「あべさんが可哀想だったので林さんに入れました」。

 そんなことを言う人がいたのだそうです。
 
 先の参院選の投票行動について山口県の人と話しをしていたときに出てきた話です。
 私にはかなりショックで、電話を切った後もしばらくの間この言葉が耳の奥で鳴り響いていました。

 私の癖ですが、この言葉を発した人がどんな人か、想像してみます。
 お年寄り? 高齢者で投票場に足を運べる人と考えると、大正生まれもそう多くはありません。昭和生まれの最高齢で81、2歳です。

 戦争中の逼迫した生活を経験しながらも、大正生まれほど戦地にかり出されることがまだ少なかった世代かな?

 いやいや、年寄りとは限らないぞ……むしろお隣のおばさん、お姉さんのような人たちが、あっけらかんとして言いそうだ……待てよ、女性とは決まっていない、男の人の可能性だってある……。

 でも働き盛りの男性については、「もう、今回は自民党には入れない。民主党に入れてやるよ」という言葉が聞かれてもいましたし、積極的な林・アベ支持派だったら「アベさんがかわいそうだから」などという言い方はしないだろう……。

 それからはロールプレーイングです。
 おはようございました、と後半の「ご」を強く発音して折り目正しく挨拶する山口地方の以前のお年寄りなら、しっとりと優しく、「あべさんが可哀想だったので林さんに入れました」でいいけれど、今の年輩の人はどんな言い方をするのかしら?

 おしゃべり中だったら「アベさんがかわいそうだから、林さんに入れたのよ」
 それとも、「林さんに入れないと、あべさん、かわいそうよね」

 とか?

  こちらは真面目に政治を考えているのに、何をぼけたことを。本当に可哀想なのはいったい誰よ! 

 と一蹴したい気分でしたが、いかんいかん、‘民主主義’だ、人を馬鹿にしてはいけない、と自分の気持ちをなだめなだめて、思い出したのが「B層」でした。

「B層」については最近ではたんぽぽさんkojitakenさんが書かれていますね。
 らんきーブログさんはシリーズものです。先ずは「B層スパイラル」へ。
 
 
 たんぽぽさんは「「B層=だまされやすい人」といわれています。
 なるほど、アベ氏がかわいそうだ、とは完全に騙されていますよね。

 ことに山口県では、3代も4代も前からアベ・岸・林に馴染んでいて、思い入れも人一倍なのでしょう。
 日本の、ことに地方の年配者は律儀です。一度入れたら、その後も律儀に同じ投票行動をくり返しそうです。

 ‘辣腕’洋子ママの講演会に晴れ着を着ていそいそと出かける女性たちも問題の発言をした人も、やはり「B層」に区分けされそうです。

 ネットではアベ氏について「バ○」「資質がない」「器でない」等々の言葉が飛び交っていますが、選挙区には「私たちの国のプリンス」と受けとめている人が少なからず存在するのです。一種の‘偶像’でしょうか。

 そして偶像に憧れたり、偶像の存在に安心したりする人たちがいるのでしょう。偶像といってもその歴史は、岸信介の活躍した農商務省・満州国時代にまで遡っても100年にもなりませんが。

 また岸信介が戦後、国を売るのと引き換えにCIAから‘cold cash’つまり「現ナマ」を得て、さらには統一協会と手を結び、孫のシンゾー氏は親の代から得体の知れない新興宗教とも関わり蓄財にも励んできたわけですから、プリンスはプリンスでも「ブラックプリンス」ということです。

 積極派にしても消極派にしても、そんなこと気にしていない。信じていないし知利もしない人も多そう。テレビに映る気弱そうな我が郷土の王子さまがかわいそう、と思ってしまう。

 なんでもシンゾー氏は政治家になりたてのころ、とても話しが下手くそだったといいます。今でもけっしてうまくはないのですから、お母さんはオーラがあって、あんなに話もうまいのに、どうして? と不思議がられたとか。
 そんなシンゾー坊やがかえって気になったのか、総選挙ではいつも圧倒的な支持を得ています。父親の晋太郎氏がすんでのところで病に倒れて亡くなってしまったことへの同情みたいなもの、1種の判官びいきもあるでしょうし、郷土から宰相を、の願いも強かったことでしょう。

 60年代末か70年代初め、友人が山陽本線の列車の中で目撃したという、「君はもう‘岸詣で’をすませたか?」としたり顔で語っていたという‘エリート’の卵たちとはまた異なるアベ支持者たちです。
 山口県の特殊事情かもしれません。
 江川紹子さんは‘岸真理教’という言葉を使っていましたが、「岸神話」といってもいい。

 おそらくこの手の「神話」は、全国各地にみられるでしょう。キーになる人物が亡くなると、その瞬間から神話は生まれ育っていき、一定の人びとの間で共有される、という風に。

 ただ、この神話はシンゾー君には重すぎる、という気がします。
 神話を信じてシンゾー君は滞りなく祭祀を執り行おうとしましたが、見事国民から拒否されました。けれどこの神話があってこそのシンゾー氏なのですから、神話を否定することは自分を否定すること。否定したふりをしても、ふりだけなのはすぐばれます。
 これからどうするのでしょうか。

 人気blogランキングへ ← ランキングに参加しております。
    よろしければ、クリックをお願いいたします。m(_ _)m