外出先の車の中で小沢さんの辞意表明会見を聞きました。

(連立政権に向けた)政策協議をすれば、(参院選で示した)国民との約束を実行することが可能になる、という言葉が吐かれたとき、この方の連立への執心を感じ、何とも言い難いいらだちを覚えました。

 国民との約束? 例のマニフェストのことか。でも有権者が民主党へ託した想いは、個々のマニフェストそのものより、もっと大本のことではなかったか。

・ 数を頼んだ自公政権の得手勝手な国会運営に待ったをかけること
・ 与党政治家と官僚たちの既得権益・利権漁りにメスを入れ、政治をもっと公正・公平なものにすること
・ そのためには国政調査権も使い、国民の目に見える形で情報を公開し、政治の透明度を高めること

 等々を願った有権者が、自公の独裁的な手法に怒りをぶつけるべく民主党に一票を投じたのではなかったか。

 より成熟した民主主義を期待して、これまではまったく自公の都合のみで政策決定・国会運営がなされていたのを、少しでも国民のための政治が行われるように民主党に一票を託した有権者が多かったのではないか。

 国民の生活を犠牲にして、米国追従一辺倒な政治に嫌気が差していた、あるいは怒りを感じていた人も多かっただろうしし。

 民主党が唱えたマニフェストも、そうした国民の声に根拠を求めることができるものであれば支持できるが、単に字面に表された事柄のみを現実化させることだけが目的となっても、頷けない。仏つくって魂入れず、みたいだ。
 公明党が選挙の時によく唱える、公約実現率90何%とかいうのと同じ結果になるだけだ。

 公明党の愚策のひとつ地域振興券は、そもそも、何が目的だったのか考えると、想い出すだけでも腹立たしい。あんなもの、実現すべきではなかったのに。
 あれが地域振興に役立っただろうか、シャッター通りが回避されただろうか。

 ひとつでも二つでも多く《約束》を実現して《実績を作る》ことばかりに追われるのは、本末転倒だ、

 という具合にさまざまな思いが頭の中を駆け巡り、ちょっと怒りがヒートアップ。

 なんだかんだ言いながらも、私たちの国がもっと民主的な政治を進めていく大きな力となるように少しは民主党に期待したのに、いったい、いつから連立に乗ることを考えていたのか、とも疑いたくなりますね。

 結局、大連立構想という爆弾の仕込みに自民党は成功したわけ?
 連立が受け入れられようとも拒否されようとも、自民党は成果が得られる、という見通しだったのでしょうか。

 それにしても、渡辺恒夫とか中曽根康弘とか、前世紀の、ではなく《前時代の遺物》に翻弄されるのはいい加減にしてほしい! 

    
  人気blogランキングへ ← ランキングに参加しております。
    よろしければ、クリックをお願いいたします。m(_ _)m