とむ丸の夢

民主主義April 30, 2008 8:31 pm

「もう、自民党はだめだな」と外出先から帰宅した家人が、再可決の報を聞いて吐き捨てるように言う。

「いや、まだ分からないよ、まただますつもりらしいから」と私。

「これだけのことをされたんだから、もうだまされないだろう」

「そうだといいんだけれど」

 6時半から総理の記者会見ということでテレビをつけてみましたが、聴けば聴くほど空しくなります。
 言い繕いばかりはうまいけれど、なんだ、結局、自公与党の政治家たちのための政治じゃないか、それだけじゃないか、という思いにかられるからです。

 一方米国では、夏場のドライブシーズンを控えて減税論議がさかんになってきていると今日の毎日夕刊が伝えています。

 共和党大統領候補ジョン・マケインは、

「勤労世帯がガソリン高騰に苦しんでいる」
「夏場のドライブシーズンに入る5月から9月初旬までガソリン税を免除すべきだ」

 ガソリン税の一時凍結を求める広告を作った民主党ヒラリー・クリントンは、

「大手石油会社の利益の一部をガソリン税(引き下げ)の代わりに充てるべきだ」

 ブッシュ大統領まで、とうとう、言わざるを得なくなったようです。

「エネルギーや食品価格の高騰が、多くの国民の家計に悪影響を与えているのはよく分かっている」
「マケイン上院議員の免税の提案を含めて、いかなる提案にも耳を傾けたい」

 
 

 これまで何度も、米国では暴動が起きてきたし、大統領選も控えて原油高騰に指をくわえてみ見ておくわけにはいかないよね、ブッシュさんも、と思いながら、つい私たちの国のことに思いは飛びます。

 大人しく見える有権者だって、ただ与党の政策に唯々諾々と従っているだけじゃない。
 これだけ悪政、失政に翻弄されてきた私たちだもの。
 その分、1票1票に思いをこめるんだ。

 衆院補選に民主党が勝ったことで解散がとおのいたとマスコミはいうけれど、来年の9月まではとても待てません。
 
 (総選挙は)「選挙すべきだとの国民の声が高まったときに行われる。国会運営のテクニックではない」と、小沢民主党代表が日銀総裁人事に揺れた3月、浜松市の記者会見で述べました。

 さあ、私たちに何が出来るのか、もう一度考えてみよう。 

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疑惑April 29, 2008 8:30 pm

3月の時点でチベットにふれたエントリーを2つ、「ほうっておけば軍拡に走るのが世の常? そしてチベットのこととか」「争乱で殺される命の周りにはどれだけの人の思いがあるだろう」をあげましたが、それ以後、チベットをめぐる動きが今ひとつ分からなくて、書けませんでした。

 最近あまり覗いてなかった田中宇さんが、これについて書いていました。

や はり今回の騒乱は、もともと反中国的なチベット人の国際組織作りを手伝ってきた「人権外交」を推進しようとする米英の諜報機関が、組織内の過激派 を扇動し、米英マスコミにも大々的報道をさせて拡大した動きと考えられる。運動参加者の多くは、このような裏側に気づいていない。中国の台頭を恐れて中国 嫌いになっている日本人の多くも「欧米より中国が悪いに決まっている」と思いたいだろう。しかし人々は、国際政治を頭に入れて、冷静に考え直した方が良 い。

  暴動というものは、何らかのきっかけがないと起きない。オリンピック前の重要な時期にチベット人を怒らせたくない中国政府は、チベット人 をできるだけ懐柔し、暴動が起きないようにしていたはずだ。中国政府でもダライラマでもない何者かが、暴動を誘発したと考えられる。ダライラマ以外の亡命 チベット組織の人々には、大した力はない。とすれば、最大の容疑者は、歴史的に亡命チベット組織を支援誘導してきた米英の諜報機関ということになる。

 

 この田中宇さんの推測通りだとすると、かつて日本がやり玉に挙がった「黄禍論」がまた頭をもたげてきたのか、とうんざりしますが、容疑者として目されている米英の諜報機関は、田中氏によれば欧米の国際的なイメージ宣伝会社とつながっているらしい。


 さらに今日、「私も一言! 夕方ニュース」だったでしょうか、世界100カ国以上を周ってきた方がゲストに迎えられて語る中にチベット問題がありました。


「チベットに関する現在の情報は、ほとんどといっていいくらい欧米から出ている。欧米人は、1933年に出版されたヒルトンの『失われた地平線』の理想郷“シャングリラ”からチベットのイメージを得ている。最近では映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』もある」。


 ニュースを鵜呑みにしない方がいい、とそんな話しでした。


 とほほさんの所には、こんなチベットの話しもありますし。

 25日に中国が対話の用意があると表明したことに対して、「「対話を実りあるものにするため、中国がダライ・ラマの前向きな役割を認めることが重要」と亡命政府が声明を発表しています。
 オリンピックを前にした苦し紛れの北京政府の表明だとしても、それがチベットとの対話につながっていけばいいな、と思います。


 なお、長野の聖火リレーについては、カトラーさんが詳しくレポートされています。


 で、私が気になったのは田中宇さんが言及する米英の諜報機関と関係の深い国際宣伝会社のこと。


 この国際宣伝会社とは、菅原出さんが『外注される戦争』で「戦争広告代理店」と呼んだThe Rendon Groupレンドン・グループのようなものでしょうか。それ以外にはSinclair Broadcasting Groupシンクレア・ブロードキャスティング・グループなどという会社があるらしいのですが、こうした会社がなければ、湾岸戦争もイラク戦争も起こらなかったかもしれない、とまでいわれています。

 この2社が今回のチベット問題に関係するのかどうかは、私にはまったく分かりません。
 ただ両社とも「心理戦」や「情報戦」を仕掛けるプロです。

  イラク戦開始前に米国民や国際世論を味方に付けるために大々的にプロパガンダ作戦を行ったのが、ブッシュ政権が契約したレンドン社であったことは有名。ま たパナマに侵攻してノリエガ政権を倒す時(1989年)に力あったのも、パパ・ブッシュの湾岸戦争時(1990年)、月額10万ドルをクウェート亡命政府 から貰ってプロパガンダ支援をしたのもこのレンドン社。

 湾岸戦争後にはこの会社は、フセイン政権を倒すためにイラクの反体制派グループ育成の仕事をCIAから請け負ったそうです。

 もともとそうした仕事は、1946年にパナマに設立された米州学校The School of the Americasのように、直接アメリカの国防費で運営されていた組織が関わっていたのではなかったかしら。

 それが、民間に出来ることは民間に! の合い言葉よろしく、どんどん民営化されていったとか?
 ヤバイ仕事は民間に任した方が政権は安全なところに身を置けますしね。

 で、このレンドン社のトップページに掲げられた写真は、紛れもなく私たちの国日本の、おそらくは東京の夜景。コワイなあ。

     サービス内容は、戦略的コンサルタント、メディア分析、危機管理等々。その中に「早期警戒レーダー」というサービスがあるのですが、  ニュースモニターをして、 必要なときはメールで警告をしてくれるようです。

                                                                     

 おそらく日本の政治も、こうした会社に見張られているんでしょうね。

 もしかしたらコイズミ純一郎・竹中平蔵氏らの戦略をデザインしているのもこうした所かな? とモーソーしてしまいました……


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政治屋April 28, 2008 8:27 pm

党の総力を挙げて応援した候補が衆院補選に敗れてもなお、租税特別措置法改正案を30日に衆院で再可決する方針に関しては「何ら変わりはない」と町村官房長官は述べたようです。
 「国民全体の判断は山口2区の人に委ねる性質のものではない」と語ったといいます。

 伊吹文明幹事長は「追いついたと思ったが、後期高齢者医療制度の説明も不十分だった。『ぬかったな』と思う」と述べたとも伝えられています。

 ぬかったな……ですか! 

 長生きした罰だ! といわれているみたいだ、というお年寄りの声もあるというのに。

 今頃フクダ首相は後期高齢者医療制度を見直すように桝添厚労相に指示したというのですが、暫定税率の問題でも、この医療制度のことでも、有権者がこれほど怒りを見せるとは想像も出来なかったのでしょう。
 それほど国民の生活に無関心なのが今の自公与党と政権なのでしょう。

 それに、一部の有権者の判断に過ぎない、と強弁してでも、なにがなんでもガソリン税暫定税率を復活させようとする政府与党の姿勢を見れば、どれほど与党政治家がこのガソリン税に寄りかかってきたかが分かるというもの。

 納税者から集めた税をどのように配分して何に使うか、ということが政治であるならば、これでは政治は政治家、それも自公与党政治家のためにあるようなものではないですか。
 
 
 気になることがまだありました。

 首都カブールで大統領暗殺を狙った爆発・発砲があったアフガニスタンでは、爆弾テロで年間6,000人が死亡していると報じられていました(産経新聞27日配信)。
 大統領は無事だったが、下院議員1人を含む4人が死亡したそうです。

 これを読んでハッとしたこと。

 爆弾テロで年間6,000人に対して、私たちの国では、年間3万人が自らの命を絶っている、ということ。
 
 これは、2003年3月の開戦以来5年間で、イラク人の死者が15万人を超えたというWHOの報告にある数の年間平均とほぼ同じ数です。

 ああ、私たちの国ではイラク戦争と同じ数の人たちが来る年も来る年も亡くなっているのか、と思うとやりきれませんね。

 年齢別自殺者数の年次推移を見ると、98年から急に跳ね上がっていますが、その前でもすでに2万人は超えているのです。
 一番多いのが50代。次いで60、70代となりますが、そのすぐ次には40代の働き盛りが迫っています。

 若い方の自殺も痛ましい限りで、うちの子が幼かった頃のご近所の子どもさんがひとり、13歳の時に走る電車に飛び込んで亡くなっています。私は友人からの手紙でそれを知りました。
 繊細で頭が良くて 、何事もきっちりとこなすおじょうさんでした。友人は、汚れた世の中が許せなかったのよ、と言ってました。

 電車に飛び込んだその日、おかあさんは姿の見えなくなった我が子を探し続け、今頃はもういないかもしれない、と呟いたそうです。
 ほんとうに、取り返しのつかないことです。親御さんにしてみたら、悔やんでも悔やみきれないのではないか、と思ったものです。

 年齢にかかわらず、自ら死を選ぶということには、胸が突かれます。
 働き盛りのお父さんが亡くなるときなど、どれだけ残していく家族のことが気にかかることでしょう。

 とにかく、そうした人たちが年間3万人にも上り、それは戦争で亡くなったイラク市民の数に等しいのです。戦争でもないこの国で。
 
 グラフの分析にもあるように、2004年あたりから50、60代の数は多いものの減少傾向にあるのに対して、逆に30、70代は増加。若い世代と高齢者が不安に追い立てられているのかもしれません。

 痛みに耐えろ、といったコイズミ純一郎氏等は、どう考えても自分自身は耐えているようには見えませんでしたし、今だって耐えていないでしょう。

 アベ晋三氏等は国民に愛国心を強制しようとすることばかり気にかけて、増大していく社会不安にも無関心でした。今だって、国際社会に恥を知らしめた辞任から半年経って、自分の再起しか年頭にない。

 ちょっとなりを潜めていた道路族が、このフクダ政権では表舞台で我が物顔でふるまっています。

 嘆いてばかりいても始まらないと、投票行動で意思表示をした有権者を、舐めてませんか。

  
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選挙April 27, 2008 11:11 pm

久しぶりに、門司に行ってきました。

門司港   めかり公園から門司港を望む

                   関門橋  関門橋。対岸は下関

      合戦  壇ノ浦での源平合戦の壁画
                       左隅には安徳天皇、建礼門院、二位の尼たちの乗る御座船。
                       八艘跳びをする義経も。

      海峡の向こうにかすむ下関。
                     中央左寄りのオレンジ色の2層の屋根は、フク料理(福をかけて、下関ではフグと濁らずにフクと呼ぶそうです)で有名な春帆楼。

 そもそもが伊藤博文のお気に入りのフク料理屋。
 日清戦争の講和条約はこの春帆楼で結ばれました。この時の調度品等は玄関前の日清講和条約記念館に納められています。
 すぐ隣は、先帝祭で有名な赤間神宮。壇ノ浦で入水するところを助けられた平家の女官たちが、安徳天皇の命日にお参りしたと言われています。
    平家物語
  
 ↑ 平家物語の一節。

 
 この下関の山を越えたはるか向うでは今日は衆院補選の投票日でしたね。

 平岡さん、平岡さんを応援された方々、おめでとうございます。

 とくらさんも、きっとご自分のことのように力を尽くされたことと思います。
 お疲れ様。
 勝利の美酒を味わって、今日はバタンキューかな?

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政治屋 11:05 pm

なんだか近ごろ、ずいぶんと“謝罪”が多いですね。

 近いところでは山口・光市の事件の判決について、青山学院大の学長が、教員の個人HPでの発言で謝罪してます。

 私は常々死刑制度には疑問を持ってきました。
 職員のみならず、揺れる死刑囚の身体を押さえることから執行直後の後始末までをする懲役囚たちを含めて、直接執行に携わる人たちの負担がなくならない限りは、どうしても納得できない、と思ってます。

  とりわけ、一番人の嫌がる作業を懲役囚にやらせるというのは懲罰的な意味合いが強いけれど、そもそもそうした懲罰は法で規定されているのか、それとも単な る慣習なのか、と疑問が湧いてきます。慣習であれば、そうした新たな懲罰方法が可能なのか、法で規定されていれば、そうしたことが妥当なのか、とも。

 問題となった青山学院大准教授氏の発言には、専業主婦云々の発言も含めて、おや? と感じる箇所がいくつかあって、そんな言い草はないでしょう、と思います。
 が、「世界では、特に先進国といわれる国々では、死刑廃止のほうがメジャーである。多くの人が言っていることが正しいとは限らないが、これだけ世界の潮流が死刑廃止論を支持しているということは重く考えたほうがいい」などという箇所にはそれなりの主張があると思います。

 でも、分からなかったこと。
 なぜ、学長が謝罪するの? ということ。
 大学側に抗議や謝罪の要求があったのでしょうか。それもたくさん。

 こうしたことがこの頃多いのですが、でも、一番謝罪しなければならない人が、一番謝罪してないなあ、と思いませんか。

 今、高齢者の方を中心にして日本中の怒りを買っている後期高齢者医療制度は、そもそもコイズミ改革の一環であって、2003年に閣議決定し、例の郵政詐欺選挙後の2006年に自民・公明与党の賛成で成立してしまったもの。

 2005年9月11日の郵政詐欺選挙の公約のトップに掲げられていたのに、有権者はコイズミさん、コイズミさん、と狂喜し、コイズミさんはコイズミさんで、民営化をするのかしないのか、と郵政民営化一本で有権者に迫り、圧勝。

 これで獲得した圧倒的な数の力で、医療制度改革関連法案が国会を通過してしまった。。。

 小泉チルドレンの「よく分からなかった」という発言は無責任の極みですが、こうして思うに、法案の中味はそこそこ分かっていた。
 分からなかったのは、国民がこんなに怒る、ということではなかったか、ということ。

 刺客やら何やらでおもしろおかしく有権者を楽しませながら有権者を騙したといえるコイズミさん。
 コイズミさんを持ち上げたメディアとメディアに登場してきたご意見人士たちも、いっしょになって有権者を騙したといえますよね。

 騙した方が悪いのか、騙された方が悪いのか。つまり、詐欺行為を行った人が悪いのか、騙された方が悪いのか。

 そりゃあ、詐欺行為を行った人が逮捕・罰せられて、騙された方は被害者となって、財産上の損害は受けるもののお咎めなしですし、やっぱり騙した方が悪い、と庶民は考えます。

 竹中平蔵氏といっしょになって純一郎氏が推進したコイズミ内閣の、改革に名を借りた有権者騙しはこの医療制度以外にもいろいろありました。つまり、コイズミ-竹中ラインの過ちはこの医療制度改革に留まりません。

 私たちの国で、今、一番謝らないといけないのは、このコイズミ氏ではないですか。

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カルトと政治家 11:04 pm

うわあ、おじさんたち、怒ってる。
 今日プールで泳いだ仲間はおじさんたちが多い。

 いつからガソリン上がるんだぁ? 
 盗る取ることばかり考えやがって!!

  といった調子。

 本当に再議決するのでしょうか。 

 自民党さんも公明党さんも、本籍地自民党の民主大江康弘・渡辺秀央のおふたりも、同じく民主の山下八洲夫さんも、こんな怒りを無視するんでしょうか。

 さてさて、今日はガソリン税の話しではありません。
 私がよく行く「katolerのマーケティング言論」にエントリーされている「私を靖国に連れてって!~靖国アミューズメントパーク化計画」のご紹介。

 katolerさんはそこで、「戦争パノラマを展示する見せ物小屋空間としての『靖国』」の話しをされています。

 もともとは坪内祐三著の『靖国』で語られている、まさに目から鱗の靖国神社譚。

 建立当初の靖国は大鳥居の下で日本で最初の競馬が連日行われたり、サーカス小屋などができてにぎわっていたそうです。

 笑ってしまったのがこの写真
 TDLのシンデレラ城顔負けの様式建築物の前に時代がかった扮装の男女4人。男性の方はわらじ履きに股引・法被とおぼしき姿。ぜひ、katolerさんのページで拡大してご覧下さい。
 靖国神社の付属施設、遊就館も現在の建物は昭和になってからのもので、明治期に最初に建てられたのは、イタリア人雇われ建築家カペレッティが設計したロマネスク様式の建物である、この写真のものなのだとか。

 敗戦直後にはGHQとの間で実際にアミューズメントパーク化構想が持ち上がったことも、私には初耳。
 なんだかんだ言いながら、私も含めて、みんなは靖国のことを知らなさすぎるのじゃないかしら、と思った次第。

 だいたいが、西郷隆盛が唯一尊敬する人物だと明言し、この靖国神社を崇敬している稲田朋美氏は、ここに西郷隆盛は祀られていないことを知らないようですし。

現在の遊就館の姿は、靖国というものが、その出自から本質的に持ち合わせている「見せ物小屋」としての遺伝子が色濃く反映されたものと考えるべきなのである。

 靖国という場所は、現在の左右によるイデオロギー論争の際などに、両者がアプリオリに前提としているような青白く痩せたものではなかった。特に昭和~太平洋戦争時には「国家神道」というインチキ宗教の受け皿にさせられたおかげで、歪んだ姿になってしまった。

 ……

 祝祭空間としての靖国の原点にもう一度還るのだ。

 とkatolerさんが喝破していることに、思わず拍手。

 そういえばつい60数年前まで、私たちの国は宗教国家でしたよね。国家の根幹に神道という宗教を持ってきたという意味で。

 そんな国家の装置の一つが靖国であり、全国津々浦々にわたって学校に置かれた奉安殿でしょう。

0004l←天皇・皇后の写真を安置した奉安殿。    
   ↓
     Senseki6
  

 戦時中の学校におかれた奉安殿に、子供たちは登下校の際、最敬礼をし、この前で行われるセレモニーでは、咳ひとつ、クシャミひとつ、ましてや鼻をすすることなどもってのほか。ひたすら直立不動で教育勅語を聞かされていました。

 宗教国家というのは、国民を一斉に一つの方向に向ける意味では、為政者にとっていかにも都合のいいものでしょうね。
  自分の思い通りに民を動かしたい、なんて、政治に携わる人たちがつい抱きがちな妄想なのでしょうが、いつもなにがしかの割合でそんな妄想の相手をしない人 たちがいるわけです。これは政治のことに限りませんが、世間で主流になっている考えに“否”と言うのは大変なエネルギーが要ります。

 どうしてそういうことが可能か考えますが、なかなか結論は出ません。
 科学性・合理性が云々されたりしますが、それだけではない、ちょっと違う気がします。
 やっぱり、何かおかしいぞ、という感覚をとっかかりにして、人と考えは違っても自分は自分、と考えているような気がします。
 でも、そんな感覚はどこから生まれてくるのか? と思うと、やはり分かりません。

 う~ん、袋小路に入ってしまいそうだ……

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政治屋 11:03 pm

日刊ベリタによると、4月の世論調査では、就任して1年になるフランスのサルコジ政権の支持率は3月の37%から36%に下がり、不支持が63%から64%に増えたそうです。

 それぞれ1%の増減で誤差のうちなのかもしれませんが、おや? と思ったのが、日本でよくある「分からない」とか「どちらともいえない」とかの曖昧なものがこの数値の中に全然ないこと。日本だったらかなりの率を占めますよね。

 もともとそうした項目がないのでしょうか?
 だとしたらなぜないのでしょうか?
 フランス人は支持か不支持かはっきりしているのでしょうか?
 
 おもしろいな、と思いました。

 さらに、「サルコジ政権によってフランス人とフランスの状態は向上したかどうか」という質問に対しては79%が「向上してない」と答えたらしいですが、この質問の仕方も単刀直入でおもしろいですね。

 今年3月の日本経済新聞の調査では、

「Q3.あなたは福田内閣の仕事ぶりを評価しますか、しませんか」とあり、

 (   24) 評価する
   (   62) 評価しない
   (    8) (どちらともいえない)
   (    6) (いえない・わからない)

 という結果が出ていましたが、

「フクダ政権によって日本人と日本の状態は向上したかどうか」という表現で質問をしたら、どんな結果が出るでしょうか。

 それにしても「仕事ぶり」を評価するって、なんだかおかしいですね。
 
 どんな結果であれ、一所懸命やっていたらOKよ、ということなのでしょうか。子どもの教育ではそんな言い方がよくされますが、政治がそれでは困ります。

 内閣のとった政策の結果、私たちと私たちの国の状態がどうなったか、という質問の設定の方が、現行の政治に対する有権者の評価が的確に出ないでしょうか?

 ついでに、

「コイズミ政権によって日本人と日本の状態は向上したかどうか」
「安倍政権によって日本人と日本の状態は向上したかどうか」

 と過去をふり返ってし調査して欲しい。

 また、今日、自民党国家戦略本部の国家ビジョン策定委員会が、衆院定数を200(現行480)、参院定数を50 (同242)に削減することを柱とする政治体制改革案を発表したらしい。

 さらには頭数の減ったところで、政党への公的助成を現行の国民1人あたり250円から1.000円に増やせ、といってるらしい。

 これが「国家ビジョン」というのですから困ったものです。「国家ビジョン」というより自民党政権維持のための「小手先ビジョン」。

 定数をこれだけ減らせば、ますます少数政党は切り捨てられて、国民の多様な意見が政治に反映するのが難しくなるのではないでしょうか。

 おまけに企業からの献金はばっちり取って、そのうえに政党助成金を現行の4倍ほしいとは、○○も休み休み言え、というところ。

 こんなことを政権与党が考えているなんて、ほんとうにこの国は大丈夫か?! と心配です。

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つぶやきApril 23, 2008 9:11 pm

いきなりだけれど、戦後日本が経済力をつけて豊かになった60、70年代以降、つまり高度成長期以後、日本人の次世代を育てるという行為、つまり“子育て”のキーワードは、「厳しい」と「要求」だった、と私は勝手に思っている。

 もともと日本人の子育てには、「児やらい」という考えがあった。

……たしか虎のお母さんが、仔虎の食物に夢中になってゐる隙を見て、そっと往ってしまふことが書いてありましたが、日本でも熊は仔熊を三才までは連れてあるくことがあって、四歳の春の雪解けに穴をでるとき、その子と別れることになってゐます。
……

  人を成人にする大切な知識の中には、家で与へることのできぬものが実はいくつもありました。さういふ点については世間が教育し、また本人が自分の責任で修 養したのであります。ヤラフといふのは何か苛酷のやうにも聞こえますが、どこかに区切りをつけぬと、いつまでも一人立ちができぬのみならず、親より倍優り なものを作り上げることもできなかったのであります。

……
(大藤ゆき著『児やらい』の序にある柳田国男の言葉)
                                                                                                     

  乳幼児の死亡率が異常に高かった時代、育てる、と決めた子を、産みの親ばかりか名付け親、拾い親等々いろいろな大人が手をかけ、気をかけて、「7歳までは神のうち」というように、いつ忽然とこの世から消え去るか分からない子どもを、大切に育てた。

 そんな大事だいじに育てた子どもも、時期が来たら追い立てるようにして突き放す。これが「児やらい」だ。

 これについて柳田国男は、

「ちゃうど今日の教育といふものの、前に立って引っ張って行かうとするのとは、まるで正反対の方法であったと思はれる……」

「あなた方は『児やらい』などといふ本を書きながら、はたしてあるときが来たらヤラフことができると思ひますか。できなくとも私はちっとも怪しみません……」

 とも述べている。

  ある時が来たからといって我が子をヤラウことがはたしてできるとお考えですか。まあ、できないと考えても不思議ではないのですが、と問いかけながら柳田 は、昔と今、(時代によって地域によって)人によって、実にさまざまな児やらい、子育てのありかたがある。それを伝えるだけでもいい、と著者たちに言葉を かける。

 この柳田の問いを自分に向けてみる。
 はたして私は、ヤラウことができると思うか? 答えは、“No”でもあり“Yes”でもある。
 自分はヤラフことがでたか? と考えてみると、多分、私ひとりでは“No”だった。“Yes”といえるのは、子どものおかげだ。つまり、もう僕を/私をヤラッてくれ、と子どもたちが私に教えてくれたのだ。

 子育ては一方的に親や他の大人が前に立って子どもたちを引っ張っていこうとするだけではない、あくまでも子どもとの互いの働きがけで進んでいく。
 児やらいのためには、親は子どもの声に耳を澄ますことが必要なのだ、と思う。

 では自分は、十分子どもたちの声に耳を傾けてきたか? と考えるとどうもYesとは答えられない。でもどうにかヤラウことができた。これも子ども自身の必死の訴えのおかげだ。
 児やらいとは、それほど難しい。
 特に現代において子育ては、ある時期が来たら、というより「不断のやらい」だと思うから。

 昔はそれほどややこしく考えなかっただろう。それなりの習俗があって、みんなといっしょに従っていたら良かった。親は親でとにかく生活を維持しなければならなかったので、そんなに子どもにかまっていられるか、というところか。

 私の世代は、敗戦直後の混乱が次第に落ち着いて復興に邁進しようとする時期に生をうけ、そのまま日本の経済と社会が伸びていくのに歩を合わせて育ってきた。経済成長の恵みを全身で受けて、あれよあれよというまに大きくなったのだ。

 この間、「ある時期が来たらヤラウ」という習俗はいつの間にか形だけを残し、まったく個人的な問題としてそれぞれの家庭に任されることになった。
 
 ところで私の子ども時代、昭和30年代には、都会にもまだまだ牧歌的な風景が広がっていた(私は横浜育ち)。
 牧歌的、といえば聞こえがいいが、要は、生活するのに忙しい親を尻目に、大人の目の届かないところで暗くなるまで思いっきり遊んだ、ということ。
 親の口出しはあまり受けず、失敗もたくさんして、恥もいろいろかいて、いつの間にかヤライも済み、大きくなったといえる。

 日本人が高度成長を謳歌しているとき、ベトナム戦争はますます激化していった。
 南ベトナム、ゴジンジェム政権の腐敗、思想犯と思しきものたちの通称「虎の檻(おり)」への収容(中には3才の幼児までいたという)と拷問ソンミ村の虐殺等々が報じられるたびに、若い正義感は燃えたぎる。そんな時代だった。
 そして大学に入った翌年には、大学紛争が私たちの所にも及び、学部封鎖・大学封鎖に突入。

 あの頃、パリではカルティエラタンの「5月革命」が、アメリカでは映画『いちご白書』に描かれた世界があった一方で、中国では紅衛兵旋風が吹き荒れていた。
(文化大革命の具体的なありさまは、映画『芙蓉鎮』からもうかがえる)。

 さて、このところ、ブログ界の片隅で、この時代のことが、正確に言えば連合赤軍への言及について問題になっていた。

 あくまでもノンポリとして4年間を過ごした私も、いちおう同時代を生き、あの時代の空気を吸った、ということで少しぐらいの発言は許されるかな。

 私は地方で学生時代を送ったが、同級生や友人には東大安田講堂に立てこもったメンバーがいた。
 地方といっても、戦後の一時期、国立大にあるまじき不正入学に某政治家が関わっていたという問題などもあって、東京には比べようがないものの、けっこう学生運動が先鋭化。
 中核派が本部占拠をしたとき、当時の資料が発見されて足がガクガク震えた、という話しも聞こえてきたが、これについては真偽のほどは定かではない。
 まあ、そんなことで、大学紛争の中でこの不正入学問題は公然の秘密のごとく一般学生の間でも語られるようになって、私も知ることになった、というわけ。 

 大衆団交や学生大会がしょっちゅう開かれ、異議なし! とか、ナンセンス! 自己批判せよ! といった語がよく飛び交っていたが、この自己批判せよ! という言葉も、この時代を切りとったときに出てくる言葉の一つ。

 そしてこの言葉が次の団交や学生大会で誰に向けられていくのかは、まるっきりノンポリの私には予測不能だった。いや、ノンポリでなくても、予測はできなかったと思う。

 若ものの持つ正義の刃は切っ先鋭く他者の心を切り裂き、ぐいぐいと食い込むもの。
 昨日、自己批判せよ! と先頭に立って叫んでいたものが、今日は自己批判を要求される側に立たされたとしても、不思議はなかった。

 私よりも何年も前から学生をしていて熱心な運動家として学内で有名だった人は、ある日、教授から食事をおごられて変節した、ということで非難・糾弾された。
  新入生歓迎コンパにやってきて、ぐるりと中腰で回って「マ~ルクスしゅ~ぎのなんたらかんたら」と歌いながら踊り、新入生の私の眼をまん丸くさせた人だっ たけれど、それ以後学生運動の表舞台から姿を消し、私が卒業して何年もたってから、京都のお寺で雲水をしてる、という情報が入ってきた。仏の道に入って、 救われただろうか、どうだろうか。

 当時学生運動をしているものたちの中には親から仕送りを止められた人がたくさんいた。むろんそんな人たちは食べるのにも困るわけで、たった何百円、多くて千円やそこらで買収されたとしても不自然ではない。そんな時代だった。
 
 
 安田講堂組のひとりは、卒業間際になって学校を辞めていった。
『男はつらいよ』の寅さんの義理の弟のように印刷工になったはずだが、かつての同級生仲間も、もう30数年音信不通とのこと。今どこで何をしているか、皆わからない。

 大学卒、という学歴を捨て、いわゆるプチブルになることを否定して一介の労働者になることを選び取った彼は、正義を追求する、自分にも他者にも厳しい人だったのだろうか、と考えたことがあるが、本当のことは本人のみぞ知る。
 そんなにカッコイイものじゃない、失望したり、意地はったり、いろいろあるさと、今会えば、還暦を前にして語るかもしれない。

 あとのひとりはその後精神を病み、やはり30数年前に私と会ったときは、機動隊の棍棒で殴られて、あれから自分は頭がおかしくなった、と真剣な面持ちでしゃべっていた。この時のことを思い出すと、やはり今でも涙が出てくる。
 私は大した友人でもなかったのに……。偶然会っただけだったのに。
 闘争時、怖いほど鋭い目をしていた人が、まるっきり人が変わったようになっていたのが脳裏に刻まれた。

 私にはとてもできなかったが、時代のうねりの中に自ら飛び込み、散っていった人たちだ。
 連合赤軍の“総括”の陰には、こんな例が無数にあったのだと思う。

 そんなことをしたり見つめたりしてきた私たちは、学校出てからもう38年。
 自己批判せよ、と迫った潔癖感・正義感をもてあましながらも、人間関係を模索してきたと思う。
 上記にあげた人たちも、悲しいことばかりじゃない、この30年をこえた月日の間、楽しいことや心から笑えることがきっとあったはずだ、と思いたい。

 私たちはダブルスタンダードで子育てに失敗した世代だ、と残間えり子さんがいつかラジオで語っていたけれど、たしかにダブルスタンダードだったかもしれない、と私も思う。
 もっといい成績を取れ、と無言のうちに子どもに要求する母親が、『あばれはっちゃく』が理想です」と公言して何の疑問も抱いてない様子が見え見えだったことなど、そのいい例だ。

  はな垂れ坊主だったり、スカートの下のパンツが真っ黒けの泥だらけになるくらい遊び回った女の子だったり、冬、半ズボンの下に厚い股引をはいて寒さに耐え ていたり、ときにはその股引の上に厚手の靴下というかストッキング(それも木綿のストッキング……)をはかせられたりして、およそファッションとは似ても 似つかないような代物をまとった悪ガキども。
 まだ貧しい昭和30年代を駆け抜けた、ごくありきたりの、男の子・女の子たち。
 それが私たちだった。

 
 長じて家庭を築き、子育ては児やらいだ、ということを忘れはしなかったか?
 懸命に向かい合う子どもの中に、小公子・小公女を求めたりはしなかっただろうか? と自問してみる。 
 

 ダブルスタンダードというより、ダブルバインドというほうがふさわしいかな。
 それくらい、子どもにとっては縛りになるものね。

 要求に応えられない子どもも、親の無言の要求を我が身に引き受けて、自らを規制し縛りつける子どもも、その心と体は、悲鳴をあげてSOSを発する。

 いい子であればあるだけ、親の言動や要求にいつの間にか沿うように自己規制して、自分で自分を縛り上げる。そんなことに、と驚くような些細なことにとらわれてがんじがらめに自分を縛り、見動きできなくなる子もいる。
 体にいいものいいもの悪いもの、ねばならぬ、あらねばならぬ、等々で自分を縛るのだ。

 親の愛を獲得するのにはいい子の条件を満たさないといけないと、強迫観念のように自分を縛る子もいれば、親の懐に見切りをつけて、どこかに飛んでいってしまう子もいる。どちらの子どもも、世界一の不幸を背負っているような顔をしている。
 でもこの時縛られているのは子どもだけじゃない。親も縛られている。

 人はよく、子どもの“でき”で親を評価する。
 子どもには、それぞれ個性がある。要求の強い子、弱い子、努力をする子しない子。
 個性だけじゃない。努力をして報われる子もいれば報われない子もいる。報われるときもあれば報われないときもある。
 中にはとり立てて親が配慮しなくても、すくすくと努力家のいい子に育つ子もいるけれど、そんな子を持った親は、ラッキー。ただそれだけのこと。

 
 誰でも、あらねばならぬ、という呪縛を解いて縛りから解放されると、憑きものが落ちたようにいい顔になる。
 
 
 で、子育ては親育て。育った私が学んだこと。

 人間関係はいい加減がいい。
 子どもはそのまま、無条件で受け入れる。人にも多くを要求せず、ちゃらんぽらんな自分も許す。
 きっと、それくらいでちょうどいい。

 いきなりだけれど、水葉さん、傷つくのを怖れなくてもいい。傷ついて強くなる。
 しんどいときは、人に支えてもらっていい。お互い様だから。

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 *と、こんな人生観しかもてない私ですが、なんでもかんでもちゃらんぽらんでいい、というわけではありません。

「人間関係はいい加減がいい」という表現の中には、「いい湯加減」という言葉にある「いい加減」、good enoughを含ませています。

改革 9:10 pm

後期高齢者医療制度が問題になって、2年前、私も友人やご近所さんに署名を集めに行った「リハビリテーション医療の一律打ち切り」が、最近またクローズアップされてきたのでしょうか。だとうれしいのですが。
 署名運動のその後、厚労省はほんの少し制度を手直ししたようですが、大した改善はされていないようです。
 コイズミ政権下で始まった医療費削減・弱者切り捨て政策について、この署名運動を呼びかけた多田富雄さんが『わたしのリハビリ闘争』を書かれています。

 今朝のNHK生活ほっとモーニングのテーマはリハビリでした。

 コイズミ改革は弱いものいじめだ、とよく言われてきましたが、とにかく少数者が泣きをみるような政策を推し進めてきました。少数の弱いものを無視して切り捨ててきたわけです。
 そしていよいよ後期高齢者医療制度を実施することでとうとう多数を相手にすることになり、問題が明からさまになった、といえそうです。

 *教訓
 少数の問題と思っていると、やがて多数のものにも、その他大勢にもふりかかってくる。 

  さて、生活ほっとモーニングの本日のスペシャル、タイトルは「時間がたっても回復できる」です。

  病院を退院した後のリハビリが課題となっています。一昨年の診療報酬の改定以降、リハビリはおおよそ半年を境に医療保険から介護保険に移り、続ける形になりました。

しかし、介護保険の施設では専門家が不足し、なかなか十分なリハビリが行えません。
一方で、東京都世田谷区にあるリハビリの施設では、専門家のサポートを受けながら、利用者が自ら目標を立て、その目標を実現するためのリハビリを自主的に行っています。
発症から数年たっても能力が回復していく人が出るなど成果が上がっています。
番組では、十分なリハビリができない介護施設の現状と、リハビリの持つ可能性についてお伝えしました。

(番組HPより)

                                                                                                        
 わが家では、子どもがいないために何かと私たち夫婦が世話をしてきた夫の叔父夫婦が、今この問題に直面しています。

 医療保険適用期間は、なにしろ「発症から最長で6か月間」です。
 危機を脱して本格的なリハビリを始めたときには、叔母はすでに発症から3か月を経過していました。今のまま病院でリハビリの指導を受けるのは、あと2か月のタイムリミット。

 長年病床にある80歳を過ぎた叔母は、頭もしっかりしていて意欲的ですが、体そのものにかなりの故障を抱えています。
 そのためこれまでも時々リハビリが中断され、そのたびに不安を抱えながら、タイムリミットが迫るのを、指をくわえて見ているより仕方ありませんでした。

 本格的なリハビリを再開してもう2週間が経ち、タイムリミットまで1か月半。ここに来てまた故障がひとつ出てきました。
 またちょっと、リハビリはお休み。
 せっかく足に力が入るようになった、と喜んでいたのに。

 おばちゃんが、持ち前の明るさと意欲でなんとか乗り切れますように! また自宅でおじちゃんといっしょに生活できますように!

 なおリハビリについての私エントリーは、

寝たきりでも、リハビリは必要です
リハビリ打ち切り制度はどうなったか

 介護については、

暴言マスゾエ氏 その介護体験は?
政府公認 使い捨て

 等があります。お時間の許す方は、読んでいただけたらうれしいです。

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民主主義 9:09 pm

なぜか、多くの市民に忌避されながらも、大合併後の4期目の今も市政のトップであり続ける、下関の江島潔市長。

 下関の現状を知るたびに、日本の近未来の姿を先取りしているのではないか、と悪寒が走るのを覚えたものです。

 選挙結果を制するのには実に色々な手口があるものだ、ということを教えてくれるケースの一つですよね。
 つまり、江島-安倍ラインが市民派を名乗ったり怪文書を撒かせたり、5,000万の選挙資金を与えて3番目の候補者を立たせたりしたことですが。

 さらには山口2区衆院補選では、岩国基地滑走路の軍民共用化が釣り餌として有権者の前にぶら下げられたようですね。
「地元の発展にはどうしても必要と思っているので、私どもとしても約束する」と、フクダ首相が言明したとか。

 もともと日米両政府が2005年10月に合意した在日米軍再編計画に盛り込まれ、日米合同委員会で岩国-羽田1日4往復で合意されているのだそうです。

 自民党候補で元国交省官僚の山本繁太郎氏の公約にかかげられているこの軍民共用化を早いところ実現させよう、ということらしい。
 
 羽田直行便が地元にできるということは、なにかしら、漠然と、東京の風を感じていい気分になるものなのでしょうか? そしてその風を早く身に受けたい、と考えるものなのでしょうか?

 米軍の横田基地に面積の29.4%を提供している東京都の瑞穂町は、軍民共用化について、以下のようにHPで述べています。
 

横田基地の軍民共用化は、さらに住民の生活環境の悪化を来たすばかりでなく、飛行場の永久化につながることから反対しています。

                                                                                                            

 2001(平成13)年1月には、

東京都の「航空政策基本方針」及び「多摩の将来像素案」における横田飛行場の民間航空利用の記述は遺憾として、都知事・都議会・都議会総務委員長・都議会各会派・外務大臣へ「米軍横田基地の軍民共用化に反対する陳情書」を提出

   

 と説明がされています。

 何となくムードを掻き立てられて、その気にされて、だまされないで、と声をかけたいですね。

 

 米軍基地といえば、「米国に反旗を翻す南米:コロンビアVSエクアドル・ベネズエラ」で、エクアドルのコレア大統領が、世界銀行からの債務帳消し政策を推し進め、二万四千ヘクタールの広大な土地に広がる米空軍基地を貸与協定の期限が切れる2009年にはこれを打ち切ろうとしていることを伝えました。
 

 新憲法草案を審議しているエクアドルの制憲議会は1日、外国軍基地を国内に置くことを禁止する条項を賛成多数で可決しました。草案は今年後半に国民投票にかけられる予定で、国民投票で同条項が承認されれば、米国の望む更新はほぼ不可能になる見通しだ、という話し。

 アメリカの世界戦略から脱して独自の国づくりをしようと果敢に挑戦していた大統領が事故死してから27年経ち、やっとここまでたどり着いたのか、と思えば、私たちの国はまだまだ、緒にもついてません。

 それどころか、反対に米軍に組み込まれて一蓮托生かそれ以上の軍事貢献がすでに日程に上っているのでしょうね。航空自衛隊による多国籍軍兵士の輸送を違憲と認定した名古屋高裁判決を「関係ねえ」と言いはなったのは航空自衛隊のトップでした。


 で、話しを元に戻しますと、選挙結果を制する究極の手口、といえばこれかもしれません。

 電子投票法です。

 これについては、Like a rolling beansさんが追跡されています。

NHKニュースでのみ流れているような気がする『電子投票導入修正で基本合意』

内部統制能力(自浄能力)を期待できない人たちに電子投票を委ねるわけにはいきません

【モリ氏・シオカワ氏らが推進した電子投票の大いなる懸念】本日22日以内に意見を!

「山口二区の補欠選挙にあたり「政局」になる前の23日に自民党の政策審議会が開かれるそうです。

22日までに、自民党関係方面に意見を、まだの方は是非ぜひ送ってください。

※もちろん他の政党にも」

 とRolling beanさんが言われています。

その他にも、

村野瀬玲奈の秘書課広報室さんの
電子投票とは、開票を密室で限られた開票作業者だけが行なうということにほかならない。(1)

現政権に「ノー」!!!さんの
電子投票導入に利権の影が?

民主党参議院議員中村てつじさんの
[電子投票緒]民主・自民修正案合意のはずが!?」 

私の以前のエントリーにも。
疑いだしたらきりがないけど、やっぱりアブナイ電子投票

電子投票法案 野党は再考して

 等々があります。

「「原田の電子投票法か!電子投票法の原田か!」というキャッチフレーズをHPに載せていた自民党衆議院議員原田義昭氏も、いろいろ話題を提供してくれる方です。


『沖縄米兵少女暴行事件』とある分析」 を自身のブログに掲載し、産経氏とともにセカンド・レイプともいうべき行為に走ったり、17日の道路財源(暫定税率)復活総決起大会に出席した民主党大江 康弘参議院議員を賞賛したり、航空自衛隊による多国籍軍兵士の輸送を違憲と認定した名古屋高裁判決について、「『傍論』ならぬ『暴論』」といったり……。


 古賀誠、麻生太郎、山崎拓、大田誠一、西川京子、鳩山邦夫、そしてこの原田義昭。これに三原朝彦、武田良太を加えたのが、福岡県小選挙区選出自民党衆議院議員。なんだかなあ、福岡県。。。


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