新潟での地震発生直後にあったアベ氏の原発視察についての詳細が、地元選出の近藤正道参院議員のサイトにありました。ヤメ蚊さんの所で知りました。
柏崎市内も原発の敷地内もひどいものです。
以下近藤議員のサイトから一部抜粋します。
******
「自民党県議らが待ち受ける中、総理が変圧器の火災現場が見えるところにバスで到着。防災大臣や、関係省庁の関係者も一緒。市長、所長らが出迎え、火災現場を指しながら、説明。
所長は「火災が原子炉建屋内ではないこと」「放射能モレは無いこと」「安全危機に異常は無い」ことを、強調。総理は、ほとんど発言せず、説明を聞きながら、「それは安心しました」などと答え、この間、わずか4~5分。
その後、総理一行は柏崎市内へ。
マスコミの前で、まず、これをやるために、東京からヘリで来たのです。
そして、いの一番に原発に来たのです。それはあのテレビの「黒煙と日」のショッキングシーン。とにかく、総理は危機対応を、しっかりとアピールしたかに見えた。
しかし、それなまもなくひっくり返る」。
「その日の夜、6号機で放射能を含んだ水を1、2トン、海水に流したことを(東電が)記者会見」。
「使用済み燃料プールの水が地震の揺れで漏れたようですが、原因は不明。ここでも放射能漏れの事実を国に報告したのが、発見から6~7時間経過した後であることが判明。
本当にデタラメです」。
「何を聞いても『異常なし』、『大丈夫』という答えしか、返ってきません」。
(この後、ヨウ素、コバルトが大気中へ放出されたこと、放射能廃棄物を入れたドラム缶が転倒して付近が汚染されたこと等に言及)
「私達の前では『なんとも無い』と言う、私達が帰ると、『実は』と次々に放射能モレの事実を明らかにする。この体質は一体なんだ!」
****** 以上*******
という具合に、近藤議員は東京電力の「インペイ、ウソの体質」を怒っています。
またその後のさまざまなニュースでチェルノブイリ並の原発事故さえあってもおかしくなかった状況を知ると愕然としますね。
スリーマイル島の事故が1979年、チェルノブイリが1986年。
もう20年経ちますが、チェルノブイリの事故の後、専門家を呼んで有志で話しを聞いたことがあります。
話しの大半が忘却の彼方に消えてしまったのですが、いまなお印象に残っているのは、当時事故の報道に接した西ヨーロッパの国々の人たちがとった行動です。
事故で多量のヨウ素が放出されたことを知った人びとが薬局にヨウ素剤を買いに殺到した、という話しでした。
私だけでなくその話しを聞いた者はみな??? とわけ分からなかったのですが、説明を聞いて納得すると同時に感心したこと。
ヨウ素は甲状腺に蓄積されるため、あらかじめヨウ素剤をたくさんとって甲状腺を飽和状態にしておくと、事故によって放出されたヨウ素が体に取り込まれることはない。そのことを知っていたための行動であったとか。
さてさて、こうしたことを知っているのは私たちの国ではどれだけいることでしょうか。
また、このヨウ素に関する話しを知っていて、さらには柏崎で地震、と聞いたときすぐに原発を心配した私でも、恥ずかしながら、事故直後のニュースを見て小火でよかったね、と思ってしまった不見識。
企業側の嘘つき、隠蔽体質もさることながら、自分も含めた情報受け手側の甘い見通しを今更ながらに痛感しました。
思えば40数年前の新潟地震では石油タンクが70基ほど次々に延焼・爆発を起こし、黒煙が2週間近く空を覆い、浸水被害に遭っていた周辺の町は、流れ出た原油で黒い海に浮かぶ街の様相を呈していました。中学時代の友人の家がどんどん焼けていきました。
おまけに赤く塗られた水素タンクに引火したら爆発で半径○○キロ以内は焼け野原になる、と言われて、ひたすら遠くへと旅行鞄に大事なものを詰めて家族と共に逃げたことも思い出といえば思い出ですが……。
そんな危険なものが自分たちの住む町の近くにあることなど、住民は誰も知らなかったのです。
目の前に突きつけられて、初めて知ったのです。
いつか十数年ぶりに当時の友人と会ったとき、一緒に大荷物持って逃げたねえ、と笑いあいましたが、ほんとうは笑えるような話しではなかったのです。
数年前に会った中国人留学生が、親御さんがチェルノブイリに出稼ぎに行ってる、と話しているのを聞いて、原発事故のことを知らないのだろうか、知らされて いないのだろうか、と少々気になりました。事故のあったことを知っていたとしても、その危険性を知らなかったら同じことです。
そういえば、長妻議員が年金問題を初めて国会で追求したとき、アベ氏は「年金そのものに対する不安をあおる結果になる危険性があるのではないか」といって、同議員の提案を全否定したことがありましたね。
話は飛びますが、この方たちの主張する純潔教育の推進で女子中高校生の性に関する知識は驚くほど貧困で、自分で自分の身を守る術さえ知られていないという話も聞きます。
相手となる男性側に対しては、商業化されて誇張されたり歪まされたりした性知識が町に溢れているというのに、女の子たちには“純潔”の言葉のもとに“無知”が求められるわけです。
最低限でも女の子たちは自分の身を守る方法を、たとえば望まない妊娠やエイズなどの病気を避ける方法を知る必要があります。さらには人と人とが愛すること について、また人と人とが共に生活をしていくことについて、知り、考える必要があります。世の中で、男と女、人と人が幸せに暮らしていくために。
いろいろな理由をつけて、さまざまな口実で、大切なことや知っておくべきことが隠されています。
第2の風土ともいえるようなそうした私たちの国の為政者の、またそれでもいいや、とする有権者の傾向を、なんとしても打ち破りたいですね。
