「『食の安全保障』という言葉には違和感を覚えます。国かどこかに“おい、なんとかしろよ”って責任を押し付けているみたいで。食こそ本来は『自己責任』でなければならないはずなんですけれどね。しかし、現代の消費社会ではそれが非常に難しい」

 と、愚樵さんからコメントをいただきました。

「安全保障」という物騒な言葉は私も少々抵抗感がありました。
 早い話が、これだけ自給率の下がった私たちの国で、何らかの事情で食糧輸入が途絶える事態になったらどうなるか?! ということで、防衛問題に使われた「安全保障」という言葉が使われるようになったのだろうと推測します。

 実際、今世界の食糧市場で日本が中国に競り負けている話しを最近テレビでやっていました。これまでは世界第2位の経済力で世界中から食材を集めてきたが、これからはどうなるか分からないぞ、というメッセージを番組から受けとりました。

 適地適作、大規模農法で収穫した農産物や牛肉を大量に安く日本に売り込んできた米国ですが、大風桶屋論のごとく、原油高騰→バイオ燃料生産活発→大豆高騰の状況になって、来年の日本向け大豆獲得に商社が四苦八苦しているそうです。
 また、日本の契約農場として遺伝子組み換えではない大豆を生産していた農家も来年分については確約できないとか。

 大豆を原料にする食品は多いでしょうから、私たちは来年もまた値上げラッシュにさらされることになるのでしょうね。

 パソコンの前に坐って相場を見ながら大豆の売り時をさぐる米国の農場主にとって、儲けるためには少しでも収量を増やすことが至上命令。
 当然、日本の消費者の要求を入れるよりも、モンサント社の除草剤ラウンドアップとラウンドアップに耐性をもつ遺伝子組み換え作物のセットを購入して大豆やトウモロコシを作った方がお金になることになります。

 私たちの国で飼料や食品原料としての大豆やトウモロコシが麦類と共に国内産から米国産に大きく切り替わったは、やはり高度経済成長の歩みとの関わりでしょう。

 労働力が農村から工業地帯や都市部に移動。
 米国は余剰農作物の市場として日本を狙う。
 工業製品の輸出の見返りとして、米国産農作物を輸入。

 そういえば1960年代に入る直前、小学生だった私は、日本は貿易立国を目指すのだと社会科で教わりました。
 狭い国土に多品種の作物を育てる効率の悪い日本の農業では国民は食べていけない。工業を発展させ、製品を外国に売ってお金を稼ぐのだ、と。
 
 横浜で育ち、当時は神戸に住んでいた私は、国際貿易港を持つ町で先生のこの言葉を肌身に感じてちょっとばかり誇らしくもありました。

 その後、私はウソは申しません、という時の首相池田勇人の所得倍増計画どおりに、あれよあれよという間に経済成長の波に乗って、日増しに生活は豊かになっていきました。

 同時に、高校生だった友人と私の会話の中には「アメリカナイズ」という言葉も登場するようになりました。もちろんそれは、私たちの警戒心を刺激する場面で、否定的な意味合いで使われました。
 今ではさしずめ「グローバライズ」といわれるところです。

 どこの国でも海岸沿いの土地はその国で一番優先されるものに利用される。わが国の海岸沿いの埋め立て地に立ち並ぶ工場群は、工業が一番に大切にされていることを示している、というような論を読んでハッとさせられたのはまだ私が若いときでした。

 貧富の差が大きくなった今では、そのうち海岸は個人所有のプライベート・ビーチになってしまうのかな、なんてチラッと考えました。

 本題に戻ると、

「食の安全保障」とは、命をつなぐというより生活をするのに必要な食が質量共に得られること、また食は、自由貿易には馴染まないのではないか、と思っています。

 思えば、宗主国の食卓を豊かにするためにプランテーションが植民地となった南の国で開発されました。気候等の自然条件に合わせて単一の換金作物を大量に育てるこの農法で果たしてその国の住民は豊かになったかしら? No、ではないか。

 世界一のカカオ豆の生産量を誇るコートジボアールも、カカオ豆農場では奴隷同然の労働を子供たちが担っている。そんな子供たちは命を削ってチョコレートの原料を作っているが、本人たちはチョコレートのチョの字も知らずに長くはない一生を終える。

 たとえば私たち日本人が大好きなエビも東南アジアなどで養殖されたものが輸入されているけれど、養殖地は10年もしないうちに使い物にならなくなって別の土地に新たな養殖地が作られる。そしてうち捨てられた土地は、塩害で作物が育たない。つまり土地は使い捨てされる。
 こうしてエビ産地の国土は確実に荒廃していく。

  これを知って私はエビが食べられなくなりました……といいたいところですが、近海の国産物は食べています。今度のお正月用にもソデエビを一皿たっぷりあっ て500円で買いました。輸入物のブラックタイガーのように大きくはありませんが、殻まで柔らかいので茹でるだけで殻ごと食べられます(と、また脱線して しまった)。

 こば☆ふみさんのお母さまのように、「ほどほど」の食を感謝して頂く。それもひとりではなく仲間たちと一緒に。 
 専門家の話によると、人間の身体は1万年前からなんら変わっていないそうです。科学文明が進化したように人間の身体が進化したわけではないとか。

 地球上どこに住む人でも、その土地その土地に根ざした食事を「ほどほどに」頂く。
 それが可能になるのが本当のグローバリズムじゃないのか、かつて大英帝国が七つの海を支配したように、5つの大陸を先進国の多国籍企業が支配するのは違うだろう、などと考えました。

 
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