昼の暑さもようやく和らぎほっとしていると、訃報の知らせ。
 
 つい先日、「有権者の参院の乱 乱にはおさまるの意味が」で伝えた先生の奥さまからの電話でした。あまりに早かったのでびっくりしましたが、受話器を置いた後しばらく、心の中で合掌。

 前日はちょっと苦しまれたそうですが、今日の午後、静かに眠るように逝かれたというお話でした。夫の飲み友だちでしたが私も結構親しくさせていただき、分からないことがあるとメールでお尋ねすれば、律儀にお返事をして下さる方でした。

 車の運転が好きで、愛車のベンツを駆ってご夫婦で、あるいは一番気のあったお孫さんを連れて、よくドライブをされていました。おじいちゃんと小学生の利発なお孫さんは、とてもいいコンビ。
 免許を取られたのはかなり遅く50代でしたが、教程もスムーズにこなされて楽しんでいらっしゃる様子がほほえましい、そんな感じでした。

 私たち夫婦も何度かごいっしょしましたね。
 お孫さんがそっと私を手招きするので行ってみると、おじいちゃんの愛車のバンパーにちょっとした傷が。うん? と思って先生の方へ目をやると、素知らぬふりをしてらした……無関心の関心ですね。

 先生のベンツでワイワイにぎやかに宮崎県の椎葉村に行ったこともありましたが、あれはリタイア後のこと。学長を務められたときは国立大学が独立行政法人への移行期で、お忙しそうでした。
 そんな中、我が家の庭でのバーベキュー・パーティにもご参加いただきました。そういえば、あの時一緒に飲んで食べた、通称「駅長」さんも、もう何年も前に鬼籍に入られてしまった……。

  先生は、といえば、リタイア生活を楽しまれながらも、ここ何年か、少々不運なことが続きました。喉頭癌で手術した後だったでしょうか、それとも前だったで しょうか。夜道で軽自動車にはねられのです。でも、お見舞いに行くとスタスタと歩かれ、私たちはお元気な姿を拝見して安堵したものです。

 先生の話によると、事故後ふと気づくと、横で女の人がおんおん泣いている。どうしたのか尋ねると、自分をはねた車の運転手だった。
「僕は大丈夫ですから、もう泣かないでください」
 そう言ったんだよ、と笑いながら話されたのが思い出されます。

 この事故からは何事もないように生還されましたが、癌には勝てませんでしたね。
 
 安らかにお眠り下さい。