「鳩山法相 その地位には耐えられない軽さ」の拍手コメントに、以下のような文が入りました。
「日 向です。日向博美の長女です。なんというか。色々有り過ぎて言い切れないのですが。鳩山さんの蝶観察をし ていただけで、蝶は採取して居ないの言葉。蝶採取に蝶取り網は必要ないだけに。蝶取り網が無ければ父はまだ生きているだけに。嘘をついたということが一番 許せないですね。父を馬鹿にしてるみたいで。それだけが気掛かりでしょうがないとかです。事故だったのだし、鳩山さんの責任では決して無い故に。自分の感 覚。可笑しいのでしょうか」。
私は日刊ベリタでチョウ収集家日向博美さんの死に絡む鳩山邦夫法相のフィリピンでのチョウ違法採取を知って記事でふれただけだったのですが、高圧電線に採取網が触れて両足切断の事故にあい、その何カ月か後には多機能不全で死亡するという痛ましい話しでした。
ご家族の方はさぞ無念だろうと思います。
それまでまったく知らなかった日向博美さんという方ですが、チョウ収集家として凄い方だったんですね。
1971 年11月から72年6月まで、アメリカ大陸滞在日数238日,通過国15か国,走行距離51,539キロ,使用ガソリン9,000リットル,使用タイヤ 19本,パンク32回という過酷な冒険旅行を自費で成し遂げ、図鑑にも出ていない種を多数含むチョウは約7,800匹,チョウ以外の昆虫,約3,000匹 を採集して日本に持ち帰ったそうです。
翌年にはやはり私財でこの時採集した標本などを保存する施設の建設に乗り出し、昆虫博物館を作られています。この時同時に(財)昆虫保存協会も設立されていますが、日向さんの自然科学に対する情熱と真摯な姿勢がうかがわれます。
フィリピンでの入院費用が払えずに治療途中で退院されたそんな日向さんの入院費用200万以上に対して鳩山氏は見舞金・香典等150万を渡しただけ。さらにチョウを捕りに行ったわけではない、観察していただけだと抗弁したようです。
何億もの資産を持つ政治家にとって200万など安いものでしょうが、それ以上に現役政治家としては責任を取らされることが嫌で、なんとしても非を認めたくなかったのでしょう。
おまけに公用ビザで入国したフィリピンでの、採集を禁じられていた保護区で4mの捕虫網を持っての出来事でした。外交上も問題になるのでは? と思うのですが。
とにかくそのあたりの疑惑を全部蹴散らして一件落着の気分かもしれませんね、この鳩山氏。
華麗・富裕の政治家血脈に生まれて苦労知らず人の痛み知らずなのでしょう。
この鳩山邦夫法相には「ベルトコンベヤー・乱数表・法相の署名なしの自動死刑執行」発言に加え、さらにびっくりする発言、世界を驚かす言葉が、昨日の外国人特派員協会であったようです。
「他文化・他民族・他国籍社会で『人として』」さんのテロ予告と鳩山法相/世界に広がる衝撃恥(やっぱこんなヤツかいな(鳩山邦夫法相の巻part2))に詳しく載っています。
「私の友人の友人がアルカイダなんですね。2、3年前には何度も日本に来ていたようです。『バリ島の中心部は爆破するから近づかないように』というアドバイスは受けていました」
と語り、これが世界中に発信され駆け巡っているのを見て、急遽夕方釈明会見を行ったわけです。そのいい訳は、
「友人の友人」とは、要するに鳩山氏も参加しているチョウ研究の国際的な愛好家グループの一員で、爆破事件については聞いたのは事件後3、4カ月たってから、ということらしい。
うーん、チョウが好きで好きでたまらないのでしょうね、チョウに夢中になって思わぬことをしたり、言ったりしてしまうようです。
でも、後でいくらいい訳をしても、人は最初の言葉を信じてしまいますね。
なるほど、BBCにもありますね。
「日本の大臣アルカイダ発言 日本の政治家が、同国に合法的に入国したアルカイダのメンバーを知っていると主張して、外国人の入国時指紋採取計画を正当化しようとした」です。
世界をかけめぐるこのニュースを、鳩山氏はどう収拾するつもりでしょうか。
日向さんの時のように、相手は非力な個人じゃないぞ、という以上に、こうした人物を閣僚に戴いている日本という国の中身自体が疑われてしまいますよね。
あああ、世襲政治家一家に生まれただけで国の運命を左右することができる私たちの国の民主主義って、いったい何でしょう?!
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*追記:
問題の発言があった鳩山法相の外国特派員協会のスピーチでは、死刑廃止についての発言もあったようです。詳しくは「死刑廃止は日本人になじまず――鳩山法相」をご覧いただくとして、主な発言を記します。
「日本人は縄文時代から自然と共生し、命を大事にするという非常にウェットな文明を育んできた。平和を愛し、人命を尊び、人の命を奪うという行為を絶対に 許さない。『そういう行為には応報が伴う、人の命を奪えば自分の命が奪われても仕方がない』という考え方が日本人の中にはあるんです」
「人を何人も殺した人間が死刑執行されずに生きているというのは、あまりにドライな考え方で、日本人には理解できないんじゃないでしょうか」
「再審や恩赦を検討する上で、執行まで半年という期間が短すぎるというのであれば、刑法を改正して、その期間を1年、2年とすることも1つの方法としてあると思う」
「冤 罪は絶対ないようにしなければならない。死刑を執行する場合は、非常に慎重な手続きというか、判断がある。起訴前の取り調べや調書、1審2審の過程をす べて見直して、万が一にも(間違えて)執行してしまった、しまったということがないようにしなけれならない。私も厳しく指導していく」
「「再審という道はあるし、裁判が間違っていた、証拠が間違っていた場合は検察側から非常上告という方法で裁判をやり直す方法がある。あまり心配はないと思う」
うーーん、あまりにドライな考え方とか、私も厳しく指導していくとか言われても、ご自身に対しては至って甘い言動をドライに割り切る姿を見ると、まったく説得力なし。
「あまりにドライな考え方で、日本人には理解できないんじゃないか」、あるいは「あまり心配はないと思う」という発言を聞くと、日本は特別だ、よその国とは違う、といった日本特殊論でことを決してしまう危うさを感じます。
おそらくこれは、鳩山邦夫という存在であるわたくしは、他の人間とは違う、特別な人間である、という自意識の表れのひとつでもあるのでしょう。
一人ひとりがかけがえのない存在である、世界にひとつしかない花である、というアイデンティティの問題とはまったく異なる次元の話しで、一種の特権的存在に裏打ちされた臭さを感じます。
