今日も朝からNHKでパキスタンのニュースを伝えている。
「過激派」「テロ」の言葉が再三くり返されています。
 以前のエントリー「みんなの、みんなによる、みんなのための政治」でも述べたように、モスクへの軍の突入で殺されたガジ師は、

「われわれは原理主義でも過激派でもない」
「われわれはタリバンでもないし、アルカイダとの関係もない。9・11(米同時多発テロ)の前も後も、イスラムに忠実に生きているだけだ」

 と語っているのですが。

「過激派だ」「テロだ」と断定するとそれだけで分かった気になってしまい、それ以上考えるのをやめてしまう。

 なんだか60年代、70年代に「ベトコン」という語が使われたのと状況が似ています。

 ついでにいいますと、当時どなたかが「“ベトコン”という南ベトナム民族解放戦線の蔑称を最後まで使ったのがNHKだ」と批判していましたが、今の放送界は逆でしょうね。

 さて、話題をいろいろ提供してくれるアベ氏のことですが、内田樹先生のところで、つい数日前にフランスのリベラシオン紙の安部晋三評価を見つけました。

 内田先生も「安倍首相の失点は年金とか事務所費とか内政の不手際ばかり責められるが、無能力が露呈したのはむしろ外交の方である」と評価されていますが、フランス左派系のインテリさんたちのアベ氏評価もまた最低レベルのようです。

 選挙ばかりか日頃の政治についてもとかく内向きになりがちで、「外交は票にならない」とまで言われている私たちの国で、“改革者”を気取るのであれば国際政治・外交についてもっと気配りして欲しい、と思うところですが。

 就任直後の訪米では「そのエネルギーのほとんどは自分が火を点けた従軍慰安婦問題の『火消し』に費やされた」にもかかわらず「日本政府の謝罪要求決議は首相訪米直後に通ってしまったから、首相の訪米成果はほとんどゼロだったことになる」と内田先生は断言。

 この件についてリベラシオンは、

「前任者である小泉純一郎とおなじく外交能力を欠如させた人物なのであろうか?というのは、彼は2006年秋に政権に就いて以来隣国に築いたはずの信頼感を 破壊してしまった」

 と述べているとか。

 6月のG8でアベ氏のスピーチを聴いた特派員は、

「彼 は貧困・開発の問題については一言も言及しなかった。オックスファム・ジャパンの同職者は蒼白になっていた。記者会見では全員が同じことを考えていた。 これほどのエネルギーと手間ひまをかけてこれほど貧しい成果しか得られないのであれば、これ以上G8を開催する必要があるのか?」

 と来年に予定されているホスト・アベ氏のG8に疑問を投げかけています。

 また、

「日本では極右は政府と政権与党(自民党、その党首は安倍晋三首相である)によって育まれている。政権にあるナショナリストたちは大日本帝国に対する共感とノスタルジーを隠そうとしない」

 という日本の言論人の話しも紹介。

 そうして内田先生は、

「 私たちは日本のナショナリズム風潮が海外からはどのように見られているのかということについてもう少し意識的になった方がいいだろう。
日本のナショナリズムは「政治的に危険」だというふうに評価されるよりも(その方がまだましである)むしろ「倫理的に低い」あるいは「知的に劣っている」人々の妄動という印象を諸外国に与えているのである」

 と嘆いているのです。

 ただし「政治家の仕事の本体は『何をするか』であるよりむしろ『何をしているように見えるか』にある」という内田先生の意見には私自身は同意できません。

 アベ氏は終始一貫して「何をしているように見えるか」にのみ心を砕き、それがことごとく失敗しているように見えます。そこには政治を司る者としての誠意も見られません。

 もともと人びとの生活に関心もなければ世界の中で日本がどう生きていくかにもこれといった指針を持たずに、ただ権力の座に就くために政界を志しただけの人でしょうから。

 同じようなことは、こんな人たちについてもいえるでしょうか。

 公明党の北川一雄幹事長が、国会内で小池新防衛相に挨拶されたときに思わず口にした言葉が、

制服姿の小池さんが見たいなあ。戦闘機に乗ってもらわないと

 というもの。
 
 いったい何を考えているのだ? 何か勘違いしていませんか。

 アルツハイマー発言が問題になっている麻生外相には、次のような発言もあったとか。
 
奥さん方に分かり易く例えれば、安倍晋三の顔と、小沢一郎の顔と、どちらの顔がいいかを選ぶ選挙」、

 つまり、どちらの顔が女性の目には魅力的と映るか、それで投票をしろ、とでも言いたかったのでしょうか。それも「分かり易く例えれば」との注釈付きで。

 ほんとの話し、こんな下らない話しにかかずらっていたくないですよね。

 でもいつまでもたっても、舌なめずりでもしているような、あるいは人をバカにしたようなこの種の話しがなくなりません。

 どこか人と社会に対する姿勢が間違っているのではないか、と思わせるような言葉が次から次に政治の中枢から出てくる……

 古いのよね、分かってないのよね、と私のまわりでは奥様方が呆れています。