政治家こそ、立つ鳥跡を濁さず、を実践して欲しい――北九州の場合
ええっと、どこから話しましょうか。
去年の市長選後、当然予想されたわけですが、○○○方式とかいわれる悪名高い福祉行政のみならず数々のハコモノ行政を20年続けた末吉市政の後遺症に、今、北九州市は苦しんでおります。
こんなことなら、まだあと1期、末吉氏に市政を担当させてしっかり後始末をさせとけば良かった? などという愚痴も出てきてしまいそうですが、たとえそうしたところで、多分、後始末をすることなどなかったでしょう。
だいたい5期勤めたこと自体かなり無理だったのは、ノンフィクション作家佐木隆三氏までも巻き込んで市民の会なるものを立ち上げさせた時点で、末吉氏本人も自覚をしていたでしょうが、最後まで市長職に恋々としていたと記憶しています。
60年代の若き日まで遡れば、「蜂の巣城」を築いた室原知幸氏の抵抗で膠着状態に陥っていた下筌ダム・松原ダム建設が、この末吉氏の結婚話をきっかけにして大きく動いたのは、年配者にとってはかなりよく知られた話しです。
つまり建設省松原・下筌ダム工事事務所用地課長として60年に赴任した末吉氏は、1966年宮崎県企業局総務課長出向まで、この蜂の巣城を中心にした地元民たちの抵抗をいかに排除するかという問題に常にさらされていたのです。
この時、“奇策”なのか、それとも恋愛の結果なのか、本人以外には知るよしもありませんが、氏が、ダム完成の暁には水没することになる村の、村長のお嬢さん(だったと思う)と結婚する、という選択をしたのは確かです。
そのあたりの経緯は松下竜一さんの『砦に拠る』に詳しいと思うのですが、今、その本を本棚に捜しても見つかりません。見つかりましたら確かめてみます。
そんなこんなで、氏は1987年には国土庁土地局長を最後に退官。
その年から昨年の2月まで5期20年を北九州市長として、さまざまなハコモノや空港とそのとりつけ道路、閑散としたコンテナターミナル、小倉北区の一画に集中する奇抜な橋、また橋、等々をいくつもいくつもつくってきました。
ふり返ってみると、花博とか博覧祭とかもありました。
花博はどうだったか覚えていませんが、博覧祭では億単位の赤字を計上。
そんなイベントを挙行するときは、なにもこれは北九州市とは限らないでしょうが、入場券を企業に買わせますよね。仕事は貰っていないのに、入場券ばかり次々に押しつけられる、と迷惑顔の企業人もいました。
高齢の公民館グループが1人3,000円の前売り券を購入していましたが、博覧祭は不人気・低調の極み。
結局入場料のダンピングやら企業が購入した入場券をばらまいたりして何とか目標入場者数を確保するありさま。
いったい、何の目的で博覧祭とやらを強行したのでしょう。
市の大型施設のカラーリングについては、市長は色弱なので自分が任されている、と公言する民間人(女性)が、がっしり市政に食い込んでいたこともありました。まあ、そんな人はどこにでもいるのかもしれませんが。
大型プロジェクトは次々に破綻。
しかもそこに毎年毎年、億単位で税金を投入。
これでは借金が膨らむはず。
あああ、麻生太郎氏が絶賛する末吉市政の実際なんて、チラッと見ただけでもそんなものです。
(アソウ氏に見る目がないのか、それとも意図的に絶賛情報を流しているのか。そんな人物が次期総理の最右翼候補なんて! 冗談でも考えたくない)
27日の毎日には、副都心の再開発ビル「コムシティ」関連で30億円回収不能になることが報じられています。
また、何かと騒々しい年金がらみで2010年9月までに売却することになっていた九州厚生年金会館を、「存続を求める市民の声に応じた」ということで、北九州市が購入することに決まったのが今年の2月です。
これを報じる夕方のTVニュースは、この“購入を求める市民の声”に西川京子衆議院議員(小泉チルドレン)、桝添厚労相の2人の口添えもあったことを伝えていましたっけ。西川氏は民主党市長の市政には協力しないと言っている、という評判ですが。。。
でも累積債務が兆を超す市が、またそんなことに出費して、いったいどうするのでしょうか。
その他、生活保護の予算を30億円増額することについて、批判の声をよく聞きます。いわく、893がもらってるのに、と。
でも、確かに893の受給は問題ですが、本当に必要な人に行き渡らないのは問題。
日本を代表する大手企業でも、その下請け、孫請け企業の従業員の低賃金を耳にすると、しばし言葉を失うことがあります。まして病気、その他で職を失い、頼るところが生活保護だけだったら……。
保護が受けられる、受けられないの線引きには、ただ抑制するだけではない、もっときめ細かな対応によるさらなる工夫が必要なのでしょうね。
さてさて、こんな北九州市、いったいどうなってしまうのでしょうか。
20年間分2億円の退職金を手にして、立つ鳥おもいっきり跡を濁していきました。
引退が分かっていた2006年の12月、5期目の退職金を80万4000円減額する条令改正案を議会に提出しましたが、そんなもの、すずめの涙か蚊の涙でしょう。
立つ鳥跡を濁さず、という言葉は、新銀行東京を抱えた東京都のイシハラ氏にも捧げたいですね。
