とむ丸の夢

民主主義October 31, 2008 3:46 pm

なんだか気持ち悪いなあ。

 アソウ太郎邸を連れだって見に行こうとしただけで3人も逮捕されたりして。

 逮捕翌日にはフリーター全般労働組合事務所で開かれた記者会見には40名ほどのマスコミ記者が参加したというのに、「無届けデモ」「公務執行妨害」という警察側言い分が、どこのメディアでもそのまま記事になってました。

 すっごく、気持ち悪い。

 ゲンダイネットまで、

 いよいよヒトラー登場の時代に酷似

  解散もできず、ドン詰まりの麻生首相だが、見過ごした ままでは危険だ。中身はないのにヘンに自信過剰で威張っているし、アキバで「若者は暗い顔するな」などと演説したように若者やオタクを扇動するのが好き だ。大衆を鼓舞し「強い日本」を力説するその姿は、どことなくナチス・ドイツのヒトラーを想起させる。あらためて気づかなければならないのは、ヒトラーの 台頭を許した時代背景が、現在と恐ろしく酷似していることだ。80年前の米国を震源とする世界大恐慌で、世界各国の経済が連鎖破綻し、企業はバタバタと倒 産、街には失業者があふれ、国民の不満が充満、社会は荒廃した。そんな時代にはヒトラーのような威勢がいいだけの扇動家が大衆に支持される。今、日本の麻 生首相もそれを真似た面がある。非常に心配だ……

 と、昨日30日は、いつもとトーンがちょっと違いました。

 で、新党大地の鈴木宗男氏が、30日の逮捕について質問主意書を提出していたようです。

麻生太郎内閣総理大臣の自宅を見に行こうとしたデモ隊の逮捕勾留に関する質問主意書」です。

 
 鈴木宗男さんの質問主意書への答弁に注目したいですね。

 
 
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Uncategorized, 政治屋October 30, 2008 3:45 pm

こういう発想はどこから出てくるのか、ちょっと分からない、政府と自民党と公明党が合意した“皆さんにお金を配りましょう”という政策。

「定額減税」とか「給付方式」とか、ご大層な名前が付いてますが、政策とはとても言えません。

 いつから日本の政府は慈善団体になったんでしょう? 
 慈善が必要にならないように、しっかりした政治が必要よね。

 おまけに自動料金収受システム(ETC)をつけた車に限り、休日(土日祝日)に1回1000円で“好きなだけ走りなさい”という割引サービスも始めるのだとか。

 もう、完全に、ローマ帝国の「パンとサーカス」の政治のレベルです。

 ローマよりもっとひどいのは、皇帝や貴族といった大金持ちが自分の責任で、つまり自分の財産を使ってパンとサーカスを提供したローマ対して、今回の政府・自民・公明は、自分の懐はまったく痛めることなく、国民から集めた税金で提供すること。

 人気取りに配るパンとサーカス用のクーポン券の代金は、後から消費税で払え!! ということでしょうね。

 そしてここに来てまた、例のあの人が。

 この“定額減税”とやらの古典的人気とり政策について、

「少しでも税負担が軽減されれば、地方の暮らしは楽になることが期待できる」

 と評価した東国原知事が、公明党の選挙用宣伝DVDに出演しているという話し。

 政治や地方自治を勉強したとかいうのも、このレベルですか? 
 
 で、合意する方もする方ですが、この手の景気対策がいつも公明党から出てくるのはなぜでしょう? 

 10年ほど前の地域振興券は教訓になっていないのでしょうか?

 もともと98年の参議院選挙で公明党が、「1人あたり3万円の商品券配布」と公約にしたものらしいのですが、信者からもれなく一定以上のお金を集める《財務》の逆発想の気がしないでもないですね。
 
 昭和30年代半ば、(ほとんど惰性だったかもしれませんが)日本中の子供たちをテレビの前に釘付けにした「ポパイ」で、オリーブが大統領選に立候補したことを思い出しました。
 オリーブはあの夢みるような目つきの高~い声で、(大統領になれば)「女性には絹のストッキングを!」配ります、と公約に掲げたのです。

 当時すでにナイロン・ストッキングが世を制していた時代ですが、かつて絹の靴下は女性の憧れだったのか、と納得しながらも、子ども心に馬鹿で素っ頓狂な公約だ、と思ったものです。
(でも、妙に生々しく目に映り、今だにこの画面を覚えているのです)。

“ローマのパンとサーカス”か、あるいは“オリーブの絹のストッキング”か。

 まあ、せいぜいそんなレベルの話しだと思うのですが、現実に政権が政策として採用してしまうところがなんともいかがわしい話しですね。

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つぶやきOctober 27, 2008 3:44 pm

28日の朝日の衆院の解散・総選挙の時期についての世論調査。

早く実施すべきだ 33%
急ぐ必要はない  57%

* 福田前首相の辞任表明直後の調査(9月2、3日)では「早く」が 56%、「急ぐ必要はない」が33%だったが、状況が逆転した。

 自民支持層: 早く 16%  急ぐ必要はない 78%  (9月調査で46%対47%)

 民主支持層: 早く 64%  急ぐ必要はない 34%

 無党派層:   早く 33%  急ぐ必要ない  53%

 

 金融危機への対応で麻生首相に期待するかどうか

 期待する 52%  期待しない 40%

 内閣不支持層の27%、民主支持層の36%が「期待する」

「期待する」層では、総選挙について: 早く 21% 急ぐ必要はない72%

「期待しない」層では、         : 早く 51% 急ぐ必要ない42% 

 

 経済対策をしなければならない、選挙をしている暇などない、と主張する麻生政権と自民党に騙される人が意外と多いですね。

 これまでさんざん騙されてきたのに。他人を騙そうとすることなど露ほども思わない人が多いのかもしれません。自分が騙そうとは思わないから、相手もそうだと思うのかな。

 人を疑ってはいけません、という道徳がよく浸透しているのかもしれません。

 善男善女が多すぎる。やっぱり真面目なのかな。

 なんだか振り込め詐欺が横行しているのと一脈通じるような。。

 

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Uncategorized, 政治屋 3:43 pm

麻生首相の自宅を見に行こうとして逮捕とは。

 私も、野次馬根性丸出しで、東京近辺にいたら見に行きたいな、と思っていたのですが。

 逮捕は計画どおりなんでしょうね、誰でもいいからとにかく先頭にいるものを逮捕しろ、とか?

 無届けデモとか公務執行妨害とか、言いがかりみたいなものですものね。

 動画で大きく登場し、逮捕、逮捕、と何度も叫ぶ私服の現場指揮官の姿も尋常ではありません。

 で、この逮捕騒動の後、アソウ首相は秋葉原へ。

 下がる一方の支持率、
 早く解散しろ、という巷の声、公明党の視線、

 九州新幹線に欠陥品と承知しながらパネル材料を納入した身内企業、

 手に負えない経済問題、

 それに顔も引きつる株価下落。

 292,725+32,320+22,503+12,850=360,398 と、家族4人であわせて約36万株所有する株式の含み損も気がかりなことだろうと推察致します。

 そんなこんなで、頭の痛い時期、せめてもの慰めが秋葉原のマンガ同士たちなのでしょうか。

 でも、「アキバはいつまでもてめーの味方ぢゃねーぞ」と、そこも、天国とはいかなかったようですね。

 その上、

「大変な事態だ。麻生太郎首相は秋葉原で演説している場合ではない。他にもっとやることがあると思う。マンガとオタクだけで経済が持ち直すわけがない」

 と怒り心頭の証券会社ベテラン社員(27日産経web)。
 
 やっぱり“勘違い総理”です。

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UncategorizedOctober 25, 2008 3:41 pm

今日の朝日朝刊。

 フランスで、サルコジ大統領とロワイヤル社会党党首の「呪いの人形」が売りに出されて大評判らしい。
 フランスamazonにもこの人形が。

 恨みを持つ人物や敵の人形に針を刺して呪いをかけるアフリカの風習から着想したそうですが、日本にも丑の刻詣りという同じようなものがありましたね。
 
 フランスにも黒魔術などというものが。
 ルイ15世の寵愛を失ったポンパドール夫人も試みたとか何とか、渋沢龍彦あたりが書いてなかったでしょうか? 相手はマダム・タッソーの蝋人形館に眠れる姿をとどめているデユ・バリ夫人だったかな?

 この20cmの布人形には主な発言や政策、エピソードが書き込まれて、気に入らないところに針を刺す、というもので、ご丁寧に、伝記まで付録についているそうです。

 サルコジ大統領はカンカンで、逆にロワイヤル氏はおもしろがっているとか。

 大統領側が回収するように求めても、発売元は「冗談なのに目くじらを立てるな」と無視を決め込んでいるとか。

 洋の東西(これに南北も入れたいですが)問わず、人間の恨み辛みには怖いものがありますね。
 売り切れ続出と言いますから、フランスでも政治に対する不満が鬱積しているのかもしれません。

 日本でこれをやったら、失言・暴言が多すぎる首相などは20cmの大きさでは足りないかも。
(いや、サルコジ氏も相当なのもだろうから、それでも20cmですんでるよ、という声もあがるかも)。

 でも、政治への不満と不信が大きすぎて、収拾が困難になり、さっそく新しい法律ができあがって、製造販売の自粛もしくは禁止なんてことになってしまうおそれも。

 まあ、そんな物騒な話しはそのくらいにして、3面の社説の横にはこのところ続いている「経済危機の行方 世界は」シリーズ、「規制緩和と金融工学が元凶」。
 
 本棚に並ぶ分厚いハードカバーの背表紙によくその名を見たサミュエルソン氏が登場。

 今回の危機は避けられたはずだ、ブッシュ大統領がクリントン前大統領から引き継いだときは財政は黒字だったから、と断言しています。

 これについてはデモクラシー・ナウでトーマス・フランクさんも言及しています。
 拙記事「民営化は恒久政権の試み&保守が赤字を積み上げた」「地方自治体の破綻は三位一体の改革で仕組まれたのでは?」をご覧下さい。

 保守が赤字を積み上げてきたのに対してリベラルは赤字をとても効果的に使ってきた、とはフランクさんの指摘ですが、サミュエルソン氏もルーズベルト大統領の例をあげて同様のことを述べています。

 ブッシュ大統領は「思いやり保守主義」を掲げて当選したが、この思いやりは「億万長者への思いやり」だった点にも言及。

 西のブッシュに東のコイズミ純一郎。それに竹中平蔵。

「痛みに耐えろ」とは、「思いやり保守主義」に比べてずいぶんとサディスティックです。

 これは対象となる米国民と日本国民の気質の差とでもいうべきものを睨んでの表現でしょうか。

 う~ん、私たちの社会では「耐える」ことは美徳ですしね。

 介護問題や女性問題にも、その「耐えるという美徳」で対処することを強要されてきたのが私たちの国で、近年にいたって見直されつつありますが、それでもいろいろ揺り戻しがあったりします。

 そんな美徳が逆手にとられて、見事にコイズミ純一郎元首相に騙されてしまった世間。

 あっ、「世間」と言いましたが、これは「有権者」もしくは「納税者」と言い直したいですね。

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Uncategorized, つぶやきOctober 24, 2008 3:20 pm

陶然とした表情で葉巻をくゆらすアソウ総理の姿が話題になってますが、そりゃあ、おじいちゃんがやってましたもの、していて不思議はないですね。

 ただ吉田茂の場合は単なる嗜好品として口の横端にくわえられている感じで、目は別なものを見据えていたように記憶しています。昔目にした写真ですが。

 そういえば、かのウィストン・チャーチルも葉巻愛好家でしたね。
 吉田茂とチャーチル。たった4歳違いのふたりは、よく見かける写真もおなじような老年期のもので、同じように葉巻を手にしてましたっけ。

 チャーチルはことに戦時中のイギリスで、吉田は戦後の日本で、大きな働きをしたことになってます。
 しかもチャーチルは『第2次大戦回顧録』という大作もものにしてノーベル文学賞をとってますね。 

 まあ、チャーチルはむろんのこと、敬愛する祖父にもとても及びそうもないけれど、せめて形からでも真似したい孫の気持ち。

 まるで逃げ水のように、焦れば焦るほど選挙が遠のくのと同様に、憧れれば憧れるほど、己の無力を実感する。
 
 祖父と向かい合うにも、自分の力の無さを直視できないので、目覚めたまま夢を見ているかのごとく、遠い目をしておじいちゃんを偲ぶより他ない。

 確かに祖父と同じく日本国総理大臣に就任したけれど、それ以外はせいぜい、葉巻をくゆらすぐらいしか真似できない、というところでしょうか。

 
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政治屋October 23, 2008 3:19 pm

アソウ首相、橋下府知事、東国原県知事。

 この3人が相次いで話題に上ったここ数日のニュース。

 毎日、高給レストラン、料亭、ホテルのバーで夜の会合を続け、「庶民の感覚と懸け離れているのでは」という記者団の質問に、「(記者や警官に囲まれて)安いところに行って営業妨害と言われたら何と答える」「今聞いてんだよ。答えろ」と逆切れした方。

 テレビで懲戒請求を呼びかけた件で敗訴し、「弁護士資格を返上しては」と言われて「朝日新聞は廃業しろ、首を切れ」とまじ切れした方。

 衆院選宮崎1区での立候補を巡って煮え切らない態度を続け、「複数の県議が『すでにオオカミ少年状態』と断じているのも事実だ」「知事も含めた一連の迷走と混乱が有権者に印象づけたのは、『政治家』の言葉の軽さだけだった」等と朝日に書かれて、やっぱり切れた方。

 どうもこの3人、よく似ています。

 いずれもちやほやもてはやされてきたせいか、批判されると屁理屈をつけてやたらと怒る。

 偉い! と拍手されないと不満で、思い通りにならないと、自制できずに爆発する。

 やっと首相になれて、なってしまえばこちらのもん的なアソウ氏も、あとのおふたりも、なにか民主主義国家のリーダーとして致命的なほど、大事なものが欠落していると思う。

 また2人の知事が、ほとんど時を同じくして朝日新聞という同一の新聞を攻撃していることも、偶然ではありません。

 私の気づいた範囲ですが、特に90年代後半から、朝日、毎日の2紙に対するキャンペーンが右派の側から繰り広げられてきました。
「日本を守る国民会議」と「日本を守る会」のふたつが「日本会議」という名で統合された頃にあたります。

 実はちょうどその頃、知り合いの高校生がいきなり、熱に浮かされたように歴史問題を唱え始めたのです。それも、ひとりではありません。

 彼等は口々に言いました。

 日本でいちばんいい新聞は産経新聞だ。次に読売。両方とも歴史の問題をすぐわかった。朝日と毎日にも働きかけるけど、ふたつともどうしても聞かないんだ……

 という風に、高校生たちは理解してました。歴史好きの、進学校の生徒たちでしたが。

 で、ここでいう歴史の問題とは、いわゆる先の大戦の評価に関わる、というよりも、ずばり言えば、従軍慰安婦や強制連行のことです。

 高校生たちは小林よしのり氏の『戦争論』に触発されて正義感をつのらせた上に、さらに月刊誌にも目を通し、とりわけ朝日が酷い! と憤るわけです。

 みな現在では社会の一線で活躍していると思いますが、時々私は、今もこの考えに変わりはないですか? とこっそり心の中で尋ねています。

 あの感受性の鋭い時期に出会った、それまでの価値観を180°転換させた囁きはよほど強烈だったようですが、なにしろ思考も経験もまだまだ浅いお年頃。
 高校生の主張はまったく『戦争論』とその他の月刊誌の受け売り以外の何ものでもありませんでした。

 あっ、十代ばかりか、後に出会った年輩の方、すでに年金生活に入られている方も、やはり、日本会議の機関誌『日本の息吹』の受け売り以外の何ものでもない意見で気を吐いてましたが。
 
 で、もちろん朝日新聞については、他の新聞と同様に「マスゴミ」と呼ばれても仕方ないような面もありまして、特に2005年の総選挙の際には私も大いに失望したわけですが、高校生たちが非難したのはもちろん、そうした問題に対してではありません。

 橋下・東国原両氏の朝日への怨念にも似た感情、激情ぶりは、おそらく私が経験した高校生たちの延長線上にあるものだと思います。

 しかし、仮にも大きな自治体の首長として民主主義国家のリーダーの一環をなしている方たちがとる態度ではありません。

 そういえば、日本会議に統合後の問題のキャンペーンでは、民主主義は否定されていたのではないでしょうか。

 上で述べた高校生たちは、民主主義ではダメだ、衆愚政治だから、と言いながら、ほんとうに英明なエリートが政治を司るべきだ、と言ってましたから。

 もちろん、そんな高校生たちは、自分たちもそのエリートの仲間入りをするのだ、と思っていたことでしょう。

 でも、ほんとうに英明かどうか、誰が判断するのでしょうかね。
  
 で、これはどう考えても矛盾するのではないかと思うのですが、橋下・東国原の両氏は明らかに民主主義の下で選ばれたリーダーです。(あえて、衆愚政治の下で選ばれた、とは申しません)。

 アソウ太郎氏は、そうした民主主義を否定するに疑問を呈する勢力が待望してきた首相でした。

 この方の最近の上機嫌ぶりをみると、首相になりさえすればいい、と思ってきたのではないかしら、と感じられます。

 首相になりさえすれば、ブレーン官僚がいいようにこの国を運営してくれる、と。
 後はグルメ三昧、マンガ三昧? とまでは申しませんが。

     
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政治屋October 20, 2008 3:16 pm

あれだけの大金持ちに生まれて、坊ちゃん育ちで、なぜあんな風貌? と時々考え込ませるアソウ太郎氏。

 政治家の顔としか考えられないような顔もありますが、“政治家の顔”だけでは説明のつかないのがアソウ氏の顔。

 政治家の顔プラス・アルファ つまり政治家の顔+α+β=アソウ太郎の顔

 +α は、アベ・フクダのそれぞれの内閣で幹事長を務めてるやいなや、早々に内閣が崩壊に至ったことと関係あるのではないかしら。

「踏襲」を「ふしゅう」と読んだりマンガ・オタクだったりで、コイズミ・アベ内閣で外務大臣をしたときは、外交の師範はゴルゴ十三じゃないか、などと馬鹿にされたりからかわれてきましたが。

 この方、かなりな策士ではないかな?
 
 地元の飯塚に選挙事務所を開いたという話しですが、本気かしら?

 事務所を設置しただけではよく分からないのじゃないかしら。

 と思っていると、17日の西日本新聞では、

「現在、人の出入りはなく“空き家状態”で、「事務所開き」は解散が濃厚になってから行う予定」

 とあります。

 だいたい、大金持ちのアソウ氏にしてみれば、飯塚で事務所を設置したり借りたりしたところでたかが知れてるでしょうし。
 人手でも何でも、いざとなったら、どうにでもなりそうだし。

 事務所設置は陽動作戦? とも疑ってしまいそう。
 
 権謀術数に鍛えられてきた欧州をはじめとする外交相手国には、はなはだ弱いくせに、国内政治では手練手管で裏にも手を回し、汚い手を存分に使っても平気の平左、という気がします。

 坊ちゃん人形がそのまま首相になった感のあったアベ氏に比べると、このアソウ氏は本人そのものが策を弄する人間かもしれない。

 で、+βは、アフリカ、シエラレオネまでダイヤを掘りに行った父・太賀吉と叔父・典太というふたりのヤマ師の血。

 今、アソウ太郎氏は、日本国という大きな山を手中にして、シエラレオネ・ダイヤどころではないでしょう?

 ううう~ん、手離すかな、この山を。

 

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UncategorizedOctober 18, 2008 3:14 pm

まるで熱病にかかったように、民間にできることは民間で! の合い言葉を口々に唱えて投票場に人がなだれ込んでからもう3年。
 あの時、郵便局の 民営化がいいのかどうか、わから~ん、と年寄りは困り顔で知り合い同士互いに訴えてましたが、コイズミ純一郎氏に同調したもの同士、互いを求め、民営化賛 成の意思を確認するかようにしゃべり合っていた光景は、私の周囲ではどちらかというと若い人に見られました。

 だって、民間にできることは民間に、ってみんな言ってますよ、とか私も言われましたっけ。
 右を向いても左を向いても、新聞読んでもテレビを見てもラジオを聴いても、ミンエー化一色。
 民営化病は、まるでゲリラ豪雨でした。

 私はどうして民営化に反対だったのか、というと、民営化そのものについては正直言ってよく分かりませんでした。でも、コイズミ純一郎という政治家がどうしても好きになれなかった。信用する気にならなかった、といっていい。

 米百俵の逸話を話すあたりも、なんだかスタイル先行で、“巧言令色少なし仁”の輩のように映りましたし、年金未納問題にいたって、“人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ”のせりふには、なにおかいわんや、でした。

 ついでに年金未納問題についていえば、中川昭一現財務大臣が、実に21年間も年金を納めていなかったのには呆れましたね。
 はなから納める気がない。
 年取って記憶力が少々低下しましたが、21年間未納の“21”という数字はしっかり頭にインプットされました。

 民主党の菅氏が四国行きまで追いつめられるのに、いろいろ発言のコイズミ純一郎や21年未納最長記録の中川氏が見のがされているのはなぜ? とわけ分からなかったですね。
 
 まったく、うまく逃れる術を心得ている人たちです。

 あれから、新自由主義の風が吹きすさび、人々のあえぎ声が聞こえてくるのが皆の目にも分かってきて、おまけに金融危機の襲来もあって、明らかに新聞の論調も紙面作りも違ってきましたね。

 昨日17日の朝日。

「資本主義は本質的に不安定」と岩井克人氏の寄稿文の中に、

「近年はいわば、新古典派の考える理想郷を作る壮大な実験がグローバルな規模で行われていたと考えていい。実験の正否を問うテストは、90年代後半のアジア通貨危機あたりからあり、ほころびは見えていたが、今回の危機で実験は破綻した」

 という一節も。

 今日の朝日は、元大蔵相財務官で、プラザ合意、ルーブル合意をふくむ通貨外交を担ったという行天豊夫氏が「欲望と倫理 バランス不可欠」という見出しで寄稿しています。

「冷戦に勝利したあと、ある種のおごりというか、市場が万能だとする新自由主義に基づく『ワシントン・コンセンサス」に覆われてしまった」

 という一文が見えます。

 民営化から民営化見直し。
 この転換点はどの当たりにあるのでしょうか。

 かつて、ヨーロッパはナチズムに、アジアは日本の軍国主義と国体護持運動に覆われたましたが、その時もこれと似たようなものだったのでしょうか。

 つまり、民営化に浮かれて社会の潮流がそこにあると考える人の声が圧倒的に大きく、民営化に反対を唱える人を白眼視していたのが、ある潮目を境に見直しが世の中の主流になる、ということですが。

  もちろん当時の言論統制は現代とは比べものにならないくらいでしょうから、ナチズムや軍国主義・国体護持運動の規模と程度もとても比較にならないかもしれ ませんが、それでも新自由主義の旗を振り、国民への情宣活動に大いに力になったものが、反省もなく今度は見直しの旗を振る。これには、ちょっととまどいを 覚えます。

 で、民営化推進の張本人竹中氏は、とうとう政治から違う方面に興味の対象を移したのでしょうか。

1の努力で10の成果。日本一の学習法、初公開。何を勉強したらいいのか?座標軸に書いてみると、面白いほど今の自分がわかる」というハウツーものの本を出したようです。

 ご自分の今の立場、おもしろいほどわかっているのでしょうか?

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つぶやきOctober 13, 2008 3:11 pm

今日の朝日。
「米は倫理観を取り戻せ」というタイトルで、米国初の金融危機にドーハ銀行CEOのひとことが。

 危機の原因と本質をどう見ているか問われて、

「みんなが失敗した。規制監督当局もだ。欲望に基づくビジネスモデルの失敗だ。これまでの金融の常識を越えて、倫理的な金融のあり方を考えなければならない」

「レバレッジを何回も使って、表面上は資産に基づいているかのように見せても。実際には資産の裏付けのない巨額の証券化商品を流通させるようなやり方に、米国の金融は陥った。そういうやり方をやめることだ。収入の範囲で生活する、という基本に返ることが必要なのだ……」

 最後に再発防止策について問われると、

「倫理的金融の慣行を作ることと並んで、誰かが警笛を鳴らす仕組みを作らねばならない。こうなることはみんなが薄々分かっていたのに、勇気を出して笛を吹く機関やリーダーがいなかった……」
 
 私が「素朴な疑問」や「放蕩を尽くす暴力親分に資金援助とは! それはないでしょ、アソウさん」でど素人の私が感じたことはそうそう的はずれではなかったんだ、とちょっとほっとしながらも、高学歴、高収入、それも度はずれ、桁外れの高収入の専門家たちがはまった心理の罠を考えると、意外にもごくごく簡単なことが根っこにあるようで、驚きます。

“金融工学”などというこちらがちんぷんかんになるようなテクニック遣いの“エリート”たちが、至極当たり前の人たちだったのだ、と改めて思います。

 ロイターのこちらのページには、苦悶の表情を浮かべるトレーダーたちの姿が。

「住宅価格は値上がりし続けるという根強い『土地神話』」が米国にあったらしいのですが、この神話に誰も彼もが縛られ、住宅価格は値上がりし続けてほしい、という希望から身動きできなくなってしまったのかもしれません。

 で、竹中平蔵氏が相変わらずダイヤモンドオンラインで吠えてます。

 7頁もめくらないといけないのか、と少々うんざりしながら読んでみますと、何のことはない、金融のことはとにかく難しいから、日本に必要なのはポールソン長官のような人材だ、としか語ってません。もう、そのことだけ。

 なんだか、自分こそその人材だ、とでも言ってるようで、なんとも後味悪い記事です。

 かつて元郵政民営化担当大臣時代、テレビで、日本郵政は米国の金融機関に出資せよ、といったご自分の見識の無さを少しは反省したのでしょうか。

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