前北九州市長末吉興一氏が内閣官房参与に就任したと報道されたのは先週のこと。
テレビ画面には終始満面の笑みを浮かべた顔が映り、氏の喜びをよく伝えてました。
何の業か、権力を失うことがそれほど嫌だったの? と呆れるほど、権力にしがみつきますねえ。
なんでも、気心しれたアソウ太郎氏の知恵袋になって「まちづくり、地域経営担当」をし、地方再生のために知恵を絞るのだとか。
先の見えた政権で何するのか、と一瞬思ったのですが、もしかしたら選挙用?
きっと2人は、20年の間、肝胆相照らして、とりわけ選挙の時は助け合ってきたでしょうから。
で、江田けんじさんに言わせれば、
「 …… 三位一体改革でも、3兆円の税源移譲は自分の功績だと麻生氏は自画自賛していたが、これも竹中経済財政担当大臣をはじめとした官邸主導だろう。総 務大臣 としての実績をいうなら5兆円規模の地方交付税のぶった切りで地方を疲弊させたぐらいではないか。地方の格差をいうなら、その責任も麻生氏にある……」。
で、一方アソウ氏は、
「私はこれまで地方自治に関して迷った時など、たびたび(末吉氏の)意見を聞いてきた」
と末吉氏の著書への寄稿で書いたらしいのですが、建物は作ったけれど、施設は作ったけれど、と市の事業のあっちでもっこっちでも赤字を積み上げて、とどのつまりは生活保護行政の誤りでの餓死事件があったりして、いったい何を再生するのだろうか、と疑問。
この末吉氏とかあの渡部昇一先生とかがアソウ首相のブレーンでは、とうていはなゆーさん所で知った例のCIAの極秘ファイルには対処できないでしょうし、歯切れ良いだけの発言をみていると、強いものには弱く、弱いものに強いような人でしょうし。
友人から回ってきた『週刊文春』の連載で、林真理子氏がアソウ氏の飯塚の本家に言及してました(10月9日号)。
「……その広いこと、立派なことといったらない。廊下の交差するところに立ち、左右を見ると五十メートルぐらいあった。また身体の向きを九十度変えても左右五十メートルぐらい。
……歴史的にも価値がある、炭鉱華やかなりし頃の大豪邸である」
とかなんとか。
逆の、そして真の意味で、汗と涙と血の結晶が、この大豪邸でしょう。
「……若い頃の麻生さんは、かなりハンサムでカッコいい。あれではモテるわけだ」
と林氏は、大金持ちでハンサムな若き日のタロウ氏に想いを馳せてますが、私が思いだしたのは、帚木蓬生(ははきぎほうせい)さんの『三たびの海峡』。
帯のことば。
「……ナショナリズムの耐えられない軽さに悩む日本人に捧ぐ―。
一度めは暗い船底に詰め込まれ、半死半生で連行された。
二度めは日本人の女と夜影に紛れて密航した。
そして三度め――九州から釜山に届いた一通の手紙が、老境の男に朝鮮海峡を越えさせた。
数十年を経ても拭い去れぬ痛恨の思いとは何なのか。
朝鮮半島の側から、日本人の手で描かれた、限りなく熱い復讐物語」
最後の壮絶な死の場面に息をのみ、頭がクラクラするような気分を味わったことを思い出します。
強制労働の舞台は《香月駅》から徒歩で行ける《高辻炭鉱》とありますから、いちおうモデルと考えられるのは《貝島の大辻炭鉱》と思われます。
地方財閥の筑豊御三家とは、麻生家にこの貝島家、安川家です。
麻生炭鉱も、この貝島炭鉱と同様な状態だったでしょう。
「ボタ山は資本家どもの排泄物だよ」
と連れが言えば、
「でも、ボタ山自身に罪はありません」
「ボタ山は坑夫たちの苦労が形になったものです。あれだけの山を築くのに、何万、何十万という坑夫が働き続けたか、ぼくには想像できます」
と主人公が応える。さらに、
「そう、ボタ山はだまし絵のようなものだ、と私は内心で思った。その人が見たいものがボタ山に映し出される。ある者は富と力を、ある者は苦労を、ある者は自然と闘う人間の力を」
と続くわけですが、広壮で豪勢な麻生本家も、いってみればボタ山の裏返しで、だまし絵のようなものかもしれません。
林真理子氏は富と力を、若き日の格好良かったというアソウ太郎を思い、話しを読んだ私は、汗と涙と血を思う。
そんな強制労働と血なまぐさい匂いさえする麻生家が、戦後もだいぶ経って、さらにアフリカのダイヤモンドにまで手を出していたとは。
いやはや、なんとも生臭い人たちです。
