うわあ、おじさんたち、怒ってる。
 今日プールで泳いだ仲間はおじさんたちが多い。

 いつからガソリン上がるんだぁ? 
 盗る取ることばかり考えやがって!!

  といった調子。

 本当に再議決するのでしょうか。 

 自民党さんも公明党さんも、本籍地自民党の民主大江康弘・渡辺秀央のおふたりも、同じく民主の山下八洲夫さんも、こんな怒りを無視するんでしょうか。

 さてさて、今日はガソリン税の話しではありません。
 私がよく行く「katolerのマーケティング言論」にエントリーされている「私を靖国に連れてって!~靖国アミューズメントパーク化計画」のご紹介。

 katolerさんはそこで、「戦争パノラマを展示する見せ物小屋空間としての『靖国』」の話しをされています。

 もともとは坪内祐三著の『靖国』で語られている、まさに目から鱗の靖国神社譚。

 建立当初の靖国は大鳥居の下で日本で最初の競馬が連日行われたり、サーカス小屋などができてにぎわっていたそうです。

 笑ってしまったのがこの写真
 TDLのシンデレラ城顔負けの様式建築物の前に時代がかった扮装の男女4人。男性の方はわらじ履きに股引・法被とおぼしき姿。ぜひ、katolerさんのページで拡大してご覧下さい。
 靖国神社の付属施設、遊就館も現在の建物は昭和になってからのもので、明治期に最初に建てられたのは、イタリア人雇われ建築家カペレッティが設計したロマネスク様式の建物である、この写真のものなのだとか。

 敗戦直後にはGHQとの間で実際にアミューズメントパーク化構想が持ち上がったことも、私には初耳。
 なんだかんだ言いながら、私も含めて、みんなは靖国のことを知らなさすぎるのじゃないかしら、と思った次第。

 だいたいが、西郷隆盛が唯一尊敬する人物だと明言し、この靖国神社を崇敬している稲田朋美氏は、ここに西郷隆盛は祀られていないことを知らないようですし。

現在の遊就館の姿は、靖国というものが、その出自から本質的に持ち合わせている「見せ物小屋」としての遺伝子が色濃く反映されたものと考えるべきなのである。

 靖国という場所は、現在の左右によるイデオロギー論争の際などに、両者がアプリオリに前提としているような青白く痩せたものではなかった。特に昭和~太平洋戦争時には「国家神道」というインチキ宗教の受け皿にさせられたおかげで、歪んだ姿になってしまった。

 ……

 祝祭空間としての靖国の原点にもう一度還るのだ。

 とkatolerさんが喝破していることに、思わず拍手。

 そういえばつい60数年前まで、私たちの国は宗教国家でしたよね。国家の根幹に神道という宗教を持ってきたという意味で。

 そんな国家の装置の一つが靖国であり、全国津々浦々にわたって学校に置かれた奉安殿でしょう。

0004l←天皇・皇后の写真を安置した奉安殿。    
   ↓
     Senseki6
  

 戦時中の学校におかれた奉安殿に、子供たちは登下校の際、最敬礼をし、この前で行われるセレモニーでは、咳ひとつ、クシャミひとつ、ましてや鼻をすすることなどもってのほか。ひたすら直立不動で教育勅語を聞かされていました。

 宗教国家というのは、国民を一斉に一つの方向に向ける意味では、為政者にとっていかにも都合のいいものでしょうね。
  自分の思い通りに民を動かしたい、なんて、政治に携わる人たちがつい抱きがちな妄想なのでしょうが、いつもなにがしかの割合でそんな妄想の相手をしない人 たちがいるわけです。これは政治のことに限りませんが、世間で主流になっている考えに“否”と言うのは大変なエネルギーが要ります。

 どうしてそういうことが可能か考えますが、なかなか結論は出ません。
 科学性・合理性が云々されたりしますが、それだけではない、ちょっと違う気がします。
 やっぱり、何かおかしいぞ、という感覚をとっかかりにして、人と考えは違っても自分は自分、と考えているような気がします。
 でも、そんな感覚はどこから生まれてくるのか? と思うと、やはり分かりません。

 う~ん、袋小路に入ってしまいそうだ……

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