食品偽装で日本中が揺れています。
 おまけに農水省から最終消費者の手に渡るまで事故米は業者の間で転売が重ねられ、その都度価格は何倍にもなって、それぞれの業者はうま味を分け合っている、という構図。

 事故米と言って売った、いや、知らないで買った、と罪のなすり合いをしている業者を見ると、何を今さら、どっちみち、みんな知っていたんでしょっ! 暗黙の了解っていうやつでしょっ!、と怒りたくなります。

 おそらく、もう、長い年月の間に農水省も事故米の行方を承知していて、転売を重ねた業者も分かっていて、知らないのは末端の消費者だけだったのでしょう。
 当事者であれば、そんなこと分かるものではないでしょうか。

 工業用に回す量を大幅に上まわって輸入し、食用に流通させて暴利を貪る(と私は疑っていますが)、なんて誰が思いついたことやら。

 いったい農水省は何の目的で事故米の食用転売に見て見ぬふりをしていたのでしょうか? と考えたら、きっとそこにも利権構造が横たわっているはず。

 さらに農水相の暴言が伝えられて、混乱に拍車をかけています。大臣職について、1、2か月の間にこれだけ多くの暴言を吐きだす大臣もめずらしい。

 で、今回の食品安全の危機を報じるニュースを見ていると、どこか既視感に囚われます。
 60年代末~70年代にかけて日本中(の親)を揺るがした食品添加物等の食品公害です。

 町のスーパーや商店に並ぶ商品が有毒の添加物まみれかもしれない、と恐れ、世の中の多くの親たちが子どもたちに、家族に何を食べさせようか、と頭を抱えました。
 細かいこといってたら食べるものがないじゃない、もう気にしないことにする、などと度胸のある言い方をする方もいたりしましたが、多かれ少なかれ、私の周囲ではみなさん気にしてました。

 結局、一つの食品に片寄らずに、なるべく他種類の食品を少量ずつ食べてリスク分散をする、という線に落ち着いてそのまま今日まできたわけです。

 当時、手作りも流行りました。パン作りを私が覚えたのも、ちょうどその頃。

 何年か前に週刊金曜日が出した『食べてはいけない』という本が話題になりましたが、あの本を手にしたとき、なんだ、こんなこと、もっと前から言われていたじゃない、と思ったものです。

 でも、あれはダメ、これもダメ、それならイイ、と子どもたちに言うしんどさ、人格形成への悪影響などまで考えると、親の悩みは限りなし、といったところでした。

 豆腐にまでAF2という防腐剤が加えられていて、AF2には発ガン性がある、と問題になったときは、さっそく某食品メーカー売り出す豆腐の手作りキットを買いに行きました。
 豆腐に限らず、ご近所の仲良しさんたちと時々集まってはさまざまな加工品を作ったのもその頃のこと。

 そんな食品公害狂騒曲も、いつの間にかなりを潜め、子どもたちも大きくなり、良い食べ物悪い食べ物では通用しなくなりました。でも、時々思い出しては、漠然と、解決したわけじゃないのよね、以前よりももっと巧妙になっただけかもしれない、と感じていました。

 偽装といえば、キャビアじゃないキャビアもどき、カニの入っていないカニかま等々もありました。
  その昔、マンガ『まっぴら君』で、今でいうホームレスの男性がたくわんに何かを混ぜて数の子だ、と人に食べさせる話しがあって、たくわんに何かを混ぜると 数の子みたいになるの? と疑問に思ったり、子ども心に妙に感心したりしたことがありました。あれはきっと、たくわんの噛みごたえから数の子の歯ごたえを 作者が連想したのでしょう。まあ、そんなものご愛敬。
 今でも正月準備をするときにこの話を思い出して、ひとりで笑っています。 

 しかし、キロ当たり5円とかいう事故米も、転売を数回すれば10倍の50円になる。そこに目を付けて大もうけをする、なんてすごい商売ではないですか。
 ライス・ロンダリングともいえそうです。

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