からさまに、自分の境遇を自慢しまくる人もいますが、これはとても分かりやすい人です。

 この人たちは互いに知り合いで、一般の人びとから自分たちを区別して目に見えない壁を築いていますから、憲法第14条の【法の下の平等】を信じ切ったままに接すると、手ひどい反撃を喰らうこともあります。

 中央から地方の末端まで、階層式というより数学の「組み合わせ」でみるような「樹形図」状に、それぞれの上下関係が意識の上でできていると私は思っています。

 江戸・明治・大正・昭和の戦前の社会では、上を見るな、下を見て暮らせ、と教わり、自分よりまだ下層の人間がいると安心しました。が、この人たちは自らが築いた目に見えない壁の外側の人のことはほとんど斟酌しませんから、もっぱら上を見て暮らすことになります。

 こうした一群の人たちのことがたまに頭にのぼると、「選民意識」という言葉もいっしょに思い出して嫌な気分になるのですが、この「選民」の語を「灰色のベンチから」さんの中に見つけたときは、ちょっぴり我が意を得たりの気分になりました。
灰色のベンチさんの「ミリオン狂想ワルツ」の一節「グレースピアは綺麗に選民思想の神に命中した」です。

 そう、私の灰色の槍はまだしまわれたままですが、そろそろ準備して、今度の選挙で命中するといいな、なんて。

 小金持ちで傲慢で、目に見えない壁を作って上だけを見て暮らしている人たちに充満している選民意識を、初めて接したときは理解できませんでした。でもあれからもう数十年経ち、距離を置いて眺めると、ぴったりと形容するものとしてこの言葉が浮かび上がってきます。

 自分たちは壁の向こう側の人間から奉仕されて当然だ、とでもいうような感覚がなぜ生まれるのか、今だに不思議でしょうがないほど、この意識には根拠が希薄です。

 強いてあげれば、たまたま、現在、成功した身分であること、それぐらいでしょうね。

 中には延々と続く自慢話で違いを強調する人もいますが、そういう人に限って、子供の素行や学業でピエロを演じたりします。

 根拠がなくとも、この選民意識は頑強です。
 周囲でそれを支える人にも事欠きませんし。

 多分、優位に立っている己の地位を維持するにも、また己の行状を自ら肯定して納得するためにも、この意識や感覚が必要なのだと思います。

 選ばれているからこそ、他人に奉仕を要求できるわけです。

 そうした人が議員に選ばれれば、今度は合法的に奉仕を要求できます。
 すべては自分のために、自分たちのために。
 世の中は自分と仲間たちを中心に廻っている。

 この錯覚、このイリュージョンはしぶといです。
 自身の誇りの源泉ですから、容易には手離しません。

 アベ氏を取り巻き、彼を支える人たちの物言いがなぜああも高圧的で傲慢なのか、と考えるたび、このイリュージョンがちらちら見えてきます。

 ワシントン・ポストに掲載された妙な意見広告にも、このイリュージョンが見えませんか?
 

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コムスン通信NO.10

 アベ氏が官房副長官時代にコムスン機関誌に登場したこの号は、HPから削除されているようですね。
 6月14・15日のエントリーに関わるので魚拓がとってあります。


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改革 1:39 pm

前エントリー「新自由主義が生んだサイコパス企業」の追記です。

 コムスンの実態について、不明なところや疑問点について、さらに詳しく話しを聞いてみて分かったこと。 

 早番: 7:30~16:30
 遅番: 9:00~19:30
 夜勤: 8:00~翌朝9:00

 早番・遅番の昼間の勤務は、ヘルパー2、3人体制だが、大体2人。
 夜勤が1人。

 夜勤には一応2時間の休憩が与えられているが、2時間の休憩をとったことはない。ごはんでさえゆっくり食べたことがない。

 ヘルパーの仕事では排泄関係が大きな割合を占め、その世話(排泄で汚れた人を風呂に入れることも含む)をしていると、特に夜勤のような1人体制では休む時間がない。
 
 夜勤明けでも、火災訓練だとか誕生会だとかがあると、そのまま午後まで勤務させられる。そんな時は24時間勤務みたいなものだ。
 残業手当は1、2時間分しかつかない。

 ひと月の間に夜勤は6~7回あったが、だいたい6回が多かった。

 入所者の食事もヘルパーが作った。
 朝ご飯は夜勤
 昼ご飯は早番
 夜ご飯は遅番

 食事の買い物もヘルパーがした。

 これだけ働いて、月収は15万ぐらい。そこからいろいろ差し引かれて、手取りは13万ぐらい。
 大学出の男性でもこの収入だった。

 年寄りの世話の大きな部分が排泄関係です。ときには大便を周りに塗りたくる人もいれば、衣服からベッドまで汚す人もいます。これについては次のように語っていました。

 自分の食事中もそうした音や匂いで喉を通らなくなることもあったけれど、それもある程度は慣れる。それに粗相をして申し訳なさそうに詫びたり、体をよじらせたり、涙を浮かべる人を見ると、けっして怒ったりなどできない。
そんなお年寄りを見ていると、「気にされなくていいんですよ」という言葉も自然に出てくる。

 そんなことよりも、とにかく勤務そのものが、とくに夜勤がきつかった。
 夜勤が終わって帰れると思ったら、イベントがあって準備をしろ、といわれるのも辛かった。
 不眠不休でひと晩働いた後だから、24時間勤務みたいなもの。

 食事も買い物から調理までヘルパーしなければならなかったが、計画的に献立を考えて買い出しに行く余裕もなかった。

 夜勤時の朝ご飯を作るときなど、材料がなくて困ったこともあり、一度は卵も何もなくて、仕方なくミンチをさらに細かく刻んで使ったことがある。
 この時、1人がお腹を壊して、結局、朝から肉を食べさせた、と叱責を受けることになった。

 そんな調子で、とにかく悪いのはすべてヘルパーのせいにさせられた。

  引き抜かれてホームにやってきた看護士さんは3カ月で辞めたとか、福祉関係の大学を出た若い男性も、この仕事のスケジュールと月収では結婚はおろか、遊び に行くことさえもできないとか、いろいろ話す中で、一度は福祉の道を志しながらも、今度は違う仕事がしたい、といって辞めていく人が後を絶たなかったよう すもうかがわれました。

 使い捨て社会を省みて「もったいない」精神をもちあげながらも、人間の使い捨てが平気で行われているのか、と思わず嘆息してしまうのは私だけではないと思います。

 コムスン以外では給食の調理員が別にいたが、だからといってそちらが格別いい介護をしてヘルパーの待遇も格段にいいというわけでもなかった。やはり大同小異だと思う、と結論が出るのが、この国の介護の現場なのです。

 こうしてどんどん国民を使い捨てていき、最後にはよく言われるアジアからの出稼ぎや移民に頼ることになるのかもしれません。そして、そんな移民に対しては、もっと過酷な待遇で臨み、今フランスなどで問題になっていることに、早晩私たちの国も直面することになるのではないでしょうか。

 大学院教育まで無料だったり、子育てに対するさまざまな優遇策やその他の福祉策が用意されたりしているフランスでも暴動が起こってしまうほど、差別問題や矛盾が社会の底辺でとぐろを巻いています。
 これに対して子供の教育そのものがすでに社会的・経済的格差を大きく反映したものとなり、福祉政策も充実していないこの国で、いったいどんな世の中が姿を見せることになるのか、想像するのも怖い気がします。

 新自由主義は新植民地主義。

 *コムスン通信NO.10 
   削除されているようなので、魚拓をとっておきましたから、どうぞ。


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 Abe07henoko01                                                           ← とりあえずガスパーチョさんからお借りしたバナー。 
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改革 1:38 pm

・ タイムレコーダーを押してはいけない。

・ 朝の9時から翌朝の9時まで、不眠不休で働きなさい。

・ 残業代は1時間分だけ支払われる。それを超しても感知しない。

・ 8人の高齢のお客様を1人で看るのだ。走ってでも、誠心誠意尽くしなさい。

 とは、何カ月間かコムスンのグループホームで働いた、私のごく身近な知人の話。

 まあ、どういう言葉が使われたのであれ、こうした内容でヘルパーは指導されたわけです。

 特に酷いのは夜間だった、と彼女は言います。

 グループホームはお年寄りが1、2階それぞれに8人ずつ入所していた。それを各階たった1人ずつで介護していた。

 夜中に起き出す人、叫ぶ人等々、色々な人がいた。それこそ目の回る忙しさで、車いすに乗せてトイレ介助をしている最中に、他のお年寄りが起き出して転ぶことがあった。
 1人しか看るものがいないのだからどうしようもなかった。
 でもその責任を問われて、始末書を書かされた。

 コムスンで働き始めるときは何ともなかった体が、8カ月で辞めたときにはガタガタになっていた。
 ひどいのは足だ。
 走り回って介護をしているうち右足の指の付け根に痛みを覚えるようになり、ナースシューズからスニーカーにかえたが、それでもよくならなかった。辞めてもう1年以上経つが今でも痛むことがある。

 自分が働いている間も、いったいどれだけのヘルパーが辞めていったことか。

 ホーム長は看護士だったが、ノルマを課せられていて仕方なかった。
 自分が辞めたすぐ後に、そのホーム長も辞めた。

 だいたい、ヘルパーになる人は、それなりの志で仕事に意欲を持って臨んでくる人が大半です。
 簿記のできる彼女は、長いこと小さな会社で事務をとっていました。心優しいそこの経営者が亡くなって会社が解散した後、ヘルパーの資格を取ってコムスンで働こうと決めたのも、実母を6、7年介護した経験からです。

「私はお年寄りが好きなんです。心尽くしてお世話すれば、とても喜ばれる。それがうれしいんです」と彼女は言います。
 そんな人間の善意がコムスンで踏みにじられた、と彼女は感じています。

 おそらくどこかで人間的な優しさも感情も捨て去らないと、コムスンのような会社ではやっていけない。けれど、目の前にいる相手はまさに自分に世話をゆだねられた生身の人間である。

 感情を廃して組織の中で介護マシーンになりきるか、それができるか? というところまで、良心を持った人間なら自分自身を問いつめることになります。

 ところが、介護マシーンの選択はとりようがないのです。

 なぜって、あまりに過酷な労働条件ですから、ヘルパー自身の体が追いつかないのです。マシーンになる前に、生きたからだが壊れてしまうからです。

 イベントのあるときは、24時間ぶっ続けの勤務の後も残業を命じられた。嫌だとは言えなかった。

 代わりはいくらでもいる、そんな感じだった。

 と、悔しさをにじませて語ります。

 また、辞めた後もすぐには社員名簿から本人名を除くことはない、とも説明を受けたとか。
 やってもいない介護の料金請求のときは、名前を使われたかもしれませんねえ、と、この元社員は笑う。

 ついでにいいますと、入社時に提出する保証人に関する書類で、保証人の職業を書かせられたのは、コムスンが初めてだったそうです。
 大手企業に勤める知人は、今では面接でもそんなことは尋ねられない。ましてやそんな書類は提出させない、と言ってますが。

 ここでもう一度、映画『ザ・コーポレーション』で説明されるサイコパス企業の説明を見てみましょう。

 他人への思いやりがない
 人間関係を維持できない
 他人への配慮に無関心
 利益のために嘘を続ける
 罪の意識がない
 社会規範や法に従えない

 ここまでくると、急成長を遂げたコムスンを擁する新興財閥グッドウィル・グループの総帥を「成金」と笑ってすますわけにはいかなくなります。

 アベ氏も、ゴミ拾いパフォーマンスなんか繰り広げていないで、コムスンのようなサイコパス企業の現場で、せめてひと月でもボランティアをしていただきたい。

 もちろんその際は、新自由主義政策を推進したコイズミ氏や、教育再生会議でボランティア云々を論じている委員の方々もごいっしょに! です。

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疑惑 1:34 pm

あんまり色々なことが多すぎて、備忘録のつもりで記しておきます。

 民主党に対するネガティブキャンペーンがいよいよひどくなってきましたね。

 朝、家人のつけたテレビから聞こえてくる言葉、一等書記官とか3党書記官とか……これは4月の統一地方選でトップ当選した世田谷区議の経歴詐称の件ですね。

 あれあれ、攻める方は慎重にも慎重を重ねて人から間違いの指摘を受けるようなことは極力避けなければいけないのですが、ちょっと見栄を張ってしまったのでしょうか、何をやっているんでしょうかね。 

 それにしても、常態化してしまったとはいえ、もっと他のことも報道もしてくれ~、と思わずテレビに向かってわめいてみる。

 ヘリオトロープさんに教わった原田武夫国際戦略情報研究所のブログでは、ハイリデンダム・サミットでは、したたかな欧米勢にアベ氏は煮え湯を飲まされたらしい。 

 ところが、アベ氏本人はその事態が分かっているのかいないのか、温暖化問題でイニシアチブをとれた、と喜んでいるようです……。
でも、どこのテレビもそんなことは伝えない。

 自民党は、よくこんな人をリーダーに選んでくれたものだ、と怒りを通り越して呆れてしまいます。

  米国で、アブグレイブ刑務所やグアンタナモ、アフガニスタン等の収容所での捕虜虐待問題が明からさまになったとき、元大統領ロナルド・レーガンの死去があ り、メディアは葬式シーンやその思い出話を、延々と1週間に及んで報道する。結果、国民の関心を拷問問題から逸らすことに成功。

 この一連の報道を、さるジャーナリストが「レーガン・ポルノ」と呼びましたが、とにかくテレビの「ポルノ」報道はすさまじい。

 テレビが大々的にキャンペーンを張るときは、裏にきっと何かある、と思わざるをえません。

 コムスン問題でも、一番の問題は隠されているのではないか? と疑っても不思議ではないと思いませんか。
 コムスンのグループホームで半年働くかどうかして体をこわしてしまった知り合いが、ごく身近にいます。24時間勤務は、50歳を過ぎた体には酷かったと思います。若い人にとっても24時間はムチャです。

 そしてコムスンの老人ホーム事業等の譲渡先に真っ先に名乗りを上げたのが、居酒屋チェーンのワタミ。何か、違和感を覚えたのは私だけでしょうか。
 
 ワタミ社長の渡邉氏は立志伝中の人のような経歴をお持ちですが、アベ氏の諮問委員会、教育再生会議での委員も務めています。
 この方の胡散臭さは、花・髪切と思考の浮遊空間さんが書かれていますが、自身の経営する学校では成果主義を貫いているとか。

 この渡邉氏のような新興財閥?が、首相の私的諮問機関にうろうろしていたりするのが目に付きますね。
 何かあるのでしょうか?

 余談ですが、九州にはあんがうんざりするほどたっぷり入った「成金まんじゅう」というどら焼きがあります。 
 
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 コムスンの折口氏とかワタミの渡邉氏をみると、ついこの成金まんじゅうを思い出してしまいます。

 その他のニュースには、よど号犯と合流し、拉致にも関わったとされている赤木容疑者が20年ぶりに帰国したというものもありましたね。やっぱり、アベ氏は拉致か、と思った人も多いのでは?

 また毎日新聞第5面の片隅には、

 年金記録漏れで政府・自民党がコイズミ氏らの歴代厚相・厚労相の積任を追及をおこなうかまえであることについて、「基礎年金番号導入法案を成立されたのは小泉だが、問われているのは実務者の話。何の責任を取ればいいのか理解に苦しむ」

 と飯島氏の言葉が載っていました。

 実務レベルでの不手際はテレビでも盛んに吹聴していますが、そもそも私たちの国の年金システムを蝕んできたのはいったい何なのでしょうか。
「100年安心」と謳って2004年に強行に改正したのは何だったのでしょうか。

 次から次へと吹き出してくる問題には、正直、ついていけません。

 正木馨・元社会保険庁元長官と安倍首相夫妻との関係まで噂されるなんて、いったいこの国はどうなっているのでしょう。

             
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改革 1:33 pm

ちょっとびっくりしましたね、フランスの国民議会選挙です。

 10日に実施された第1回の投票で、サルコジ大統領の与党、国民運動連合が39.54%、野党社会党24.73%の票を得て、17日の決戦投票後には、与党が7割の議席を占めることが予想されています。

 これでサルコジ氏の「経済改革」路線に弾みがつくのでしょうね。

 あらためて、新自由主義は新植民地主義である、という言葉を噛みしめています。

 新自由主義でアメリカ企業に富が集まるのを、フランスも指をくわえて見ているわけにはいかない、と有権者が判断したのでしょうか。
 フランスも小選挙区制ですから、得票率を大幅に上まわる議席を与党が得ることになったということで、より多数の有権者の意見が圧倒的に大きな力となって国政を動かしていく、ということになるのでしょうか。

 2年前のフランス旅行の折、ワインの産地を背後に控えたボルドーまで足を伸ばしました。

 旅装をといてガロンヌ川沿いを路面電車トランの線路づたいに歩いていくと、次第に雰囲気が異なってくることに気づきました。        

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途中、トランの路面から一段と低い通路に行き当たりましたが、かまわずにPhoto_58 どんどん先へ進み八百屋さんの前を通ると、店先にはしわしわのカラーピーマンが箱に並んで売られています。おまけしわしわピーマンは、表面の薄皮が浮いています。

 あれ、こんなものが商品なのか? と不思議に思ってなおも行きますと、同様な商品を並べた八百屋にまたもやぶつかります。

 周辺には、ウィークデーの昼の最中というのに、あちらにもこちらにも、大の男が3人、4人、とかたまって、路上に突っ立っています。
 私たちは、いつの間にかアラブ人街に足を踏み入れていたのです。

 日本では見かけたことのない光景に私は思わずたじろぎ、強烈な印象として脳裏に刻まれました。

 旧フランス領北アフリカのマグレブ諸国からたどり着いた人たちなのだろうか?
 故国を捨ててこのフランスに上陸し、希望するものは手に入れたのだろうか? 多分ノンだ、などという考えが頭の中をかけめぐります。

 そしてこの年の秋、パリ郊外で警官に追跡された移民の若者が、逃げ込んだ変電所で感電死したことに端を発した暴動が全国に波及。

 ボルドーで見た、そこかしこに三々五々かたまりとなってたむろしていた人たちもこの暴動に加わったのだろうか、と嫌が応にも想像されます。
 今春、サルコジ氏の大統領就任が確実になったときにも、また暴動。

 そんなフランス社会の裏面をチラッと垣間見てしまったときの当惑。

 自身の体内に植民地を抱え込んだありさま。

 私たちの国ではこれほどはっきりとした区別はありませんが、かたまらず、バラバラな状態で点在しているような気がします。

 どちらにしても、新自由主義経済の進展と共に、ますます生きがたい世の中になるのではないか、という不安がたかまります。

 誰が名づけたのか、「新自由主義」。

 誰のための「自由」なのか。
 好きなだけ、植民地的収奪をする自由は、古くて新しい自由。
 こんな「自由」にNO! を突きつけたい。

 収奪される側に残されるのは、飢える自由だけ、なんてことにしないために、私たちに何ができるでしょうか。
 これからは、絶えずこれを自分自身に問いかけていかなければならない、そんな気がします。
 

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つぶやき 1:32 pm

ついこの間まで新聞紙面等をにぎわしていた(?)言葉「南北問題」がいつの間にか消えてしまいましたね。

 これはけっして問題が解決したからではなく、代わって登場してきたグローバリズムの陰で、むしろ問題が進化・深化して広がり、なんだか当たり前の光景に思わされているような気がします。

 つまり、北の国々の中にも南北問題が出現した、もしくは出現しつつある、と考えた方が良さそうです。
 グローバリズムの進展と共に南北問題はむしろ世界中に拡散した、ということです。

  前エントリーであげたベクテル社のように世界中にネットワークを持つ企業が空前の利益を上げるのを見て、日本も、最近ではサルコジ氏を選んだフランスで も、その前にはメルケルを選んだドイツでも、波に乗るのを遅れまじ、とばかりに官民タイアップで世界市場に焦点を当てて戦略を練っているのでしょうか。

 南には、イラクのように国単位でスクラップ・アンド・ビルドを仕掛けられて商売の対象にされる場合もあれば、相も変わらぬ奴隷並み労働に従事する人びとの怨嗟の声が聞こえるような国もあります。

003 ← ベルギー土産にもらったゴディバのチョコレート。

 この一粒の中に、アフリカの子供たちの汗と涙がどれだけ詰め込まれていることか、と考えると、3cm強四方の薄いチョコももったいなくて、手を出すことさえためらわれます。

 そう、売られたり騙されたりした子供たち、日本でいえば小中学生にあたるこどもたちが、カカオ農園で過酷な重労働に従事しているといいます。

 一方、豊かといわれる北側世界でも、競争の結果、自らの内に南の社会を抱え、南側の世界を舞台にして行われる戦争に駆り出されるのが、北側世界の中の南側に生きる若者たちのようです。

 ついこの間まで一億総中流意識に馴染んできた私たちは、まだ豊かな国の競争社会から生じる暴力的な格差に慣れていません。
 いわば、無邪気に、負ける方が悪いんだ、努力しなかった自分が悪いのだ、と自分に対しても他人に対しても断罪しがちです。

 競争原理が貫かれる教育で常にお尻を叩かれて育つ子供たちは、努力すれば報われる、という甘い言葉にどうも弱いようです。
 もちろん、努力が報われることは大切ですが、人と比べてより良い成績をとり、より良い地位を得る競争で努力が可能な子供もいるが、その努力が結果に反映されるには、努力以外の要素も大きいことはよく知られています。

 恵まれた環境の中にあっても挫折を味わう子供はいくらでもいるわけですし、むしろ挫折を知らない子供の方が珍しい。
 長い目で見れば、人間なんて挫折の連続だ、ともいえるのですが。
 
 そんな中で、努力をすれば報われるんだ、と自分に言いきかせて、努力が報われない怒りを抑える子どもたちがいます。なんだか逆説のようですが。
 
 努力は報われる、と思い込みながらなかなか報われないことに心の底では怒っている状態で、挫折をした自分を許せない。けれど、努力をすれば報われる、報われねばならない、という信仰にも似た想いは、意外にそうした努力が報われていない人たちに支持されたりします。
 怒りを抱えながら、新自由主義の競争社会を支持するわけです。

 そうした人に限って、たとえばエイズ患者の多い南の国々に、エイズ治療薬を安価に提供する必要はない、と言いきったりします。なぜって、莫大な経費と膨大な人の力を結集して特許を得たのだから、その努力に見合った対価を得て当然だ、というわけです。

 努力を要求されて育った子供は、人にも努力を要求するのでしょうか。
 努力は確かに「善」であると学んできましたが、努力一元主義の下では、一種の暴力として作用することがあるのではないでしょうか。 

 幻想の努力至上主義。
 
 ひとりで努力する、ひとりで頑張る、というのは結構つらいものがありますし、歳をとると、競争し続けるのも面倒です。
 
 必ずしも努力は否定しないけれど、努力から《適当に》解放される。
 自分にも人にも努力を課すことから、ちょっと距離を置く。

 そんないい加減な生き方がいいなあ、と思ったりしませんか。

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改革June 10, 2007 10:55 am

6日、米通商代表部スーザン・シュワブ代表が、今秋に予定されている日本の郵政民営化について、「日本政府は公平な競争が促進されるように条件を整える必要がある」と述べ、「高度の透明性を確保し、市場への監視体制を整えねばならない」と語った、とAFPが伝えています。

 いよいよですね。
 それにしても、「高度の透明性」ですか……。

 全然透明でない日本の政治に、経済だけ透明性を求めるとどうなるのだろうか?
 というより、そもそも透明性を求めることが可能なのだろうか?
  透明性を求めれば、正義が実現するのだろうか?

 昨日のエントリー「新自由主義=新植民地主義の行き着く先  」に書いたナオミ・クラインさんの講演で言及されていた3社、ロッキード・マーチン社、ベクテル社、そしてブラックウォーター社の名前をみなさんはご存じだったでしょうか?

(maxさんのご指摘により、「ロックヒード・マーチンをロッキード・マーティンに訂正いたしました。maxさん、ありがとうございました)。
 
 私が知っていたのはブラックウォーターだけでした。といっても、直前に読んだ菅原出さんの『外注される戦争』に代表的な民間軍事会社PMCとして登場したおかげで知ったに過ぎないのですが。
 
 ロッキード・マーチン社は検索するとすぐに公式ページが分かりました。

 ベクテル社の公式ページはすぐには分かりませんでした。Googleの検索でもなかなか出てきません。

 で、とりあえずベクテル社に関する記事を覗いていくと、関西国際空港の建設に携わっています。
 また、ここによると、羽田西側旅客ターミナルビル建設工事(1989年受注)、東京湾横断道路川崎人工島東工事(1991年受注)、アジア太平洋トレードセンター建設工事(1991年受注)等にも関わっていますが、東京湾横断道路川崎人工島緩衝工調査設計では日本企業との共同企業体の形はとらずに、コンサルタントとして単独で受注(1989年)しています。

 もう18年前から日本にも触手を伸ばしていたわけです。

 そしてこのベクトル社の評判の悪いこと、驚くばかり。

巨利をむさぼる世界最大のゼネコン 『ベクテル』」にちょっと説明があります。

 さらには小さな記事ですが、ベクテル社の行動がよく表れている1文がありました。

ボリビア、コチャバン紛争~水道民営化を阻止した民衆運動」がそれです。

 1990年末、ボリビア第三の都市コチャバンバが世界銀行に債務軽減と開発援助と引き換えに公営水道の民営化を迫られ、1999年にとうとう水供給会社がベクテル社の子会社『ロンドン国際水供給会社」に売却されたそうです。

 このベクテルの子会社はその数週間後には大幅な料金の値上げを実施。
 これに対してボリビアの人たちは大規模な抗議行動を開始。
 そして、ベクテルの子会社は事業を撤退することになったとか。

 このときボリビア政府は戒厳令をしき、数千人の兵士と警官を配備したということですが、どちらの味方だったのでしょうかね、ボリビア政府は?

 ベクトル社は米国政府と太いパイプを持っていることで知られていますが、世界銀行とも繋がっていたわけです。って、こんなこと、世界の常識かもしれませんね。

 こうしたベクトル社に代表されるようなむき出しの資本主義が猛威をふるい始めたら、私たちはこのボリビアの人たちのように抗議行動に立ち上げることができるでしょうか?

 『国家そのものの露天掘り」とナオミ・クラインさんが表現したように、行政機能がどんどん民営化されて、水道事業まで儲け本位の企業に任される可能性も考えられるわけです。
 
 他人への思いやりがない
 人間関係を維持できない
 他人への配慮に無関心
 利益のために嘘を続ける
 罪の意識がない
 社会規範や法に従えない

 というサイコパスの病理を、こうした企業群にあてはめて考えた映画ができたようです。

 ザ・コーポレーションです。

 『希望の国、日本』を書いた日経連の御手洗会長の目は、当然、海を越えて、このベクテル社を初めとする多国籍企業を見つめ、それを手本にしていることでしょう。
 国際競争力をつける、世界に伍して戦う、つまり世界市場で競争するとは、そういうことでしょう。

 108年前、日清戦争後の列強の餌食になる中国大陸を目の前にして米国務長官ジョン・ヘイが門戸開放宣言をしたように、経団連も世界に向けて門戸開放宣言をしているつもりかもしれません。
 舞台は、日本はもちろんのこと、国境を越えて、海を越えて、さらなる利益を求めて。

 ガン細胞が増殖するようにサイコパス企業が肥え太り、日本、そして世界を、地球を浸蝕していくなんて、下手なオカルトよりずっと怖い。
 
 
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* 気づくのが遅れましたが、これまで拍手と共にいろいろ激励のコメントをいただいております。
 みなさま、ほんとうにありがとうございました。m(_ _)m

海外誌/紙 記事 10:54 am

海舌さんがナオミ・クラインについて「 Naomi Klein氏のイラク観察は的確⇒三つの植民地主義の合体」を書かれています。

 私が読んだ彼女の講演録と同じようなものを海舌さんも読まれたようです。

 4月7日のエントリー「新植民地主義と国家の民営化 ワーキングプアにもなれない人たち」でナオミ・クラインさんの講演録の抄訳を載せていますので、再度ここでそれをとりあげます。

 ***** 以下、ナオミ・クラインの紹介とその講演録の抄訳(訳:とむ丸) *****

 新自由主義新植民地主義だ、と喝破するカナダのジャーナリスト、ナオミ・クラインさんの話しを聞いてみましょう。
 著述家としてもジャーナリストとしても評価の高いナオミ・クラインさんは、先頃ニューヨークであった講演で「国家の民営化」について語っています。

 彼女は『ネーション』『ガーディアン』のコラムニストで、『貧困と不正を生む資本主義を潰せ――企業によるグローバル化の悪を糾弾する人びと』や国際的なベストセラーブランドなんかいらない』の著者。
 この秋刊行予定の著書はThe Shock Doctrine: The Rise of Disaster Capitalism です。

 ではナオミ・クラインの講演から要約します。

 国家のあらゆる面を民営化しよう(完全民営化法人ユートピア)という動きは1973年のピノチェトがクーデターで政権を握ったチリに遡る。この時ピノチェト政権はミルトン・フリードマンの弟子にあたるシカゴ大出身の経済学者たちと手を組んだ(このことについては、花・髪切りと思考の浮遊空間さんも書かれています)。

 この時のプロジェクトは新自由主義と呼ばれるが、 従来の植民地主義とは異なる意味で「新植民地主義」といえる。

 新植民地主義の第1段階は、未加工資源の収奪、つまり未加工資源の輸出。

 第2段階が、大恐慌の後遺症の中と戦後好景気の時期に構築された医療保健制度・教育制度・道路・鉄道の収奪。
 つまり国家そのものの露天掘り

 アメリカにおいても、レーガン政権以来過去30年間にわたってこの民営化プロジェクトが推し進められてきた。
 タコの足でイメージされる国家の組織が、電話制度や道路サービスのように次々に民営化されて、まるで不要だとでもいうように足が切り落とされてきた。そして最後に残されたものは中心のコアと呼ばれるものだけ。

 ブッシュ政権は、 この最後に残ったコアを狙い、私たちが国家と考える本質的な部分、行政府そのもの・社会保障の管理・福祉・刑務所・軍隊の類を民営化してきた。

 2004年にイラクを訪れて目にしたものはハーパーズマガジンに寄稿した「バクダッド・ゼロ年」で述べたが、植民地主義と新植民地主義のこうした施策の積み重ね、収奪の追求だ。

 現在閣議は通ったが議会は通っていない新石油法では、この収奪が合法化されている。
 これはまさに、1950年代から70年代にかけてのアラブナショナリズムの波、資源の返還要求が出てきた状況であり、アラブ・ナショナリズムの旗印の下に築かれた産業・工場の収奪であり、90年代の旧ソ連で見られた矢継ぎ早に実施されたショック療法型露天掘り収奪であり、イラクの「プランA」だ。

 さらにポストモダンの時代は、イラクを侵略した米軍、米陸軍そのものが収奪された。これがポストモダンのイノベーションで、マクドナルド、タコベル、バーガーキング等のファーストフード産業を引き連れて戦争を遂行していくプロセスでの自己収奪といえる。

 イラクではありとあらゆることが大惨事になっている。
 確実にイラクの人々に惨禍がもたらされたが、同時に米国の納税者たちにも惨禍をもたらした。

 イラク情勢が悪化すればするほど、この戦争はますます民営化されるようになり、ロッキード・マーチン、ベクテル、ブラックウォーターといった会社がいよいよ儲かるようになる。

 イラクでは「任務の自然増殖mission creep」が固定化して終わりが見えず、多国籍軍に参加していた国々が撤退すればするほど、請負業者が潤う構造になっている。この間の事情を実証したのがジェレミー・スカヒルの本、Blackwater:The Rise of the Worlds Most Powerful Mercenary Army

 イラク、アフガニスタン、イラン、イスラエル、パレスティナ等での戦争や温暖化問題等の脅威、資源戦争の煽り、原油価格の高騰等を前にして、ダボス会議で唱えられた持続可能なグローバリゼーションは、もはや真実を映していない。
 
 the Guns-to-Caviar index (実際の訳語が分かりませんので、一応、「大砲vsキャビア指数」としておきます) は、戦闘機(大砲)とエグゼクティブの自家用ジェット(キャビア)それぞれに費やされる金額の間には反比例の関係がこの17年間、ずっと見られた。

 それがここにきて、突然、両方が共に上昇するという正比例の関係になった。

 これは、怖ろしく大量のキャビアを買えるほどの大砲が多量に売られていることを意味する。そしてこの経済活動の中心にいるのがブラックウォーターだ。

 戦争で暴利をむさぼるものと闘うためには、そうしたビジネスが成長する機会を取り除くこと。これは不安定な社会の空気や地政学的な要素をもっと平和的で安定したものに変えていくことだ。

***** 以上 *****

 ナオミ・クラインさんは、新自由主義をポストモダン時代の新植民地主義である、と喝破し、次のように新植民地主義を段階づけました。

第1段階:未加工資源の収奪

第2段階:行政機能の民営化。「国家そのものの露天掘り」

第3段階:戦争遂行プロセスでの「自己収奪

 天然資源に乏しい私たちの国では、第1段階は未加工資源の収奪ではなく、国鉄民営化に始まる一連の改革でしょうか。

 そしてコイズミ以来、第2段階に手をつけ始めています。

 防衛庁が防衛になって、第3段階が見え始めました。

 イラクでは「任務の自然増殖mission creep」が固定化して終わりが見えず、多国籍軍に参加していた国々が撤退すればするほど、請負業者が潤う構造になっている、という戦争遂行プロセスでの自己収奪を説明しましょう。

 この請負業者の一つが、以前のエントリー「奪われる背景」で書いたブラックウォーター等の民間軍事会社PMCで、『外注される戦争』にあげられているPMCはすべて、アメリカ、イギリス資本です。このあたりは、ブッシュのアメリカと同様に、ブレアのイギリスがイラク戦の深みにどんどんはまっていったことと関係あるかもしれません。

 兵站部門、つまり後方支援こそ、民営化の面目躍如、といったところ。

 イラクでは治安の確保が不十分なところで復興ビジネスが始まりましたが、軍隊以外の政府機関・民間企業・NGOの民間人をまもることは米軍のミッションには含まれていなかったのでPMCの安全サービスが必要でした。

 混乱に乗じて「ひと花咲かせよう」とイラク入りしたビジネスマンや元軍人たちは「安全ビジネス」市場に新規参入してきました。

 イラクの警察・軍・司法機関を育成するのもPMCが請け負っています。

 問題は、この軍事部門の民営化だけではありません。

 1990年以来米軍は、ソマリアでも、ハイチでも、アフガニスタンでも、イラクでも、民間企業と兵站支援契約をどんどん結んできました。

  そうした企業の一つは、イラクとクェートで5万人の従業員を抱え、60カ所で業務を展開し、米陸軍の基地の建設・管理運営、計20万人の連合軍兵士の食 料・洗濯、上下水道、電力の供給、米軍向けガソリン・潤滑油、ガス、スペアパーツ、弾薬その他戦争遂行に必要なあらゆる物資の輸送を手がけています。
 イラクでこの会社と契約して働く民間人は約10万。

 そして増大する一方のイラクでのコストに音を上げた米軍は、基地の運営でコストを削減を目指します。

 人件費の安い、劣悪な環境でも文句を言わない第3世界から従業員を募るだけではなく、兵士の生活する基地の環境そのものを安上がりなものにし、さらには新鮮で栄養価の高い食事と清潔な食事環境を提供してきた企業との契約を打ち切り、食費のコスト・ダウンを図ります。
 当然、食事の楽しみを初めとする兵士たちの生活そのものの質が大幅に低下することなったでしょう。

(こうした事情は、すべて菅原出著『外注される戦争』に描かれたものからとりました)。
 
 イラクで活動する民間企業とその仕事は数限りなくあります。

 世界中のさまざまな地域の人が戦場と隣り合わせの職場で、安くこき使われ、米軍自体が商売の対象にされる一方で、特需に湧く民間の軍事会社や兵站支援を請け負った企業は莫大な利益を上げる、という構図。

 国土が戦場となったイラクの人々は、土地も生活も破壊されて、命を奪われる。

「安全保障のコンセプトが変わった」と菅原氏は言いますが、 軍隊関係者でも軍事研究家でもない私は、こんな世界、やっぱりおかしい、と言いたいです。

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*追記: ベクテル社Bechtel Corporationとは、

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世界トップクラスのエンジニアリング、建築、プロジェクト管理会社の1つ。サンフランシスコに本社を置き、世界中に60を 超える事務所を構え、約40,000人を雇用。Bechtel社は、140か国で20,000を超えるプロジェクトを完了し、現在、66か国で 1,100のプロジェクトに携わっている。