17日の朝刊を見れば、毎日の第1面が「ラサで80人の遺体」で東京新聞も同様のようですし、朝日は「争乱イラク 夫奪った」。
BBCニュースやアルジャジーラのフロントページはやはりチベット問題。昨年はミャンマー問題が世界を揺るがしましたが、その他、日本のメディアに報じられていない紛争とそこで生じる無数の死が、現在も進行中。
21世紀になって、どれだけの血がこの地球上に流れたでしょうか。
今私の身近で、ふたりが入院中。
ひとりは昨年末から生死の境をさまよい、現在回復しつつあるとはいえ、手放しでは喜べない状況ですし、もうひとりは肺ガンで、覚悟の上の闘病生活です。
ふたりとも、家族にとってばかりか私にもかけがえのない人たちで、私を含めて周囲の人の気持ちはひとつの命に注がれます。逆にひとつの命のまわりには、それぞれ何人もの思いがひしめいています。
80人の遺体、と簡単にいっても、この80人のそれぞれに思いをつなぐ命がある、と考えれば、争乱のイラクでも同じことが言え、夫を奪われた女たち、父を奪われた子どもたちの苦境を、その何分の一かでも考えたい、という気持ちに駆られます。
米国のイラク侵攻から5年。この5年間で7万人の女性が夫を失った、と国連は見ているのだそうです。ただでさえ失業率の高い(40%)現在のイラクで女性が家族を養って生き延びていくのは、どれだけ大変なことでしょう。
ユニセフのサイトに、イラクの女性と子どもたちの直面する問題が5つにわたって書かれています。以下はその中の一つ。
世帯主が女性の家庭を対象としたライフ・ライン
イ ラクの全世帯の約11%は女性が世帯主であり、その数は現在も続く暴力の結果、増加している。毎日数多くの女性が寡婦となり、多くの家庭が稼ぎ手をなく していることが、地域の社会サービスを圧迫し始めている。女性が就職できることはまれで(世界食糧計画の2006年調査によると、16~60才の女性の就 業率はわずかに14%であり、それに対して男性は68%である)、仕事をさがすために家を離れることは、女性と子どもを危険に陥れる。追い詰められた多く の女性は慈善団体に身を寄せ、自分と子どたもちのめんどうをみてもらっている。
ちょっと想像してみよう。
追いつめられた女性たちがどうなるか。
懸命に一日一日をどうにか生き延びる人もいるでしょうが、今日の朝刊にはまたこんな記事。
イラク中部のカルバラで17日、イスラム教シーア派モスクのフセイン廟(びょう)近くで自爆テロがあり、AP通信によると少なくとも32人が死亡、51人が負傷した。
ロイター通信によると、モスクの近くのカフェで、爆弾を持った女性が自爆したという。フセイン廟は、シーア派の指導者フセインをまつる重要な施設で、熱心なシーア派イスラム教徒が巡礼する聖地として知られる。
