とむ丸の夢

海外誌/紙 記事June 30, 2008 8:35 pm

<韓国>米国産牛肉輸入反対デモが過激化…メディア襲撃も
6月28日19時3分配信 毎日新聞

と書いてハムニダさんを怒らせた日本の新聞。29日の朝日では「牛肉問題 暴徒、新聞社を襲撃」です。

 襲撃された新聞社とはイ・ミョンバク政権に理解を示す保守系有力紙の一つ、東亜日報で、「機動隊が厳重警戒にあたったいが……警察側は放水で応戦し、深夜まで攻防が続いた」等と伝えています。
 
 BBCのサイトでもこの韓国のデモについてエントリーがあり、こちらの方が日本の新聞よりはるかに事実に即して書かれているのではないか、と思いました。

 放水なんていう生やさしいものじゃない、「水大砲だ」と怒るのは、現地で生活をしているハムニダさん。BBCもwater cannon 水大砲と表現しています。

 見出し部分には「韓国警察は、首都のソウルでアメリカ牛の輸入再開に抗議する何千という民衆を追い払うために水大砲を使ってきた」と太字で。

 掲載されている動画は、この水大砲を浴びせる様子を追っています。

で、

・プラカードの中には、「我々にアメリカ軍はいらない、狂牛病のアメリカ牛もいらない」と書かれたものがあること
・米国政府の要求に屈して国民の健康を軽視する政府へのソウルの民衆の怒りは治まらず大きなままであること
・アメリカ牛は安全だ。そのうち韓国の人々もそのことを分かってくれる、と訪韓したライス長官が語ったその日にデモが起きたこと

 等々を伝えています。

暴力行為を行っているのはどっちだ?」と、この日ソウルで起こったことを、さらにその後、どんなことが起こったか、ハムニダさんが「2008年のロウソク集会と1980年の光州事件」で知らせてくれました。

 記事中のリンク先に飛ぶと、警棒を振り上げて女子学生を殴打する機動隊戦闘警察官の姿までありました……何といえばいいのか……。

 同じ日のBBCに、ロンドンに本社のある英国大手タバコ会社が、アフリカで、日本でいえば小学生にあたる子どもたちにタバコを売っていることを報じる記事がありました。

 舞台はアフリカ。ナイジェリア、マラウィ、マウリチウス等の国々。
 BBC TWO(BBCテレビにはONEとTWOがある)のThis Worldという番組のスタッフが調べたようです。

 問題の企業は、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)。
 日本支社もあります。

 年齢チェックがなしも同然の音楽イベントを後援。
 そんなイベントでは有名人がタバコのブランド名をつけた品物を身につけて登場したり、豪華賞品がもらえる競技会で若者を釣ったりして、タバコの魅力をアピール。
 タバコをやるのはカッコイイ、と子どもたちに思わせるのでしょうね。

 1箱では買えない子どもたちのために、1本でも買えるばら売りまで。

 小売商にはかなりの額の販促金を配り、ご丁寧に店舗をタバコのパッケージと同色に塗る、等々、あの手この手で、喫煙が今でもタブーとされていたりしてタバコの味を知らなかったアフリカの人たちに、それも子どもたちにまでタバコを売りまくるわけです。

 1本売りは奨励してません、ご指摘の件については調査いたします、のようなことをBATはいうわけですが。
 
 だいたいマウリチウスではタバコの宣伝は禁止されているというのに、そんなことどこ吹く風。
 その結果、心臓外科医がこの国でタバコに関係した疾病にかかる人が非常に多いと報告し、WHOは、現在アフリカで喫煙に関係すると見られる死亡数は1年で10万件であるが、これからの20年間で倍増すると予測。

 BBCのスタッフは、英国企業の許しがたい側面だ、と怒ってます。

 狡猾なグローバル企業の前に、あまりに無防備なアフリカの子どもたち。

 BAT日本法人のHPにも、「企業の社会的責任」が謳われ、次のマークで未成年者の喫煙防止に「(社)日本たばこ協会と連携して取り組んでいる」と言ってます。
 
            未成年喫煙防止

 こうした企業側の行動規範が、アフリカでは簡単に破られている、それも破っているのは英国企業だ、とBBCは怒るわけです。

 しかし、日本とこのアフリカの国々、どこが違う?と問えば、大して違わない、という答えが返ってくるかもしれません。
 ばら売りこそはないけれど、未成年の喫煙防止に取り組んでいるかもしれないけれど。

            
           人気blogランキングへ

  築地移転

 7月12日の築地市場移転反対デモが盛り上がってほしい。

 こんな風だったらいいなあ。こんなのもあるけれど、子どもも参加できる様に準備が進められています。デモ当日は、プラカードなど持ち寄って楽しく参加しましょう、とのことです。 

民主主義June 29, 2008 8:30 pm

↓ 竹鉄砲
                 竹鉄砲1  玉は円筒形の緩衝材を切ったもの。
 台は直経30センチのスツールですので、だいたいの大きさが分かりますよね。

 玉が発射するとき、ポン! と実に小気味良い音がします。
 とむ丸相手にこれでちょっと遊びました。とむ丸は、一応玉の行方を探すのですが。

 で、コイズミ、アベ、そしてフクダ政権で成立してきた数々の悪法を射るつもりで、この竹鉄砲でポンッ。少しはストレス解消になるかしら。

 熱烈な民主党支持のハリウッドスターが、アン・コールターのバービー人形を持っている、とどこかで読みました。なんでも、大っ嫌いな彼女の人形に火のついたタバコを押しつけるためというのですから、ちょっとコワイ。
 それに比べて、いや比べられないほど、平和なストレス解消でしょう? ポンッ! です。

 先頃閉幕した通常国会は、政府提出の法律案の成立率は78.8%だった(東京新聞6月22日)そうです。これまでは9割前後だったのにと、同紙では「お寒い限りだ」と嘆いていますが、私の方は、これまではそんなにあったのか、とかえって驚くほどです。
 
 で、話題は変わって、27日の「朝鮮日報」に掲載された記事「韓国の政府統治能力、OECD加盟国で最下位圏」で知った世界銀行が25日発表した2007年世界ガバナンス(統治能力)指標のこと。
 
「韓国の評点は100点満点で、民主主義のレベルが67点、政治的安定が 62点、政府の効率性が86点、規制の質が79点、法治が75点、不正腐敗の取り締まりが68点」で「OECD加盟国ではメキシコと並んで最下位圏だった」とあります。

(OECD加盟国の平均評点は民主主義のレベルが91.4点、政治的安定が81.4点、政府の効率性が88.7点、規制の質が91.1点、法治が90.3点、不正腐敗の取り締まりが90.5点)。

 日本はどうなってるの? と少々気になりまして私も調べてみました。
The World Bank:「Governance Matters 2008」の中の「WGI Data Table」です。

 興味の行くままに選んだ国々です。

 戦乱のアフガニスタン、イラク。アメリカが毛嫌いしているキューバ。世界銀行の野望の犠牲になって巨額の債務を背負わされ、最近、もう返済しない、と宣言した国エクアドル。そしてこうした調査でいつも高い評価を得る北欧の国々。その他、気になった国々です。

 調査項目はそれぞれ、

①民主主義のレベル ②政治的安定と非暴力 ③政府の効率性 ④規制の質 ⑤法治 ⑥不正腐敗取り締まり

 
アフガニスタン 14 1 43 56 28 37
オーストラリア 93 79 97 96 95 95
ベルギー 96 71 91 92 91 92
ブラジル 59 37 53 53 43 52
カナダ 93 85 96 94 96 96
中国 6 32 61 46 42 31
キューバ 2 49 29 3 25 54
エクアドル 41 19 13 15 15 20
フィンランド 98 99 97 96 97 100
フランス 91 65 89 86 90 89
イラク 10 0 2 7 1 2
アイルランド 95 89 92 98 94 93
日本 75 85 89 83 90 85
韓国 67 62 86 79 75 68
北朝鮮 0 57 0 0 15 0
ロシア 20 23 42 35 17 16
アメリカ 85 56 91 91 92 91

  グラフにすると次のようになります。

ガバナンスグラフ1

 で、これを、同じ世界銀行の別のレポートにある異なる方法で表すと、グラフは次のようになります(凡例についても、番号、色は同じ)。

ガバナンスグラフ

 で、後のグラフの方が、OECD諸国とそれ以外の国々の違いがよく分かりますね。

  とりわけ目につくのが、イラクとアフガニスタンの②の項目。「政治的安定と非暴力」がマイナスなのは当たり前です。次に目立つ⑤は「法治」。「市民と行政 との関係で法が尊重されているか」「司法が機能しているか」等々以外に「非公式経済の重要性」もこの項目内容に入ってます。

 もちろん、非公式経済の重要性が高いということは好ましいことではありません。

 こちらでは,

「非公式経済」では会社は雇用を少なめに申告し、一部の納税を回避し、製品の質と社員の安全を軽視し、著作権や知的財産権を侵害し、さらには法人組織として登録さえしていないケースがある……
非公式経済の規模を縮小すれば大きな経済的利益が創造される。その恩恵を受けるためには各国政府が重税や複雑な規制システムなどの非公式経済の根本的な原因を是正し、法律をより厳格に施行する必要がある。

 と述べられています。

 日本は6項目の中でこの項目が一番評価が高いのです。
 でも、喜んではいられません。「複雑な規制システム」をシンプルにして、さらには撤廃して、非公式経済をのさばらせているのが現状ですから。ですから上の説明の半分は当たっていないと思います。

 また、もともと資源豊かなエクアドルの評価がこうも低いのは、世界銀行にかなりの責任があることを考えれば、この世界銀行による調査結果で評点が高いのを、手離して喜ぶ気にはなれません。

 *エクアドルについては拙ブログ「米国に反旗を翻す南米:米国・コロンビアVSエクアドル・ベネズエラ」等をご参照下さい。

 なお、他の5項目すべてがマイナス評価に比べ④の「規制の質」のみがプラス評価なのがロシアです。
 ちなみにこの「規制の質」の細目は「行政が正規の手続業務を開始」「管理価格と市場価格」「競争、生産性の高い部門、市場への新規参入が容易」「企業間競争、競争規制協定」などです。
 どうも、自由に競争が行われているかどうか、が見られているようです。

「自由競争」という机上の概念は、現実の世の中では容易に変質することは無視しているのかもしれませんね。つまり「自由競争」は、往々にして「野放し」「放任」という結果に。
  おそらく自由競争では、この調査で測られていないさまざまな要素、社会を構成する人々から組織までの道義心等々が高いレベルにあってこそ良い結果が得られ るのでしょうが、残念ながら利益を追求する過程でそんなものはかなぐり捨てられるのが関の山、という人間社会の現実があるのでしょう。

 日本の83点に対してアメリカはこの項目で91点という高得点をマークしています。フィンランドはさらに高い96点ですが、この国は他の項目も軒並み高く、なんと不正腐敗の取り締まりに至っては100点満点。

 で、アメリカが91点という好成績をマークしているからいいかといえば、パラストの『金で買えるアメリカ民主主義』を読めば、名目上は自由競争でもさまざまな汚い手口のあることが分かります。それに法そのものを変えてしまう、という手もありますしね。

 要は、世界銀行の調査結果も、ちょっと疑ってかかりましょう、ということですが。
 
 では、今日はこのくらいにして。

            人気blogランキングへ

  築地移転

 7月12日の築地市場移転反対デモが盛り上がってほしい。

 こんな風だったらいいなあ。こんなのもあるけれど、子どもも参加できる様に準備が進められています。デモ当日は、プラカードなど持ち寄って楽しく参加しましょう、とのことです。 

政治屋June 28, 2008 8:28 pm

今朝の新聞を見て、思わず、ふ~ん、原弘産の社長ってこんな人。。
                 
 10年ほど前は町の小さな不動産屋さんに過ぎなかったのがあれよあれよという間に大きな企業になっていった、と地元の友人がびっくりしてましたっけ。アベ晋三氏のお仲間と地元の人は考えているようです。

 2006年10月下関市を相手に、大型公共事業・社会教育複合施設を三菱商事グループに高値落札させたことは初めに結論ありきの官製談合だ、として山口地裁に訴えて一躍ネットの世界で名を馳せた会社ですが、年が明けるとその訴訟も取り下げてましたね。

 やらせっぽいなあ、と印象に残っていたこの会社が、今年は2月から全国紙の経済欄にも小さくはない記事で登場して、今日はまた、なんと大きく扱われていること……! それも、他紙は知りませんが、朝日・毎日の両紙ですし。

 なんでもマンション管理2位の日本ハウズイングにTOBを仕掛けた原弘産に対して、27日のハウズの株主総会でNO! と決まった、という話しでしたが。

 で、こうしたアベ氏がらみの企業って、山口県、ことに下関には多いのだろうな、きっとアベ氏とは、よく言えばギブ・アンド・テイクの関係、悪く言えばズブズブの関係ではなかろうか、と勝手に想像しています。

 ですから、アベ氏の「百害あって利権あり」発言を巡る山崎拓氏とのバトルは、まさに同じ穴のむじな同士の“ののしり合い”だと思っています。

  しかし去年9月の政権ほっぽり出しの後、しばらく静かにしていたのに最近はとみに元気な行動を見せるアベ晋三氏です。いったい近頃は何をしているの? と サイトを覗き、入り口から入ってみると、いきなり訴訟関係、というか法的措置の文言が踊っているのに、ちょっと引いてしまいました。

 以前の「この国を守る(だったかしら?)」とどちらが引くかしら、と考えたら、どっちもどっちというところですが。
 
「NHK 特集番組問題に関わる最高裁判決について」で気炎を上げ、「胡錦涛中国国家主席を囲む朝食会の発言について」では懸命に弁明に努め、「捏造記事掲載の『週 刊文春』について断固たる措置!」では、衆議院山口2区補欠選挙での山本繁太郎候補の応援演説を巡って法的措置を取る、と息巻いてます。

 また、ですね。また法的措置。。

 何もこんなページを最初に持ってこなくてもいいものを、いや、まず初めに持ってきたいと本人が考えたんだろうな。やっぱりこの方は分かってないんんだ……何のために、何をしたくて政治家になったんだろう? 等々、疑問が頭を駆けめぐります。

 世襲政治家の悲劇を体現しているような気さえします。いえ、喜劇かもしれません。
 もちろん本人はそんなことつゆほども思ってないでしょうから、裸の王様か、はたまたピエロか、というところ。

 でも、一番不幸なのは、やはりこうしたリーダーを一度は戴いたことがある私たち国民ではないだろうか、と思わずためいき。

       
           人気blogランキングへ

  築地移転

 7月12日の築地市場移転反対デモが盛り上がってほしい。

 こんな風だったらいいなあ。こんなのもあるけれど、子どもも参加できる様に準備が進められています。デモ当日は、プラカードなど持ち寄って楽しく参加しましょう、とのことです。 

疑惑June 27, 2008 12:10 am

 今日の驚き。
「韓国の李明博大統領が、竹中平蔵元経財相を大統領府に招き、指南役の顧問になってほしいと要請した」こと(ゲンダイネット)。

 マイクロソフト会長のビル・ゲイツ氏やシンガポール前首相のゴー・チョクトン氏ら15人の国際諮問団の1員と毎日jpにありますね。

 郵政改革を例に出して、「国民に議論のプロセスを公開しながら、だれが責任を持って話をしているか見せたのが効果的だった」などと、高支持率で小泉改革 を成功させた秘訣を伝授した、という話しで、「政界では、李政権が20%前後の支持率で改革の推進力を失う中、国際諮問団に改革の「箔付け」を期待したと の見方も出ている」のだとか。

 
 国民からの圧倒的な批判とデモに悩んでいる李大統領が何を血迷ったの? とびっくりしたのは私だけではないでしょう、きっと。

 以後のレポートはハムニダさんに任せることにして、やはりこの竹中氏の動きが気になりますね。

 竹中氏が参院議員を辞職したのが2006年9月。

 この時、金満家で、かつ石原都知事の仲良しで、16歳の少女買春事件の当事者で、石原都知事とは、大規模な金権・違反選挙で摘発される74年初当選の前からの友だちの、あの糸山英太郎氏にまで、「何も解らない小泉首相に替わって竹中流経済政策を展開したわけだが、単なるアメリカかぶれの学者がやったこととは何だったのか」と言われてますね。

  また、「国民に議論のプロセスを公開しながら、だれが責任を持って話をしているか見せたのが効果的だった」と、竹中氏は李大統領に語ったらしいのですが、 そもそも稀代の役者でプロパガンダの名手コイズミ純一郎を立て、メディアの全面的協力のもと、日本全国津々浦々にまで「民営化」と「抵抗勢力」という言葉 を広げたのが決定的だった、となぜ言わなかったのでしょうかね。 

 それにしても参院議員を辞職した後の2007年1月、
 

……

改 革への反対勢力は「確信犯」が多く、いくら説得しても改革派に変わることはない。企業や行政で働く若い教え子に も、それぞれの組織のなかでやりたいことや改革案を抱えながらも物事が進まないと悩む人がいる。いつも彼らにアドバイスするのは「いつでも辞めてやるとい う覚悟を持て」ということだ。そうすれば臆病にならず、正論を語れるからだ。

 ただ、実は最大の抵抗勢力は自分自身のなかにある。大きな会社にいる人ほど将来の地位や高い年収が見えてしまい、それが「自分自身の既得権益」となる。最後はこれをどうするかが問題だ。大きな視野を持って、広い世界を見てほしい。

 ……

 と、ほがらかに主張しているのは、辞任当初さまざまに語られた金銭疑惑等もケリがつき、なんとか自分のキャリアに傷がつかないことが分かったからかなあ、などと勝手に推測。

「 いつでも辞めてやるとい う覚悟」とか「最大の抵抗勢力は自分自身のなかにある」とか、やけに勇ましいのですが、  自己の主張を押し通そうとするとき極めて能弁なこの方の、例の辞任会見のときの態度はなんだか不自然でした。

 いろいろな憶測を呼んだのは当たり前ではないか、と思います。
  でも、自分の中の抵抗勢力に着目するのはさすがだ、とはいえ、住民票を米国に移して課税逃れしたこととか、スリード社のこととか、まさしくエコノミック・ ヒットマンとなって今の日本社会の惨状を招くに大いに力があったこととか、いったい、ご自身の心の中ではどう処理されたのだろうか、とふと考えてしまいま した。

 ほんとうに日本の経済・社会を良くするのだと信じて手がけたコイズミ改革だったのだろうか? それとも「確信犯」だったのだろうか?

 それにしても15人も、いかにも巨額のギャラが要りそうな人物を集め、さらには竹中氏のように余計な政策を進言され実行されるとしたら、韓国の人々にはなんとも気の毒な話しです。

 ところで、どこのテレビだったでしょうか、流ちょうな日本語を操り経済解説をしているこの方ロバート・フェルドマン氏は、チーム竹中(チーム・ポリシーウォッチ)の1員だったんですね。フェルドマン

 どおりで、おかしいな? と思ったはずです。

           人気blogランキングへ

Uncategorized, 改革June 26, 2008 12:08 am

私も一言! 夕方ニュース」では昨日に引き続き日雇い派遣労働がテーマで、リスナーからのメールを読んでました。
 その中で、驚いてあっと声をあげそうになりながらも、“さもありなん”と感じたこと。

 妊娠した女性が、仕事をしたかったら中絶しろ、と派遣会社にいわれ、その衝撃で流産してしまい、結局郷里に帰った、という話し。

  派遣に限らず、私の若い時代、60~70年代には似たような話はけっこう聞いていました。流産までは記憶にありませんが、一般企業では、妊娠してもまだ働 くのか、と言われる以前に、結婚しても働こうとするにはかなり度胸というか根性が必要でした。私自身、結婚したのだからパートになれば、と組合役員にわざ わざ呼ばれてご忠言されましたし。

 まあ、へそ曲がりだったこともありまして、もちろんその提案は一蹴。それ以上は会社も組合も言えませんでした。
 でも結局、子どもが産まれてから周囲に頼る人もなく、保育園もなく、個人的に頼むほど収入も良くなく、仕事を辞めて専業主婦になりましたが、しばらくは悪あがきをしました。
 そして30代になるかならない時に夫の親が寝込み、介護の手が必要になり……と、絵に描いたような“女の一生”が待っていたわけです。

 まあ、そんな愚痴話は置いておきまして話しを戻すと、雇用される側が声をあげなければ、雇用する側はいつでも使いやすいように、やり易いように資本の論理に従って働かせようとするわけです。

『蟹工船』が若い人たちに読まれていることを知って記事にしたこともありますが、蟹工船と同時に『女工哀史』も戦前の苛酷な労働を描いたとして有名ですよね。

 そもそも日本で近代工業が産声を上げた時代の富岡製糸場は、旧士族出身の優秀な女性が働いたことが知られています。
 ここで技術を学んだ女性たちは故郷に帰って指導者となったらしいのですが、1872年の富岡製糸場が操業を始めてから53年後の1925年には『女工哀史』が刊行されています。

『女工哀史』を書いた細井和喜蔵が働いた工場はこの製糸場ではありませんが、それでもこの50年の間に、日本の紡績産業の間ではいったい何があったのだ? と考えてしまうほど、創業当時の富岡製糸場で働いた女性たちと女工哀史に描かれた女性たちの姿の違いに愕然とします。

 知り合いの古老のお話では、その昔、昭和の初め頃でしょうか、九州の田舎からも大阪の紡績工場へ働きに行く女性が大勢いたのだそうです。
  そして工場での無理な労働がたたって肺結核になり、親が引き取りに行ったそうですが、間に合わずに娘さんは死亡していたり、負ぶわれた父親の背中で息絶え たり、とにかく紡績工場に行くとみんながみんなと言っていいほど、結核に罹る女性が後を絶たなかったのだとか。当然ですよね、感染しますから。

  その古老のお姉様もやはり働きに行ったものの結核になって故郷へ戻ったそうですが、今度はそこで弟妹たちがつぎつぎに発病。お姉様はなんとか治ったものの すぐ下の妹さんがそれが元でなくなり、話しをしてくれたご本人もその後15年間床に寝付くことになったのだ、ということでした。

 本人の栄養状態も悪い上に劣悪の環境で長時間働かされて20歳前後の女性たちが次々に結核に倒れるなど、どう考えても許されることではないわけですが、当時雇用する側はそれを当たり前のこととして、改める気などなかったのだろうと想像します。
 一人が病気になっても代わりはいくらでもいる、ということでしょう?

 で、戦後の1947(昭和22)年には労働基準法ができあがっていますから、その後は“哀史”のようなことはなかっただろう、と考えるかもしれませんが、そうではないこともあったのが私たちの国の歴史です。

 たしか紡績工場の女性たちが私信まであらためられて、つまり私的な手紙まで開封されて内容を調べられた等々の不満がつのり争議が起こったのが1954(昭和29)年のことでした。
 これについては厚労省のサイト、おそらく労働白書でしょう、もう少し詳しい解説があります。

 争議の要求事項の中には、仏教強制反対、信書の自由、結婚の自由等まであったことが現代では信じられないほどです。でも、たしかにあったのです。

 そうした先人たちの苦労が重ねられて、これまで働く人が守られてきたのだろう、と今さらながらに思います。
 私が早々に諦めてしまった、家庭を維持しながら社会に出て働くということを歯を食いしばりながらやり遂げた女性も多いと思います。もう、それだけで私など尊敬してしまいます。

 で、とにかく、必ずしも利益を上げていたわけではない官営富岡製糸場は創業からほぼ20年後の1893年に三井に払い下げられ、その後、原合名会社、片倉製糸紡績会社へと次々に譲渡されていったようです。

 明治版民営化の後にこの工場の経営や働く環境がどうなっていったのかは私にはさっぱり分かりませんが、日本の紡績産業の場は、50年後には『女工哀史』に書かれたようなものになっていたということ。
 戦後もしばらくはその名残が現実にあった、ということ。

 派遣については、改革だ、改正だ、と言いながら平然と規制を取っ払ってきた政府と国会、特にコイズミ・竹中コンビの2004年の派遣法改定は罪が大きいですよね。
 それまで積み重ねてきたものを壊してしまったのですから。

 真面目にぎりぎりまで耐えてどうにもならなくなって、やっと少しずつ声が出始めたのが昨年あたりからでしょうか。

 まだ素朴に、世の中は良くなっていく、未来は明るい、と信じていた中学生の頃、まさかこんな風に働き方が問題になるような社会が来るとは思ってもみませんでした。

     
     
    人気blogランキングへ

政治屋June 25, 2008 12:06 am

苛酷だなあ、と思ったのは朝早いニュースを見たとき。
 今回の東北の地震で被害にあった温泉施設の例があげられていました。施設そのものもさることながら、施設までの道が寸断されて復旧のめども立たず、営業できずに11人の従業員も解雇される、というもの。

 感想を求められてマイクを突き出されたマネージャーの男性が思わず涙ぐむのですが、こんな災害があるたびにこうした経験をする人たちがいるのだろうな、と気持も沈みます。

 東北の小さな町にとって、数少ない雇用の場であったようです。
 生活への不安を隠しきれない元従業員の女性の姿を見て、私が思い出したのは昭和30年代の日本でした。
 それもどういうわけか、「カッチャ9時運動」ということば。「カッチャ」とは「かあちゃん」のこと。

 横浜、神戸という大都市で育った私が、父の転勤で過ごすことになった新潟の学校でのことです。
 家庭科の授業中だったと思いますが、朝早くから夜遅くまで働く農家の女性も、せめて夜の9時には休んでもらいたい、そんな主旨の運動がある、という話しだったと思います。

 聞き慣れぬ「カッチャ」という言葉とともに、夜の9時になっても手足を休ませることができず、翌朝には早くから起き出して野良へ行かなければならないという農村の女性たちの話しがやけに胸に残り、その後もことあるごとに頭をかすめました。

 同じ頃、かあさんが~よなべ~をして、手ぶく~ろ編んでくれたあ、おとうは土間で、藁う~ち仕事、おまえ~もがんばれよ、という歌が流行りました。一昔前の話しだろうと、都会生活しか知らない私は当時思ったのですが、案外目の前の現実だったのかもしれません。
 ただし、おとうたちはすでに藁打ち仕事ではなく、東京に出て杭打ち仕事をしていたのかもしれませんが。

 神戸では、社会科で日本は貿易立国を目指すのだ、と習いました。産業を盛んにして、原料を輸入し製品に加工して輸出するのだ、それで日本は豊かになるのだ、と。
  高度成長を遂げてからでしょうか、どこの国でも沿岸はその国が大切にしているものに占められている……日本は工場群が沿岸を占拠している……日本にとって 一番大切なのは工業なのだ、と多少皮肉をこめて書かれた意見が新聞に載っていたのですが、この話しも妙に頭に残り、その後ことある毎に思い出されることに なりました。
 
 原油高から原料高、そして食料危機が叫ばれると、自分が幼い頃から目にしてきたそんな日本の姿が目の前に彷彿とします。

 農業よりも工業を選び取ってきたことが、結果として日本を豊かな国に導いた、というのは本当だろうか? と、この頃ときどき考えます。もっとバランスある発展はできなかったのだろうか?と。

 工業化を目指す私たちの国の首都は、そして大都市は、周辺の農村地帯から流入する人口を貪欲に呑み込んで膨らんでいきました。それが国策だったのでしょうね。

 それでも、当時の農村は同時に豊かさも享受し、鶴のマークのJALパックかばんを肩にかけて世界の観光地に繰り出す農協ツアーが盛況だったような記憶も。そうした場面を見るたびに都会で働くサラリーマンはほぞを噛んでいました。
 あれはいったい何だったのでしょう?

 そういえば農村地帯は、ずっと自民党の大いなる票田でしたね。
 たしかあの頃、税の不公平さを表すのに「クロヨン」という言葉が新聞紙面で踊って、自営業者や開業医、農家などがよく叩かれていました。

 作れば、そして仕入れれば売れたあの頃とは、日本の社会もがらっと様変わりしましたね。
 家の金は財布なんかには入れてませんでした。タンスの引き出しに裸で入ってました。引き出しを開ければ、子どもの私でもいつでも使えましたよ、とは親から小さなお店を引き継いだ、私とさほど歳のかわらぬ人の昔話しです。

 今、そんな商店は大型店舗に押されると同時に人の流れも変わり、守勢どころか劣勢の一途を辿ってシャッターを下ろす店が増えるばかりですし、大都市近郊の農村は別にして、地方の農業地域の疲弊がいろいろと伝えられます。

 その一方で、いつの世にもいるであろう成り上がりというか成金というか、時流に乗って成功する人たちもいます。でも、人材派遣業グッドウィルの創業者折口雅博氏といい、昨日逮捕されたNOVAの猿橋望氏といい、あのホリエモンといい、みな、えらく無邪気に金満生活に走りましたよね。
 それも他人の苦しい働きの上にあぐらをかくように。

 きっと己の才覚と努力でそうした境遇を手に入れたのだ、と思っているのでしょうが、それは己の才覚と努力‘だけ’で獲得したものだ、と勘違いしているのではないか、とよく思います。
 才覚と努力以外にさまざまな要素が都合よく働いて成功にこぎ着けるのでしょうが、何よりも人の力、つまり他人に助けられたところが大きいのではないか、と私は考えるのですが。

 たくさんの人の世話になり、時には迷惑をかけ、時には相手を踏みつけるようなことまでしてたどり着いた成功ではないでしょうか。

 そんなことも忘れて、ただ無邪気に己の利益のみを追求する人たち。
 あのCANONと同時に日本経団連の御手洗会長もそんな人だな、と思いました。

 そもそも新自由主義経済の考え方そのものが無邪気すぎるのでしょうか。

 市民社会の勃興期、産業革命を経てそれまで王侯貴族や僧侶の手に握られていた数々の力を己のものとした人たちが、無邪気に信仰した利益追求プログラムみたいですね。

 しかし新自由主義を推進してきた人たちはコイズミ・竹中両氏も含めて、己の利益追求に貪欲なばかりか、狡猾でもあるなあ、とはよく感じるところ。

  そういえば政権ほっぽり出しちゃった安倍シンゾー氏は、無邪気に“最高権力者”の座を楽しんでいただけのような気がしますし、現首相福田氏はその後始末に 追われる苦労を口にしながら、国民の生活不安に対してあまりに無邪気・無頓着すぎますね。それにサミットのホスト役を楽しみにしているのも、無邪気すぎる かな?

 結局、政治家の劣化は、狡猾さだけは維持しながら、無邪気・無頓着に権力を行使しているところに表れている、ということですか。

         人気blogランキングへ

戦争・平和June 23, 2008 12:05 am

おしりに火のついた忙しさで朝からブログを開ける誘惑に耐えて、やっと、一息ついてます。

 今日は沖縄慰霊の日でしたね。
 外出中の車の中で知りました。
 ちょうど追悼式典を中継しているところで、首相・衆参両院議長3氏の挨拶を聞いたのですが、現実に行われている政治を考えれば、首相の言葉の何と白々しいこと。

 私は、無念にも散って行かれた人々の思いを、今の政治に反映する責務を負っている。戦没者の方々のその思いを、平和の尊さの礎として、大切に引き継いでいく。

 米軍施設の集中が今なお県民の大きな負担となっている。負担の軽減に向け、地元の切実な声によく耳を傾けながら、全力を挙げて取り組んでいく。

  
 いくら本音と建前の世界でも、ご自身がその手で実行してきた政治とはあまりにもかけ離れた言葉に、なんの感慨もわきませんでした。むしろ、呆れたくらい。。

 河野洋平衆院議長が踏み込んだ言葉で具体的に旧日本軍と日本政府の責任について明言し、3人の中では一番納得できましたが、それにしてもです……これだけのことを言える人が、なぜ自公与党の横暴にほとんどなすすべがないのか、何もできないのか?
 
 いったい議長とは何ものなのか?
 党籍離脱は何のためか?

 等々、頭の中をクエスチョンマークが駆けめぐりました。

 そんな中で、ふともう20年近くも昔の、友人の手紙を思い出しました。
 お連れ合いの転勤で沖縄に移り住んで4年ほど経った時に書かれたものです。

 今こちらで話題になっていることは、基地のこと、サンゴのことといろいろあります。
……
この日を慰霊の日として、戦争で死んだ県民の慰霊と反戦を考える日として沖縄独自のお休みとしてあったのですが、今、これを廃止すると、国や県は言っています。それでこれに反対する県民の声が上がっています。
……
(本土とのつながりが深まり)沖縄の役所や企業がお休みだということで不都合なこともあるでしょうが(銀行はお休みではありません)、何もかもが止まってしまうわけではないので……
 
 
 と手紙にはあるのですが、この後廃止されたかされなかったか、はっきり覚えていません。

 こちらに よると、1972年の本土復帰後は日本国の法律が適用され、慰霊の日は休日としての法的根拠がなくなったそうです。1991年の地方自治法が改定されたこ とをきっかけにして、慰霊の日を休日と定める県条例が制定され、沖縄県庁、市町村役場、公立の小・中学校、高校などが公休日になったということです。
 
 またこちらによると、慰霊の日の休日廃止が問題になったのは、ちょうど20年前のこととか。

「慰 霊の日の休日を廃止すれば、沖縄戦は風化する」「休日の廃止は地方自治の本旨に反する」と、県民の大多数が反発しました。たちまち県民の運動は大きく 広がり、各地でシンポジウムや集会が開かれました。「休日廃止案を撤回せよ」との要請が、各団体から県へ殺到しました。遺族連合会はじめ、市民団体、有識 者など、世代を越えて県民が結束しました。高校生は独自のアンケート調査を実施し、大学生はシンポジウムを開きました。「休日廃止案撤回」を求めて、県民 あげての取り組みが展開され、2万人もの署名が集まりました。県は県民の声を無視し続けることはできなくなり、翌年3月の定例県議会で「休日廃止案」の撤 回が決まったのです。

   
 デイゴの花 のことから語り始めた、いかにもそれらしき首相のあいさつ。

 無念の思いを抱えて亡くなっていた人たちの、その思いを政治に反映させる責務を自覚するならば、基地の負担を軽減することに、全力をあげて取り組む意思があるならば、サミット、サミット、と浮かれてないで、今すぐにでもすることがあるのではないでしょうか?

             人気blogランキングへ

政治屋June 21, 2008 12:03 am

19日、偶然でしょうが、毎日と朝日それぞれに宮崎県の記事が掲載されていました。

 朝日は「『限界集落』呼称どげんかせんと 『元気の出る名』 宮崎県が募集中」、毎日は「東国原知事 『体罰は愛のムチ』」です。

「限界集落」という呼び名は危機的な状況をよく表していると思うのですが。名前を変えるだけで問題そのものが置き去りにされたら、事態はますます悪くなるでしょう。

「体罰は愛のムチ。昔はげんこつで教えられたが、最近はできなくなっている。愛のムチ条令はできないか」
「宮崎県で『愛のムチ条令』や『愛げんこつ条令』はできないか。愛という範囲で条例化するべきだ」

 と18日の県議会本会議終了後の記者会見で、議会で教育問題が取り上げられたことで知事が発言したのだとか。

 去年11月の「徴兵制はあってしかるべきだ」もそうでしたが、この方がこうした発言をするたびに、なんとも嫌な気分になって、軽い男だな、と思ってしまうのです。

 教育の場で、お前が悪い! とばかりに手を、あるいは拳を振り上げる……その行為は生徒への愛ゆえだ、相手を案じているからこそ、殴るのだ、と考える教師がいるのでしょうか。
 今、ここで、愛を持っているなら殴らなければならない、と判断して生徒に向かう教師はいるのでしょうか。

 どちらもおかしな話しです。

 殴るのは腹を立てたからでしょう。カーッとなって思わず手が出た、ということでしょう。

 それを「愛」で正当化し、相手を納得させ、より良い方向へ生徒を導く、と考える教師がいるのでしょうか。

 成長期の私がこの目で見た教師の暴力、母親となり、運動会当日目撃した中学生を殴る蹴るした暴力教師、小学生が怖れた、生徒の両耳を持ってつり上げる教師、知り合いにこぼされた、ダイヤの立て爪を見せるように丸めた手で小学生をなぐる教師……

 そのどれも、愛のために暴力をふるった、とはとても思えないものばかりです。 
 子どもの両耳を持ってつり上げる教師は、当時はやった吉岡たすくばりの語りで保護者を魅了した先生でもあるのですが。

 大勢の保護者の前で中学生を殴る蹴るした教師は、その前も後もやはり問題を起こしてますが、ババ抜きのババのような扱いを受けて勤務先をかえながら、うやむやになっていたようです。

 教師の暴力がなにかと問題になる社会でもそんな状態です。
 直接教師が手を振り上げないような事例もいろいろとあるでしょう。

 体罰は愛のムチです、生徒のためを思うならば殴ってもいいですよ、生徒を愛しているならば、積極的に殴りなさい、とでもいうのでしょうか。
 いったいどんな条令を作りたいというのでしょうか。

       人気blogランキングへ

民主主義June 20, 2008 12:02 am

 気になっていたことですが、15日のゲンダイネットがうまくまとめてくれてましたね。

洪水のような報道で得したヤツら」です。

 秋葉原17人殺傷事件が大きく報道される中で目立たなかった重要なニュースの指摘です。

 ただ、注目したところが少しばかりずれて、私が気になったのは次の3点。

【沖縄県議選で与党が過半数割れ】 
          ↓
 自民党古賀誠選対委員長 山口2区補選に続いて連敗

【後期高齢者医療制度廃止法案参院可決】  
          ↓
 コイズミ純一郎元首相・桝添厚労相 

【財務省から全中央省庁にまで広がった接待タクシー】

 沖縄県議選のCMで活躍したというハマコーの役立たずぶりは、私にはそれほど大した問題ではありませんでした。だって、ある程度以上の年輩の人にとって、ハマコーこと浜田幸一は、国会議員当時でもその“悪っぷり”が有名だったくらいでしょ?
 誰が今さら、ハマコーがお年寄りのことや福祉のことを本気で考えてる、なんて思うんでしょ!?
 
 テレビタックルで名前を売ったことをかったか、安易に彼をCMに起用した自民党の感覚は、やはり有権者を舐めているのでは?
 ちなみに現在の自民党広報官は野田聖子氏のようです。またこの方を広報局長に就任させたのは古賀誠氏の力ですから、沖縄県議選に関して、二重の意味で古賀誠氏は大きな傷を負ったわけです。

 それでも、何にもできない自民党。。

 それに、やみくもに、歳出削減すればいい、とばかりにこの後期高齢者医療制度の導入を決めたコイズミ純一郎。
 20数年かけての霞ヶ関の一大成果とはいえ、無定見なパフォーマンス男の責任は大きいですし、同じくいろいろとパフォーマンスを気取る桝添厚労相は、とても改善されているとは見えない年金問題も含め、一向に責任を取る気配は見せません。

 さて、昨日見つけた言論NPOアンケート結果
 
 6月6~14日の企業経営者、学者、新聞記者など200人を対象にしたものらしく、いかにも良識的な結果が出ているのですが、それでもどこか違和感を覚えます。

「政治は責任を果たしているか」の問にYesと答えた人はわずか2%。

“課題には取り組むも答えを先送りし、責任は十分果たしていない”と“課題に取り組みもせず責任はまったく果たしていない”という批判意見が94%を占めています。

 こうした政治の惨状の原因を、「民主党が政権交代や選挙を最優先していることで、政治が権力争いに終始していること」と「福田政権にビジョンやリーダーシップが欠如していること」とあげたのがそれぞれ36%、35%で最も多く、これまた「いかにも」な回答。

  戦後60有余年、ほんの一時期を例外として政権を取り続けてきた自民党が、霞ヶ関官僚と手に手を取り合って澱んだ水をさらに濁らせ腐敗させてきたことを考 えれば、政権交代を唱えるのは至極当然ですし、2005年9月11日の総選挙のデタラメさを思い出せば、選挙を最優先するのも有権者の気持を代弁している ともいえる、ということはさておいて、日本の政治のポピュリズム性についての回答を見ます。

 すると、「非常に問題だ」「本質的な問題ではない」の差はさておき、現在の日本の政治がポピュリズムに流れている、と捉えているのは83%にのぼります。

 で、問題はその原因。

「政治家が増税などの国民負担の問題に触れようとしないから」という回答が最も多い40%を占めているのです。

 う~ん、「国民負担の問題」とは!
 政権は消費税増税に向けて着々と外堀を埋め、このアンケートに回答を寄せた人たちがどういう顔ぶれかまったく分かりませんが、企業経営者はもちろんのこと、学者、ジャーナリストまでそれに協力する人が多い、ということでしょう。

 だいたいこの言論NPOのアンケート自体、こうした設問で処理をしているわけですから、いっしょに消費税増税キャンペーンをしているようなものです。

 なぜ法人税を上げることを問わないの?
 所得税の累進性を高めることは?
 相続税を上げることは?
 それに、宗教法人の課税問題は?

 こうしたことには目を向けず、目を向けさせずに、ひたすら国民負担ですものね。
 真面目で優しい納税者である大多数の国民は、仕方ないなあ、払いたくないけれど、と認めてしまうのでしょうか?

       
        人気blogランキングへ

UncategorizedJune 19, 2008 8:39 pm

今年で80云歳の知り合いのところに来た年金特別便。
 生年月日が明治11年11月11日になっていたとか。
 わたしゃ130歳か?! とぼやくことしきり。

 あああ、なんだか今の日本の政治を象徴するような話しです。
 
 ひとつの命がいつ生まれたかなんて気にしない、気にしない。
 つじつま合わなくてもどうでもいい。

 とにかく、最初に消費税上げありき。なにがなんでも増税だ。
 理由は何でもつけておけ。幸い、高齢化社会、という言葉に国民はすっかり馴染んでいるし。
 福祉は金がかかることを教えてやるんだ、

 とでも言い出しそうな勢い。

 今朝の毎日第1面に「消費税上げ不可避 福田首相 決断の時期認識」の見出しが踊ってます。
 

日本は有数の高齢化社会だ。その国が5%でやっているから、これだけ財政赤字を背負っているとも言える。その辺のところを決断しなければいけないという、とても大事な時期だ。
                                                                                                                          
 消費税が5%しかないから、財政赤字なの?

 2006年6月22日の経済財政諮問会議で、
 

歳出をどんどん切り詰めていけば『やめてほしい』 という声が出てくる。増税してもいいから必要な施策をやってくれ、という状況になるまで、歳出を徹底的にカットしないといけない。
 
   といったのは当時のコイズミ純一郎首相。                                                                                                                
 で、この通りに動いてきてますね。

 昨日16日の朝日には「どうする年金 3社で座談会 朝日・読売保険料VS税方式日経」の記事が。司会があの白石真澄関西大教授ですから、これはかなり怪しいかもしれません。
 政権と自民党の外部広報パーソンとして、きっと、この白石センセーは、便利な存在なのでしょう。
 
 で、せっかく「VS」を使って二つの方式を主張する立場を対比させたのですが、消費税増税を当然のこととして、これを前提に話を進めているところは、両陣営ともかわりありません。

日経;
 基本は、基礎年金の財源を、社会保険料から消費税に置き換えるということ。
 企業の保険料負担は軽減される一方、消費税負担で家計の負担が上がる面はあるが、マクロ的に見た国民負担に増減は生じない。

読売;
 現行の月額6漫千円レベルまでの年金を税で賄おうとすれば、消費税を大幅に上げる必要がある。

朝日;
 我々も、税方式を検討し、やるなら日経案しかないなと考えました。
             

                                                                                   

 日経の「企業の負担は軽減され、家計の負担は上がる。しかしマクロ的に見た国民負担に増減は生じない」という主張に頷けますか?

 経済を扱う人というのはこういう発想をするのか! と衝撃を受けたこの発言に、私はどうしても納得できません。

 もちろん、私はずぶの素人。マクロだ、ミクロだ、と言われると一瞬とまどいます。
 でも、ちょっと考えれば、マクロ的、つまり巨視的に見たら、企業負担が減り、家計負担が増えても、国民が負担していることには変わりませんよ、なんてよく言えたものだ、と呆れを通り越して怒りを覚えます。

 マクロ的に見たら、日本の社会に格差が広がっていることなど見えないのではないでしょうか。


 こちらにある国連大学の研究機関である世界開発経済研究所の2006年12月5日に発表された世界の富の配分・分散のレポートによると、

 世界の成人人口家計全体の富の分散を、預貯金や不動産価格から、負債を引いたものを“富”とした場合、

 成人一人当たりの富の世界平均はUS$20,500……で、

・$144,000 in USA
・$181,000 in Japan
・$1,400 in Indonesia
・$1,100 in India

  となって、日本が世界一だそうです。ただし、この数字は2000年のものですから、あれから中国やインドが富を貯え、日本は逆転されている可能性は大いにありですが。

 で、2000年当時でも、成人一人あたりの富が世界で一番、といったところで、私たち一人ひとりが世界で一番豊かだったわけではありませんよね。
 
 さて、今日のNHKニュースで見た先述の首相の言葉。「……とても大事な時期だ」の後にはこんな言葉が続いてました。

国民世論がどう反応するか一生懸命考えている。

 

 下手な考え休みに似たり、と昔からいうではないですか。
 どう反応するか、ああでもない、こうでもない、と迷わずに、有権者に意見を求めればいいのです。

 だいたい3年近く前、参院の否決をみて衆院を解散し、「郵政民営化、賛成か反対か」で総選挙をしたのです。消費税増税のような大事なことを、国民に問わずにどうするつもりですか。

 今回は、ただ消費税を上げるの上げないの、の問題ではありません。

 今回の朝日・読売・日経の対談に見られるように、現在の法人税・所得税・相続税などのありようには目をつむり、ただ消費税に焦点を当てる方向にのみ世論をもっていこうとしている政府とそれに協力するメディアの姿勢を見れば、消費税の問題は、同時に、法人税、所得税、相続税など私たちの国の税制の問題だ、とわかるではないですか。税は、政治の基本の「き」。

 消費税を上げるのか上げないのか、いっそのこと廃止か?
 法人税は? 所得税の累進制は? 相続税は?
 まさにこれこそ総選挙にふさわしいテーマではないですか!

    
        人気blogランキングへ

 7月12日の築地市場移転反対デモが盛り上がってほしい。

 こんな風だったらいいなあ。こんなのもあるけれど、子どもも参加できる様に準備が進められています。デモ当日は、プラカードなど持ち寄って楽しく参加しましょう、とのことです。