とむ丸の夢

September 21, 2008 1:28 pm

夜も更けてきて2階の私の部屋にはさまざまな虫の鳴き声が聞こえてきますが、今日はとりわけ賑やか。

 びっくりして感激です。
 特に響き渡る声の主はなあに? と調べると、アオマツムシだとか。
 小さな体でこんなに大きな声! 

 いつまでも暑いですね、なんてご近所さんと互いに挨拶をしていますが、確実に秋は来ていますね。

 さて今日は、久しぶりに遠出をして産直巡りをしてきました。

 なにしろ実りの秋です。
 梨、栗、それにイチジク、ブドウの最盛期ですし、おいしい魚も食べたいし、野菜もたっぷり摂りたい、というわけ。

 産直店は、とにかく新鮮で安い!

 野菜や果物は、生産者の名前入りで町のスーパーの半値以下でしょう。 
 魚は、水槽の中で元気に泳ぐ大きなボラが500円、直径20数センチのボールにいっぱいの小アジは200円、ヤズ、バリは350円、カマスなど8匹で200円です。

 ボラ、ヤズ、バリはお刺身とお茶漬け。残りはムニエルその他用に冷凍。小アジなどは腹わたもぜいごも取らずに揚げて南蛮酢漬け。カマスは焼いてほぐして冷凍にしておけば、いつでも利用ができます。

 ありがたいことに、魚料理が大好き・大得意の家人がすべて下ごしらえをしてくれます。

 バリはまたの名をアイゴ
 毒針を持っていますが、漁師さんが水槽から引き上げてはさみで切りとってくれますから心配ありません。
 見た目はお世辞にも美しいとは言えない魚で、この魚を見るたびに私は宮沢賢治が描いた『ヨダカの星』を連想してしまいます。
 でも、身はとてもおいしい。350円で買ったものが、刺身、お茶漬け、ムニエル、と3度も楽しめます。

 家人がいつも「ションベンゴチ」と呼ぶ臭~い小魚は、これまたトレーにいっぱいの20匹ほどで150円。
 匂いにめげずに皮を剥くと、とっても美味しい天ぷらの材料になります。

 小アジは、南蛮漬けばかりでなく干物にもします。
 腹は割かずに口から割り箸を入れてグルッと回し、器用に腹わたを抜き取り、塩水にしばらく浸けて干すのがいつものやり方。 
 
 野菜だって、家庭菜園で小さくて不揃いなものを見慣れている身にとって、立派なできのピーマンやら青菜やらが袋いっぱいに詰まって100円とか120円とかを目にすると、ただただ驚異。

 100円ショップで格安食品を探すことを推奨していた「年収300万円時代を生き抜く」森永卓郎さんに教えてあげたいほどです。

 でも、でもですよ、安いのは確かに助かるのですが……

 今年になって、産直店が扱う商品の中にも値上げをしたものがたくさんあります。それも2割、3割の上げ幅がざら。
 ですが、値上げしたものは加工品ばかりなのです。

 農家の女性たち手作りのもの、地元商店の製造品等々は軒並み値上がりしました。価格は同じものでも、1パック当たりの量や個数が減っています。

 その一方で、野菜そのもの、魚も、値段は去年と変わっていません。

 こんなにたくさんで、こんなに安い、と得した気分で喜びながら、一方ではなんだか申し訳ない気持が疼きます。

 昨年、リタイアした友人が大豆を無農薬で育てて、一夏中虫取りに大わらわだったことを思い出します。それでも、できあがった大豆は、売り物にならない代物。
 もちろん自家用ですからそれでもいいのですし、わが家では少々傷物でも、お裾分けの大豆で美味しい味噌ができました。
 
 そんなこんなで、農作物も、収穫するまでどれだけ手間暇かかり、気配りが大変なことか、と考えると、ほんとうに粗末にできません。

 北海道出身の友人のご主人は、北海道の産物が安く投げ売りされていると胸が痛む、と言われます。

 私が見聞きした専業農家の経済的困窮も、思い出すたびに胸が詰まりそうです。

農業者戸別所得補償法案」本当に実現してほしいな、と思ってますから、今日の「国会傍聴記by下町の太陽宮崎信行」さんの記事はうれしかったですね。

 で、漁業の方はどうなっているのでしょうか、ね。

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September 13, 2008 10:22 am

食品偽装で日本中が揺れています。
 おまけに農水省から最終消費者の手に渡るまで事故米は業者の間で転売が重ねられ、その都度価格は何倍にもなって、それぞれの業者はうま味を分け合っている、という構図。

 事故米と言って売った、いや、知らないで買った、と罪のなすり合いをしている業者を見ると、何を今さら、どっちみち、みんな知っていたんでしょっ! 暗黙の了解っていうやつでしょっ!、と怒りたくなります。

 おそらく、もう、長い年月の間に農水省も事故米の行方を承知していて、転売を重ねた業者も分かっていて、知らないのは末端の消費者だけだったのでしょう。
 当事者であれば、そんなこと分かるものではないでしょうか。

 工業用に回す量を大幅に上まわって輸入し、食用に流通させて暴利を貪る(と私は疑っていますが)、なんて誰が思いついたことやら。

 いったい農水省は何の目的で事故米の食用転売に見て見ぬふりをしていたのでしょうか? と考えたら、きっとそこにも利権構造が横たわっているはず。

 さらに農水相の暴言が伝えられて、混乱に拍車をかけています。大臣職について、1、2か月の間にこれだけ多くの暴言を吐きだす大臣もめずらしい。

 で、今回の食品安全の危機を報じるニュースを見ていると、どこか既視感に囚われます。
 60年代末~70年代にかけて日本中(の親)を揺るがした食品添加物等の食品公害です。

 町のスーパーや商店に並ぶ商品が有毒の添加物まみれかもしれない、と恐れ、世の中の多くの親たちが子どもたちに、家族に何を食べさせようか、と頭を抱えました。
 細かいこといってたら食べるものがないじゃない、もう気にしないことにする、などと度胸のある言い方をする方もいたりしましたが、多かれ少なかれ、私の周囲ではみなさん気にしてました。

 結局、一つの食品に片寄らずに、なるべく他種類の食品を少量ずつ食べてリスク分散をする、という線に落ち着いてそのまま今日まできたわけです。

 当時、手作りも流行りました。パン作りを私が覚えたのも、ちょうどその頃。

 何年か前に週刊金曜日が出した『食べてはいけない』という本が話題になりましたが、あの本を手にしたとき、なんだ、こんなこと、もっと前から言われていたじゃない、と思ったものです。

 でも、あれはダメ、これもダメ、それならイイ、と子どもたちに言うしんどさ、人格形成への悪影響などまで考えると、親の悩みは限りなし、といったところでした。

 豆腐にまでAF2という防腐剤が加えられていて、AF2には発ガン性がある、と問題になったときは、さっそく某食品メーカー売り出す豆腐の手作りキットを買いに行きました。
 豆腐に限らず、ご近所の仲良しさんたちと時々集まってはさまざまな加工品を作ったのもその頃のこと。

 そんな食品公害狂騒曲も、いつの間にかなりを潜め、子どもたちも大きくなり、良い食べ物悪い食べ物では通用しなくなりました。でも、時々思い出しては、漠然と、解決したわけじゃないのよね、以前よりももっと巧妙になっただけかもしれない、と感じていました。

 偽装といえば、キャビアじゃないキャビアもどき、カニの入っていないカニかま等々もありました。
  その昔、マンガ『まっぴら君』で、今でいうホームレスの男性がたくわんに何かを混ぜて数の子だ、と人に食べさせる話しがあって、たくわんに何かを混ぜると 数の子みたいになるの? と疑問に思ったり、子ども心に妙に感心したりしたことがありました。あれはきっと、たくわんの噛みごたえから数の子の歯ごたえを 作者が連想したのでしょう。まあ、そんなものご愛敬。
 今でも正月準備をするときにこの話を思い出して、ひとりで笑っています。 

 しかし、キロ当たり5円とかいう事故米も、転売を数回すれば10倍の50円になる。そこに目を付けて大もうけをする、なんてすごい商売ではないですか。
 ライス・ロンダリングともいえそうです。

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August 7, 2008 3:45 pm

5日の閣議後会見で、太田誠一農相が2007年度の食料自給率が供給熱量ベースで40%となり、前年度比で1ポイント上昇した、とうれしそうに発表しましたね。自給率アップは13年ぶりだそうです。

 それにしても複雑に絡み合った農業問題が何一つ解決されていないのになぜ? と一瞬疑問が頭をよぎったのですが、輸入穀物の高騰の結果米の消費量が増えたせいだ、という説明を聞いて少し納得。

 要は、喜ぶほどのことではない自給率アップということです。
 政府は何もせず、ほったらかしにしていることに変わりないのですから。

 さらに、なあんだ! と思ったのが、こちらの記事

……同日発表された『平成19年度食料需給表』を詳しく読むと、それは四捨五入の結果でしかありません。カロリー自給率は、さまざまな統計データから推計された「国民1人1日当たり供給熱量」で「国産熱量」を割り、それが何%になるか、という数値です。もとのデータで割り算をしてみましょう。すると――

  平成18年度  39.33%
  平成19年度  39.83%

 要するに「小数点以下の差」でしかないのです。株式相場の用語を使って少し欲目に表現したとしても「強含み横ばい」でしかないでしょう。ここ10年余り日本の食料自給率は「40%」を中心に、小数点以下ヒトケタ台の端数処理の範囲内での「横張い状態」なんです。

  という話しです。

 さて、わが家は国産小麦と私手製の天然酵母を使ってパンを焼くのですが、穀類が高騰したというニュースを聞いて家人がすかさず、小麦粉じゃなくて米粉を使ったら、と言い出しました。
 いいえ、米粉は小麦粉よりもけっこう高いのよ、米粉のパンも独特の風味があって美味しいけれどね、と返事をしておきました。

 台所から見ると、お米も色々な使い方があっていい、と思う。でも、小麦粉が高いから米粉、というのはちょっと違うと思う。

  
  ちなみに生協で私が買う国内麦強力粉は、小麦たんぱくのグルテンをオーストラリア産のもので補っているようです。国内麦100%の原料ではふくらみが悪い、といわれます。
 最近は国内麦でも良いものが出始めたという話しもありますが、普段の買い物で購入したことはありません。どこで手に入るのかも知りません。
  
 小麦粉の全生産量のうち国内小麦を原料とするものは10%を少し超えるぐらいで、パンの原料としてはたかだか1%にすぎないのです。
 純国産食文化と思われる讃岐うどんの原料さえも、ほとんどはオーストラリア産ということです。

 国内麦は小粒でばらつきがある等々、外国産に劣るということで製粉業者にも人気がないらしいのですが、その上価格も高い。一方輸入小麦は品質も良く安定していて価格も安い。

 現在、輸入小麦には「マークアップ」と言われる金額が上乗せされて価格が決まっています。そしてこのマークアップ分が、国内の麦生産者に補助金として使われています。
 こちらによると、だいたい輸入価格の35%くらいがそのマークアップ分だそうです。
 農水省は「関税」ではない、といってわざわざマークアップというな言葉を用意したようですが、実態は、まあ、関税。

 そこで、このマークアップを撤廃しろ、それができなければ率を下げろ、と経団連あたりは従来から主張していますし、マークアップがなければ、粉だってパンだってもっと安くなるぞ、という方も大勢いるようです。

 台所から見ても、品質が良くて安ければそれにこしたことはない、とは思うのですが、やはりどこか違う、という感覚が残るわけで、なぜ自分はわざわざ国内麦強力粉を求めるのか、と自問してみました。

  農作物は地産地消が良いと思っている私にとっては日本の農業を大切にしたい、ということですし、小麦についていえば、素人考えながら、品質もまだ改良の余 地があるのではないか、という思いを棄てきれないからです。価格についていえば、大量に安くつくる大規模農法は難しい、という問題は抱えていると思い ます。
 もっとも米国だって、価格が下がれば農家に補助金を交付して競争力をつけるなど、手厚い農業保護政策をしているのです。

 農については食卓の豊かさと効率だけでは割り切れない部分がたくさんあって、たとえば環境保全の面にもっと焦点が当たっていいのではないか、という思いも強いですし。

 今春、コメの主要供給国による輸出規制が相次いだことはまだ記憶に新しいところです。
 輸出規制の理由は、国内価格を安定させて国内供給を確保する、ということのようです。
 どういうことかというと、こちらによると、

…… 輸出国が米の輸出を規制した原因は急激な価格高騰である。世界の米は消費増加やオーストラリアの干ばつによって不足気味であるが、在庫が底をついているわ けではない。ところでほとんどの米の輸出国では国内向けの米価格を安く設定している。したがって何も規制せずに放っておいたら、高く売れる海外に米が全部 流出してしまい、国内向けの米が不足する恐れがある。そこでインド、ベトナムといった米の輸出国の政府が輸出規制をかけたのである。

生産 量の大半が輸出向けの原油と異なり、元々米などの穀物のほとんどは国内消費向けであり、貿易の対象となる量は少ない。このような事情でハイチなどは輸入す る米がなくなったのである。つまり一旦米不足に陥ったら、輸出国と「仲良くしている」かどうかは関係がなく、米は入ってこなくなるのである……

 ということです。

 そういえば、米を買うことができなくなったハイチの庶民が泥を混ぜて作ったクッキーで飢えをしのいでいるという番組を見た記憶があります。それがYouTubeにアップされています。

 
 
 ハイチは、IMFからの融資と引き換えに、自国の農業が崩壊するのを許してしまったようです。
 IMF、世界銀行、そしてWTO。この3つが推進する貿易自由化にあらためて疑問を抱いてしまいます。
 コメで起きたこうした出来事が麦で起きたとしても全然おかしくないかもしれません。

 ただし、先述のマークアップ以外にも拠出金として価格に上乗せされているものがある、という話しがあります。詳しくはこちらへ。

 こうした不透明なお金の動きを排して、さらに私たちの食卓ばかりか環境まで守るために、また一般の都市生活者にとっても魅力ある農村を作って行くために、いまどうすればいいのか、本気で取り組む必要があるのだと思います。

 大田誠一農水相に、それができるかな? というよりも、それをする姿勢が見えるかしら、ということですが。

 グローバリゼーション=新植民地主義。
 途上国が輸出用の換金作物を単一栽培する農業の形そのものも、補助金で競争力をつけて農作物を輸出攻勢する米国流も、世界の食の事情を歪ませているのでしょうね。

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July 31, 2008 3:33 pm

お昼のニュースの後、漫然とつけっぱなしにしていると、画面は「ふるさと一番」とかいう番組に変わり、神奈川県相模原市の築120年になるという養蚕農家の建物を借り受け、蚕を育て繭を紡ぎ、機を織るカナダ人男性が登場しました。

 こうしたものを見ると、私はつい父の生家を思い出してしまいます。
 
 120年までには至らないけれど、築107年のかつての養蚕農家です。

   高窓外観

 外観は2階ですが内部は3層構造で、採光と換気のために高窓が設けられています。
 3階部分の床はすのこ状。この3階と2階が蚕室として使われました。

         屋根裏北側
     
      
            屋根裏西側 
 小屋組は自然木の曲がりがそのまま使われていて、それがかえって美しい。
 
                 高窓2
 
 養蚕をやめてから、もう数十年とは言わないでしょう。

 生きていたら130歳以上になる私の母方の祖母は機織りもして、母たち娘は自分の母親の織る布で着物を作ってもらっていました。

 などと郷愁に浸っているだけではだめですね、日本の農業。

 この家にも農業の後継者は育ちませんでした。子どもは大学を出てサラリーマンになり、そのまた子どもは、虫も殺さぬ都会っ子に育ちました。

 なぜ農業を継がなかったのか、って、やっぱり苦労している親を見て、嫌だったのではないでしょうか。
 この家の主婦は働きものでがんばり屋さんで、年寄りと病人を抱えながら、地を這うようにして夫とともに家を支えてきました。
 昭和30年代の農村はまだそれほど機械化はされてませんから、農作業は大変だったでしょう。
 労多くして報われること少なし、と子どもたちは思ったのかもしれませんし、また日本の社会一般の価値観も、農業に対して好意的だったとはとてもいえなかったと思います。

 そんな中で、農村で生まれ育ちながらも農村を出ていった人たちは、ずいぶん多かったことでしょう。

 高度成長期、農協さまご一行がJALパックのショルダーバッグを肩にかけて世界の観光地に繰り出す姿がよく報じられたものです。
 ターボ車が登場した頃には、サトウサンペイ氏がTURBOをTANBOにかけた4コママンガを新聞に書いて、豊かな生活を謳歌する農村を皮肉ってました。そんなマンガにギョッとして今だに記憶している私ですが、溜飲を下げた人もいたことでしょう。

 圧力団体となって幟を立てた農家が高い生産者米価での買い取りを要求して国会周辺で座り込みをする姿は毎年恒例の光景になってました。都会で生活するサラリーマンたちにとって、そんな農家の姿は苦々しいものに写っていたのかもしれません。

 そうした高度成長期の豊かな農村、日本の歴史が始まって以来、やっと一息ついたような農村の暮らしぶりが、いつのまにかまた違ったものになってきてしまった……荒廃が伝えられ、限界集落が問題になり、農業従事者の減少と食料自給率の危機が叫ばれるようになった世の中。

 何がどうなっているのでしょう? 何がいけなかったのでしょう?

  これについてはまたあした。

     
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July 20, 2008 9:04 pm

汚染の地には行かない! というごく自然の思いを訴えているだけなのに、なぜこんなにもその思いを無視するかのようなにメディアは対応するのか、と驚いたのが、1週間前のデモについての朝日や産経の報道でした。

 築地の卸売市場を、底なしにも思えるほど汚染された豊洲に移転させる、という都の方針に異議申し立てをしたデモのことです。

 その後、調査を進めるほど汚染のひどさが明らかになるばかり、という状況の中で専門家会議は解散してしまったようです。責任放棄ともとれるこの専門家集団のありさまはいったいなんだ!? と呆れながらも、土壌汚染対策法が改正されて附則第3条が撤廃されれば「豊洲(移転先)には汚染があるので、汚染地域に指定される」という平田座長の発言がせめてもの学者の良心か、と感じました。

 石原都知事にしても、間違いに気づいたら方針撤回しても悪くはないのに。かえってメディアをコントロールするなど、口封じを図る方が、後々の世で笑われることになるのに、などと思ったり。
 でも笑われるだけならまだましです。

  後世、汚染土壌の影響で人の身体に何らかの影響が出れば、あるいは再度の東京オリンピックが可能になったとき、選手村の食事の材料が汚染地に建てられた卸 売市場から供給されることが知られて世界中から問題視されたら、誇り高きイシハラ氏はなんといい訳をするのでしょうか。

 都民の健康に重大な影響を及ぼしたとしても、その原因が豊洲という汚染地そのものにある、と結論するには時間がかかるかもしれませんが、オリンピックの食事への影響を懸念する声はすぐに世界中に広まるでしょう。

【お願い】“真実” の専門家会議を明らかにする呼びかけにご協力を!という小児科医で中央区議でもある小坂和輝さんの言葉に賛同して以下に転載いたします。

 

【転送歓迎】

【お願い】 破綻した専門家会議を明らかにする呼びかけ(声明文-東京都とメディアは真実を語れ)

築地市場移転先の豊洲東京ガス跡地の汚染の深刻さは都の思惑と裏腹に専門家会議の検証を進めるほどに明らかになっています。

7月13日に開かれた専門家会議では、ついに平田座長が移転を撤回せざるを得ない宣言に等しい、土壌対策汚染法の汚染地域指定されるという公算を明言しました。

怒号が飛び交い、安全性の根拠としていた沖積層である有楽町層そのものの液状化の可能性も肯定されました。

しかし、メディアの報道は一斉に、2メートルの盛り土と監視委員会で安全性を管理するという、実質上の安全宣言に雪崩を打ちました。前日の築地市場デモの 参加人数が故意に三分の一に過少報道されていることなどと並んで都政が真実を認めない態度を、メディアが応援する形となっています。

情報展開のさらなる加速のため、東京都とメディアに情報を正しく伝えるよう呼びかけを広げましょう。

20日の締め切り前に共同パブリックコメント(検討中)と並行して異議申立てを進めます。

デモに賛同・参加された政治家、専門家会議に異議を唱えてきた市民の方々にこのことを知らせましょう。

著名人で可能な方には実名での表明もお願いしようと考えています。

詳細は本メールの後段に記載し、本文は添付書類の通りです。

確定した実名賛同者は以下の通りです(7/16 23時現在)。

・野末 誠(市場を考える会)
・五十嵐 敬喜(法政大学法学部教授)
・上原ひろ子(前国立市長)

市民(匿名)
・複数

正式呼びかけ(声明文-東京都とメディアは真実を語れ)は添付のWordになります。

本趣旨にご賛同いただける方は以下をご記入のほど、よろしくお願いいたします。

個人情報は今回の呼びかけ以外に利用せず、取扱いに十分配慮いたします。
また、連絡手段欄は事務局が管理するためのもので、すべて非公開となります。

【賛同欄】添付のWordと同じ

■お名前(「匿名」の選択も可です)
(公表を控えたい方は賛同者として人数のみを公表しますので この氏名欄を「匿名」とご記入ください)

■所属団体・肩書きまたはご職業(必須ではありません)

■居住地域(匿名の方の場合必須です)

都道府県の市区町村単位で記載をお願いいたします。匿名の方の人数まとめに使います。

■連絡手段(メール、TEL,FAXなど)
非公開で、他の目的に利用しません。

■ 自由コメント(200文字まで・必須ではありません)

締め切りは7月24日とさせていただきます。

下記「市場を考える会」宛、お願いします。

メール; yamaharu55@ybb.ne.jp
FAX 047-353-3349

ご多忙中、唐突なお願いで恐縮ですが、ご検討いただければ幸いです。何卒よろしくお願いいたします。

                                                                                                            

【声明文】破綻した専門家会議-東京都とメディアは真実を語れ

 13日の日曜日を選んで開かれた築地市場の豊洲(東京ガス工場跡地)移転問題に関する専門家会議では、これまで一切言及されてこなかった東京都の環境確 保条例117条を根拠に、さらなる詳細な調査を求める意見が新たに付け加えられました。汚染の見つかった総ての場所と隣接地区で数千ヶ所に及ぶ垂直方向の 調査を行うことになります。しかも高濃度の汚染源であるタール溜まりはボーリング調査だけでは見つけられません。

 これからさらに膨大な調査をしろと求めておきながら、「これで専門家会議は役割を終える。」(平田専門家会議座長)と調査の結果を待たずに解散を宣言し たことは、任務を途中で放棄する極めて無責任な幕引きと指摘せざるを得ません。汚染の実態を把握しないで対策を決めることは、専門家会議の趣旨を自ら否定 しています。

 報告書では、新たに実施した垂直方向の土壌調査の結果、工場操業時の地盤面からさらに3~5メートル下に汚染が集中していることも明らかになりました。 専門家会議の対策は、地下水の水位を海抜2メートルに“管理”し、汚染を除去したうえで、その上部の土壌をすべて入れ替えることを求めていますが、新たに 判明した地下の汚染を放置しては地下水の汚染は止まりません。

 報告後の質疑応答では、専門家会議の答申した安全対策の前提となっている豊洲の地層構造について、都が粘土質の「不透水層」としてきた有楽町層が、実は 五層からなる粒子の粗いシルト層で、地盤としても軟弱なために建物の基礎を支えられないと知っていたことを、都の専門家自身が認めました。今回の対策では 汚染地下水の封じ込めができないことを自ら認めた極めて重大な発言です。有楽町層はそれ自体が流動化することも明らかになり、対策案の不適格は覆うべくも ありません。

 平田座長に至っては、東京都が環境省と謀って豊洲への土壌汚染対策法の適用を逃れるために付加した「附則3条」について、「次の国会で(改正案が)通る と思います。豊洲(移転先)には汚染があるので、汚染地域に指定される。」と発言しました。附則3条が撤廃されれば、豊洲は汚染が検出されなくなるまでい かなる施設も建設できません。これまでの調査も対策も総て意味を失ってしまいます。

 パブリックコメントを前に、これらの“行政に不都合な真実”をメディアは報道せず、汚染は局所的だと偽りました。専門家会議の前日に行われたデモについ ても、参加者の人数を実数の三分の一に減らし、食の安心安全を求めて参加した多数の一般都民の存在を隠蔽して、一部の業者だけのデモであるかのように意図 的に矮小化された偽りの“報道”がなされました。

 私達は、“行政に不都合な真実”を隠蔽し、虚偽の報道にあけくれるメディアに抗議し、真実を報道することを求めます。行政に操られるままに虚偽報道や隠蔽を繰り返し、メディアが真実を伝えない社会では民主主義を維持することができません。

 

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July 14, 2008 8:59 pm

* 追記があります。
 
 明日15日は、全国一斉の漁民ストライキですね。
 12日の土曜日には、それに先駆けて福岡県で一斉休業があったと報じられています。

 燃料高騰は「自助努力の域を超えている」と訴えているわけですが、5年前の3倍だという話し。
 けれど小売関係者にとっては1日のストなど、台風やしけで1日出漁できないのと同じで大して問題にならないのだとか。スーパーや寿司店にとって、1日のストぐらい、痛くもかゆくもない、というところですか……。
 それに価格も市場の需要で決まるため、魚の値段はあまり変わらないのだといいます。

 昨日13日の朝日の記事からある漁師さんの11日のイカ漁収支を見ると、

 約20㌔の水揚げで、売り上げ約3万6千円。
 燃料費、氷代、手数料、船の建造借入金返済分をここから差し引いて、手取は2千円弱。

 人がひとり、1日働いても2000円に満たない収入しかないことにびっくりするばかり。

 町で売っている魚の値段はそれなりにしているのに、です。流通の仕組みに何かありそう。

 海外で水揚げされた魚について、日本の商社はせり負けしているという話しがこの春頃からちらほら聞こえ出しました。
 いつまでもあると思うな安い輸入魚。
 沿岸漁業を大切に! と私が思うのは、結婚以来、豊かな魚食文化を味わってきたからです。
 
 特に地方の魚文化はすごいですよ。魚といえばマグロしか知らないような東京人がほんとうに気の毒に思えてくるほどです。

 季節によって食す魚も違えば、味も異なり、調理法もさまざま。

 豚・牛・鶏、ときに羊ぐらいしかない肉類とは雲泥の差です。

「もう限界だ」という漁業者の声があがりますが、廃業や離職者の数が増えれば増えるほど、そんな魚食文化が失われていく危険があるということではないでしょうか。

 こんな食の危機を前にしても、テレビの食べ歩き番組ばかりは盛況ですが。

  一方、水産庁OBの政策研究院大学の小松正之教授に言わせると、「長期的な原油高が予想され、補助金を出したら際限がなくなる」ということで、財務省幹 部は「コストが増えた分は、やはり魚の値段に上乗せして消費者に転嫁するのが筋ではないか」と述べたと伝えられています。

 際限がなくなるからしない、という理屈もおかしいし、値段に上乗せしろ、というのも単に無策なだけのような気がします。

 漁業に限らず今私たちの社会に暗い影を投げかける産業・経済上の危機について、まるで僕たちは悪くない、と言ってるような政府は、サブプライムローンと原油高騰のせいにして知らぬ存ぜぬで押し通すつもりなのでしょうか。
 
 何のために政治はあるのか、政権担当能力がないのはどこの誰だ!? と言いたくなります。

 1年前の参院選の時、アベ氏と一緒ににこやかにポスターで微笑んでいた漁業組合長さんは、今何を思っているのかな、とつい考えてしまうのはいけないかな?

 政権ほっぽり出しのアベ氏に担当能力がないのは当然のこと。
 フクダ自民にも一緒に政権を担う公明にも担当能力のないことは、今の経済無策で明らかですよね。 

 
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 * 追記:政策研究大学院大学
 先述の「……
補助金を出したら際限がなくなる」と述べた先生のいる政策研究大学院大学ってときどき聞くのですが、何だろうと見たところ、「現役の官僚、都道府県・政令市の地方公務員等が学生として多数在籍している」ところだそうです。

 所在はどこかというと、東京六本木。
 2.26事件の舞台となった歩兵第3連隊の兵舎の跡に建てられたものです(兵舎の一部はその横に保存されています)。

 要は、お役人の再教育の場なのでしょう。
 ここで再教育を受けて各自は元の役所に帰るのでしょうが、こんなことで国民の目線に立って考えることができるのか、疑問ですね。

April 23, 2008 9:05 pm

南極海で調査捕鯨を行っていた日新丸が帰港した15日をはさみ、調査捕鯨に対する妨害行為について、私の知る限りで3種類のニュースがNHKで流されました。

・“調査捕鯨 妨害行為が影響”
・調査捕鯨 危険な妨害やめて
・妨害受けた調査捕鯨船を検証

 の3つです。

 まず帰港前日の14日、農水省の白須事務次官のことば。

調査捕鯨に反対するアメリカの環境保護団体『シー・シェパード』などによる妨害行為を回避する必要があったため、調査日 数が不足した。捕獲の計画を達することができなかったのはまことに遺憾だ。


 
 なんでも、昨年12月~今年3月の調査期間中、ミンククジラ等900頭前後を捕獲する計画だったのが、ミンククジラ551頭と計画の60%程度にとどまった、ということでした。

 15日の帰港直後の会見で日新丸船長のことば。

『シーマンシップ』にのっとって人命を危機に さらすような行為はしてほしくない。

     さらには水産庁成子隆英課長が、計画の60%程度にとどまったことについて語ったことば。

資金面で影響が出れば値上げ もやむをえない。


 
 なんでも
、調査捕鯨の費用が主に調査捕鯨で捕獲した鯨の販売収入で賄われていることから、捕獲した頭数の大幅な減少で今年夏以降に販売す る鯨の肉の値上げが必要になるという考えを示したそうです。 
                                                    

 そして帰港翌日の16日。

  海上保安官19人が、東京・大田区の大井ふ頭に接岸中の「日新丸」に乗り込んで調査。これまでに、投げつけられた瓶を押収。またビデオ映像を分析して瓶を 投げつけたメンバーの特定を進めるなど、傷害や威力業務妨害などの疑いで捜査し、今 後、船長や乗組員からも当時の詳しい状況を聞き取ることにしている、ということでした。

 やれやれ、例の実力行使は日本人の反感を呼んで、けっしていい戦術ではないと思うのだけれど。

 でも、農水省側の言い分がどうも不可解。

 調査を行う(財)日本鯨類研究所は、共同船舶(株)から船舶を乗組員つきでチャーターして南半球ミンククジラの調査をする。
 水産庁が支出する鯨類調査資金の半分以上はこの南氷洋のミンククジラの調査に割り当てられる。
 その他の資金は国際捕鯨委員会IWCから委託された南半球および北太平洋での目視調査(←日本鯨類研究所のHPでは「目視採集調査)に、またわずかながらイシイルカ調査に割り当て。

 不条理日記さんによると2006年度のこの額は9億円ということですから、こちらにある1990年度の頃とたいして変わっていませんが、そこには農林水産省の所管の「海外漁業協力財団」からの無利子融資については言及がありません。

 この無利子融資36億のうち10億が(財)日本鯨類研究所は返せなかった。
 おまけに、詳しい実態調査をするという名目で捕獲数が増えた(05~06年度で440→850頭)が消費は伸びず、95~05年の10年間で在庫が倍増してしまった(1813→3945トン)。

 調査捕鯨の資金の流れは06年度でいえば、


海外漁業協力財団は補助金12億をもらい、35億を日本鯨類研究所に無利子融資。 
日本鯨類研究所の収入65億のうち、
 クジラ肉売り上げ 55
 補助金        5億(南氷洋ミンククジラ調査へと思われる)
 調査受託       4億(南半球・北太平洋のIWC/IDCR航海へと思われる)
  その他         2億  

 (億未満は四捨五入)


   ということ。                                                       

 で、調査捕鯨の費用が主に調査捕鯨で捕獲した鯨の販売収入で賄われている、という水産庁課長氏の言葉とこの数値が食い違います。つまり、海外漁業協力財団からの無利子融資35億円分のことが、水産庁課長氏の発言には考慮されていません。
 課長氏が知らないわけありませんから、
故意に隠していると考えて差し支えないのではないでしょうか。
 
 さらには、値上げもやむおえない、といっても、100グラム1000円前後という今でも破格の高値のクジラ肉の消費がこれからどれだけ伸びるのか疑問。

 おまけに水銀、PCB等の有害物質蓄積の問題があります。鯨類研究所では汚染度の高いものは販売を見送っていると述べられていますが。

 これほど不利な条件が揃っていながら、また捕獲せずとも調査は可能だと批判されながら、無利子融資のことを隠してでも、なぜ捕獲を強行するのか、さっぱり分からないのです。

 
 暫定税率の失効のことで小池百合子氏が「(京都)
議定書の『出発の日』にガソリン値下げという逆の流れとなり、このままでは日本は世界に支離滅裂なメッセージを出してしまう」と、いかにも世界に笑われるぞ、と言いたげな発言をしましたが、これは日本政府の姿勢でしたね。

 一方捕鯨問題に関しては、世界の批判なにするものぞ、のごとく突っ走る。

 どうもそのあたりは一貫性がないのですが、何かを隠している、という点では両者の間にズレはなさそうです。
 
 政府は国民への説明を怠っていませんか。
 怠っているばかりか、シーシェパードを非難することで、世論を別な方向に誘導しようとしていませんか。

     
      
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March 15, 2008 9:46 pm

7日の金曜日、BBCニュースには日本の捕鯨に関して、ちょっと興味深い記事が載っていました。

 タイトルは「なぜ日本はクジラ漁を続けるのか?」

 BBC記者が、千葉県南房総市和田港まで行ってレポートしています。
 和田港は商業捕鯨が認められている国内4港の中の一つ。調査捕鯨には参加しないで、国際捕鯨委員会(IWC)によって保護されていない種の沿岸捕鯨を行っているところだそうです。

 2006年のものですが、こちらに和田港で水揚げされたクジラの解体作業の写真があります。

 今回初めてこの沿岸捕鯨のことを知ったのですが、同じ日本人でも私のように知らなかった人はたくさんいるのではないでしょうか。

 BBCは、かなり誠実にこのクジラ漁の問題を取り上げようとしているように思います。

 魚を取ることと鯨を捕ること、どこがどう違うのだ? 違いはしない、というクジラ漁師の言葉にうなずく日本人は多いかもしれません。

 捕鯨基地の小さな町では、捕鯨問題は保護問題ではなく主権の問題だ、と受けとめられていることを海外の反対派は理解できるでしょうか?

 俺たちの海で、いったいどこの誰が、何をとってもいいとか、だめだとか指図ができるのだ、というクジラ漁師のいらだちが聞こえてきます。

 しかしこの理屈は、遠い南氷洋では通じませんね。
 捕鯨については、沿岸捕鯨と遠洋捕鯨に分けて考える必要があるのかもしれません。

 また記者は、

持続可能なやり方で捕鯨を行うことが可能ならば、彼に鯨を捕るなという権利が誰にあろう? (誰にもありはしない」

 と言ってます。

 ところが、この持続可能なやり方の根拠も、反対派の言い分と日本政府の言い分が食い違っていて、どちらが正しいのか私には分かりません。
 
 いずれにしても、調査捕鯨という日本政府の言い分にはどれだけ正当性があるのか、海外の反対派に対してだけでなく私たち国民にも、きちんと示してほしいと思います。

      
       
     
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 BBCニュースの記事は以下に訳しました。

日本はなぜ捕鯨に固執するのか

 国際捕鯨委員会IWCが捕鯨賛成・反対の国々の間の合意点を探るために開催中、BBCのクリス・ホッグは、鯨肉食をやめるきざしのない日本の町からレポートする

日本人がクジラ漁をする理由を知りたければ、数少ない小さな海沿いの町のひとつに行く必要がある。

その小さな町は、まるで海に落ちまいとするかのように、町を取り巻く急勾配の丘にへばりついていた

漁船が、ちっぽけな港の岸に係留されている。そばでは男たちが数人、魚網を繕っている。

国際捕鯨委員会は商業捕鯨を禁止しているが、クジラの全種類がその規定対象になっているわけではない。

しょうじ・よしのりはこの町のクジラ漁師だ。毎年14頭を捕る。

しょうじさんの捕るクジラのほとんどがツチクジラだ。約20キロ(12マイル)の沖合でこのツチクジラを見つける。

日本政府が漁獲を割り当て、夏の3ヶ月間に限って漁ができる。

昨年の夏、合計26頭のクジラが和田に水揚げされた。

しょうじさんの鯨肉加工場に運ばれて乾燥鯨肉、クジラハンバーグ、クジラステーキ――取引先が望むものであれば何でも――に加工される。 

営利企業

しょうじさんは彼の工場で働く人と比べてもすごい長身で、日本人の基準からすると大男だ。

彼はソフトな語り口だが、自分の考えを理解してもらおうという決意している――喜んで捕鯨の是非を論じるが、捕鯨慣行を止めるべきだということは受け入れない。

彼は工場のあちこちを私に見せる。

濃紅色の鯨肉の巨大な塊を薄く切っている2人の女性の前で足を止める。

血が、女性たちのビニールの前掛けを伝って床に落ちる。

このひとまとまりの肉は醤油と酒に漬け込まれた後、乾燥されてジャーキーになるのだ。

「九州の人たちは、新鮮なクジラの肉が好きです」としょうじさんは口を開き、日本の南部に住む人たちのことにふれる。

「この辺りでは少し風味のあるものが好まれ、それで私たちはクジラの死骸を岸まで持ってくると、冷凍用に切り分ける前に1日間そのままにしておきます」

毎年、夏に穫れた肉は貯蔵されて、必要なときに使われる。

しょうじさんは大きな金属製のドアを開けて私に見せてくれた。中は箱詰めされた冷凍鯨肉の山だ。

その一部は、マッチ箱ほどの大きさの、一定の塊に小さく切られたミンククジラだ。

日本クジラ類研究所が南極大陸沖の海で穫ったクジラだ。しょうじさんはそれを買う。売り上げは日本の調査捕鯨プログラムの支援資金に使われる。

「私たちは刺身に使います」と彼は話す。

世界中で、例年南極でクジラを取ってはその数を減らし、また日本の沿岸でクジラを捕るあなたのような漁師の活動に反対がありますが、と私は彼に質問をした。

「私には、漁業と捕鯨の違いが分かりません」と、彼は私に答える。「私たちは、400年の間クジラを食べてきましたが、鯨を捕ることと魚を捕ることが、どう違うっていうのですか?」

絶滅危惧種

しょうじさんは、死滅を防ぐために保護が必要な種があるという主張は認めている、という。

たとえば、シロナガスクジラは捕るべきではないと。

しかしミンククジラは豊富にいると考えていて、日本沿岸で何が捕れれて何が捕れないかどうして他人が自分に言えるなのか分からない。

日本の捕鯨を中断させようとする環境運動の活動家たちについては、「寄付をもらうために有名になろうとしているだけだ」と主張する。

けれど話しながら、しょうじ氏にとって、これは伝統とか経済とかの問題ではないことがはっきりする。

彼は、捕鯨を擁護するのに伝統のことだけを言っても、種が危機に瀕しているときに続ける理由としては不十分ですね、と説明する 

女性がふたりで肉の塊を薄切りにする小さな部屋をひと回りしながら、彼は手ぶりで示す。経済的な議論は、どうみてもあまり説得力はない。

けれど持続可能なやり方で捕鯨を行うことが可能ならば、彼に鯨を捕るなという権利が誰にあろう?

「道理の問題です」と彼はいう。「海外から圧力を受けても、日本政府は捕鯨から撤収すべきではありません」

文化の一部

あとで私は、捕鯨の授業に参加するために呼ばれている町の学校に連れて行かれた。

捕鯨問題に関して日本では公開討論はあまりないが、ここでは子どもたちがクジラ漁のやり方について、きめ細かい議論をしている。

「クジラを殺すのは残酷だと考える人たちがいるのは知ってます」と生徒のひとりが私に言う。「それが、捕鯨に反対する理由です。でも私はここで生まれました。私たちの伝統ですから続けるべきだと思います」

授業が続く中で、世界には捕鯨への反感が少なからずあることに子どもたちは気づいていることが明らかになる。

 しょうじ氏、あるいは教師は、そのことを子どもたちに隠そうともせず、彼のすることは間違っていないと認めさせるようなこともない。

とはいえ、教室にはクジラの絵や子どもたちのお気に入りの種類のスケッチが飾られているけれど、他の国々で見られるのと大差なく、子どもたちはクジラは食べ物であると受けとめているようだ。

確かに、日本政府には他の国々の捕鯨反対派にそのことを分からせようとする努力が足りないと、いくぶんフラストレーションを感じていることをしょうじさんは認める。

東京に戻って、水産庁の役人に質問したのがその点だった。彼は肩をすくめた。

「グリンピースのような組織は活動に何百万ドルと使うんだ」と彼は私に述べる。「われわれがそれに張り合って、納税者たちに税金をのふさわしい使い道だと、どうやって正当化できますか?」

クジラを捕る権利があるとする日本の主張は、海外で、とりわけオーストラリアのように頑強に反対する国々で、日本の印象を害している

しかし、和田のような所で政府が主張を放棄するのが難しい理由がわかる。

ここでは保護問題としてではなく、ほとんど主権問題として見られているのだ。

それで、捕鯨を止めさせようとするどんな試みも、怒りを招くことになるだろう。

January 25, 2008 10:23 pm


「『食の安全保障』という言葉には違和感を覚えます。国かどこかに“おい、なんとかしろよ”って責任を押し付けているみたいで。食こそ本来は『自己責任』でなければならないはずなんですけれどね。しかし、現代の消費社会ではそれが非常に難しい」

 と、愚樵さんからコメントをいただきました。

「安全保障」という物騒な言葉は私も少々抵抗感がありました。
 早い話が、これだけ自給率の下がった私たちの国で、何らかの事情で食糧輸入が途絶える事態になったらどうなるか?! ということで、防衛問題に使われた「安全保障」という言葉が使われるようになったのだろうと推測します。

 実際、今世界の食糧市場で日本が中国に競り負けている話しを最近テレビでやっていました。これまでは世界第2位の経済力で世界中から食材を集めてきたが、これからはどうなるか分からないぞ、というメッセージを番組から受けとりました。

 適地適作、大規模農法で収穫した農産物や牛肉を大量に安く日本に売り込んできた米国ですが、大風桶屋論のごとく、原油高騰→バイオ燃料生産活発→大豆高騰の状況になって、来年の日本向け大豆獲得に商社が四苦八苦しているそうです。
 また、日本の契約農場として遺伝子組み換えではない大豆を生産していた農家も来年分については確約できないとか。

 大豆を原料にする食品は多いでしょうから、私たちは来年もまた値上げラッシュにさらされることになるのでしょうね。

 パソコンの前に坐って相場を見ながら大豆の売り時をさぐる米国の農場主にとって、儲けるためには少しでも収量を増やすことが至上命令。
 当然、日本の消費者の要求を入れるよりも、モンサント社の除草剤ラウンドアップとラウンドアップに耐性をもつ遺伝子組み換え作物のセットを購入して大豆やトウモロコシを作った方がお金になることになります。

 私たちの国で飼料や食品原料としての大豆やトウモロコシが麦類と共に国内産から米国産に大きく切り替わったは、やはり高度経済成長の歩みとの関わりでしょう。

 労働力が農村から工業地帯や都市部に移動。
 米国は余剰農作物の市場として日本を狙う。
 工業製品の輸出の見返りとして、米国産農作物を輸入。

 そういえば1960年代に入る直前、小学生だった私は、日本は貿易立国を目指すのだと社会科で教わりました。
 狭い国土に多品種の作物を育てる効率の悪い日本の農業では国民は食べていけない。工業を発展させ、製品を外国に売ってお金を稼ぐのだ、と。
 
 横浜で育ち、当時は神戸に住んでいた私は、国際貿易港を持つ町で先生のこの言葉を肌身に感じてちょっとばかり誇らしくもありました。

 その後、私はウソは申しません、という時の首相池田勇人の所得倍増計画どおりに、あれよあれよという間に経済成長の波に乗って、日増しに生活は豊かになっていきました。

 同時に、高校生だった友人と私の会話の中には「アメリカナイズ」という言葉も登場するようになりました。もちろんそれは、私たちの警戒心を刺激する場面で、否定的な意味合いで使われました。
 今ではさしずめ「グローバライズ」といわれるところです。

 どこの国でも海岸沿いの土地はその国で一番優先されるものに利用される。わが国の海岸沿いの埋め立て地に立ち並ぶ工場群は、工業が一番に大切にされていることを示している、というような論を読んでハッとさせられたのはまだ私が若いときでした。

 貧富の差が大きくなった今では、そのうち海岸は個人所有のプライベート・ビーチになってしまうのかな、なんてチラッと考えました。

 本題に戻ると、

「食の安全保障」とは、命をつなぐというより生活をするのに必要な食が質量共に得られること、また食は、自由貿易には馴染まないのではないか、と思っています。

 思えば、宗主国の食卓を豊かにするためにプランテーションが植民地となった南の国で開発されました。気候等の自然条件に合わせて単一の換金作物を大量に育てるこの農法で果たしてその国の住民は豊かになったかしら? No、ではないか。

 世界一のカカオ豆の生産量を誇るコートジボアールも、カカオ豆農場では奴隷同然の労働を子供たちが担っている。そんな子供たちは命を削ってチョコレートの原料を作っているが、本人たちはチョコレートのチョの字も知らずに長くはない一生を終える。

 たとえば私たち日本人が大好きなエビも東南アジアなどで養殖されたものが輸入されているけれど、養殖地は10年もしないうちに使い物にならなくなって別の土地に新たな養殖地が作られる。そしてうち捨てられた土地は、塩害で作物が育たない。つまり土地は使い捨てされる。
 こうしてエビ産地の国土は確実に荒廃していく。

  これを知って私はエビが食べられなくなりました……といいたいところですが、近海の国産物は食べています。今度のお正月用にもソデエビを一皿たっぷりあっ て500円で買いました。輸入物のブラックタイガーのように大きくはありませんが、殻まで柔らかいので茹でるだけで殻ごと食べられます(と、また脱線して しまった)。

 こば☆ふみさんのお母さまのように、「ほどほど」の食を感謝して頂く。それもひとりではなく仲間たちと一緒に。 
 専門家の話によると、人間の身体は1万年前からなんら変わっていないそうです。科学文明が進化したように人間の身体が進化したわけではないとか。

 地球上どこに住む人でも、その土地その土地に根ざした食事を「ほどほどに」頂く。
 それが可能になるのが本当のグローバリズムじゃないのか、かつて大英帝国が七つの海を支配したように、5つの大陸を先進国の多国籍企業が支配するのは違うだろう、などと考えました。

 
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ゼノフォビアブログに囲まれながら、お玉の上でアブナイばらんすとりながら、らんきーング上げて多くの人に読んでもらおうと、喜八玲奈とむ丸も、天木さんにも負けないようにと目標は大きくがんばるわん

10:22 pm

やはり食についてはみなさん関心が高いのか、前エントリーでいろいろコメントをいただきました。

JAXVNさん

  このBBCの記事は「日本人の食事は、現在ますます欧米化している」と人事のように書いていますが、それを仕掛け、さらに後戻りさせないようにしているの はほかならぬ欧米勢力なのですが。それにしても、喜八様もすでにおっしゃっておられますが、これだけ「世界的に穀物が不足」という報道がありながらさらに 米作の減反を拡大する、と言っている日本政府は果たして正気なのか?と思ってしまいます。

AmlethMachinaさん

 日本が生き延びるためには地産地消の徹底しかないと思ってます。食文化、食育の見直しはもちろんのことです。自分たちもメディア主導の蒙昧なグルメ情報に踊らされない見識をつける必要がありますね。

こば☆ふみさん

  今年は母を亡くしました・・・彼女の暮らしを顧みながら・・・人生の要諦は「満足に生きること」だと実感しました。ただ欲望のままに消費することではない なぁ~としんみりしています。日本(人)は「かなりアンバランス」だと、自分の「人生の満足度」を考えながら思っております。来年はこの国が良い方向に大 きく変貌するようにしたいですね。

喜八さん

 つねづね「減反政策」は狂気の沙汰か? あるいは売国沙汰だと思っています・・・。

 JAXVNさんが言われるように、日本人の食事の欧米化を仕掛けるのは欧米勢力だと私も理解しています。スーパーに行けば、欧米系多国籍企業の商品が山と積まれていますしね。

 中国もだいぶ前からターゲットになっているのではないでしょうか。
 肉といえば主に豚や羊の肉を食べてきた中国人に牛肉の味を覚えさせようと米国が考えているのを知ったのは10年以上も前になると思います。マクドナルドの中国進出はいつのことでしょうか? 

 ご多分に漏れず都市化の進む中国では伝統的な食事を嫌う子供たちまで出現しているのでしょうか、餃子が嫌いだ! と公言する若い人を私の周りだけでも2人知っています。
 ただし、これは単なる個人的な食べ物の好き嫌いレベルかもしれません。おめでたい席で食べるという餃子なら中国人は誰でも好きだろう、と考えるのも日本人の偏見かもしれませんね。

 ついでに言いますと、中国は確実に豊かになってます。親が家一軒を売って留学費用を工面したという人もいた4、5年前と様変わりです。一人っ子政策でみな、おじょうさん、おぼっちゃんですし。
 仲良しの40代の中国女性がこの「現代っ子たち」を目の当たりにしたら驚くでしょう。日本もそんな時代がありましたよね。 

 何年か前にボランティアで行ったタイでは、女子中学生たちは私たちが舌鼓を打つラムプータン等のトロピカルフルーツに眼もくれないことにびっくりしました。地面に落ちても知らんぷりです。
 一方、同じ町の繁華街ではカリフォルニア産の葡萄(デラウェアに似てました)が2房日本円で700円ほどで売られていました。市場に行けば山盛りのマンゴスチンが数百円から何百円かで買えるのですから、輸入物の葡萄は高い!

 きっと、あの美味しいトロピカルフルーツよりもカリフォルニア産の葡萄の方がカッコイイ、と思っているだろうな、なんてその時感じました。
(タイのテレビCMに登場する美男美女は欧米の白人系が圧倒的でしたし)。

 グローバル化って欧米化の意味でしょうから、土地に根付いた食文化の、ひいては文化の破壊を招くことになりますよね。
 AmlethMachinaさんの言われる地産地消が食生活の基本だと私も思っています。
 で、欧米式スタイルもちょっと楽しみながら、要はバランスが大切ということではないか、と。
 でも今はあまりにも地産地消がないがしろにされてます。
 食の安全保障food securityですよね。

 こちらのページには、

食料安保は基本的人権である。あらゆる人間は、安全で質の高い食料の確保を保証されるべきである」。
「食料安保の実現は、永続可能な開発にとって不可欠である」。
食料に関する権利は、食料の数量、質、アクセスなどの物質的な側面だけでなく、食料の文化的側面も含まれる」。

 等々といった言葉が謳われています。

 なお、地方にいると、マグロ一辺倒の東京の食事がとても貧しく思えます。
 魚はタイやマグロだけではありません。市場に出回らない魚にはタイよりもずっと美味しいものもあるのに値段は桁違いに安かったりするのですから、食生活を楽しむのだったらやはり地方でしょう。

 でも地方には職場がない……。

 こんな日本に誰がした?! と、怒りとも嘆きともつかない感情が湧いてきます。
 
 こば☆ふみさん、お母様を亡くされたのですか。心からお悔やみ申し上げます。
「人生の要諦は『満足に生きること』だ」と実感されたとのことですが、私も年を取ってだんだんそのことが分かってきました。
 若さだけが「いいもの」ではありませんよね。「老い」には「老いの良さ」があります。

 ではでは、また。

 
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JAXVNさん

  このBBCの記事は「日本人の食事は、現在ますます欧米化している」と人事のように書いていますが、それを仕掛け、さらに後戻りさせないようにしているの はほかならぬ欧米勢力なのですが。それにしても、喜八様もすでにおっしゃっておられますが、これだけ「世界的に穀物が不足」という報道がありながらさらに 米作の減反を拡大する、と言っている日本政府は果たして正気なのか?と思ってしまいます。

AmlethMachinaさん

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こば☆ふみさん

  今年は母を亡くしました・・・彼女の暮らしを顧みながら・・・人生の要諦は「満足に生きること」だと実感しました。ただ欲望のままに消費することではない なぁ~としんみりしています。日本(人)は「かなりアンバランス」だと、自分の「人生の満足度」を考えながら思っております。来年はこの国が良い方向に大 きく変貌するようにしたいですね。

喜八さん

 つねづね「減反政策」は狂気の沙汰か? あるいは売国沙汰だと思っています・・・。

 JAXVNさんが言われるように、日本人の食事の欧米化を仕掛けるのは欧米勢力だと私も理解しています。スーパーに行けば、欧米系多国籍企業の商品が山と積まれていますしね。

 中国もだいぶ前からターゲットになっているのではないでしょうか。
 肉といえば主に豚や羊の肉を食べてきた中国人に牛肉の味を覚えさせようと米国が考えているのを知ったのは10年以上も前になると思います。マクドナルドの中国進出はいつのことでしょうか? 

 ご多分に漏れず都市化の進む中国では伝統的な食事を嫌う子供たちまで出現しているのでしょうか、餃子が嫌いだ! と公言する若い人を私の周りだけでも2人知っています。
 ただし、これは単なる個人的な食べ物の好き嫌いレベルかもしれません。おめでたい席で食べるという餃子なら中国人は誰でも好きだろう、と考えるのも日本人の偏見かもしれませんね。

 ついでに言いますと、中国は確実に豊かになってます。親が家一軒を売って留学費用を工面したという人もいた4、5年前と様変わりです。一人っ子政策でみな、おじょうさん、おぼっちゃんですし。
 仲良しの40代の中国女性がこの「現代っ子たち」を目の当たりにしたら驚くでしょう。日本もそんな時代がありましたよね。 

 何年か前にボランティアで行ったタイでは、女子中学生たちは私たちが舌鼓を打つラムプータン等のトロピカルフルーツに眼もくれないことにびっくりしました。地面に落ちても知らんぷりです。
 一方、同じ町の繁華街ではカリフォルニア産の葡萄(デラウェアに似てました)が2房日本円で700円ほどで売られていました。市場に行けば山盛りのマンゴスチンが数百円から何百円かで買えるのですから、輸入物の葡萄は高い!

 きっと、あの美味しいトロピカルフルーツよりもカリフォルニア産の葡萄の方がカッコイイ、と思っているだろうな、なんてその時感じました。
(タイのテレビCMに登場する美男美女は欧米の白人系が圧倒的でしたし)。

 グローバル化って欧米化の意味でしょうから、土地に根付いた食文化の、ひいては文化の破壊を招くことになりますよね。
 AmlethMachinaさんの言われる地産地消が食生活の基本だと私も思っています。
 で、欧米式スタイルもちょっと楽しみながら、要はバランスが大切ということではないか、と。
 でも今はあまりにも地産地消がないがしろにされてます。
 食の安全保障food securityですよね。

 こちらのページには、

食料安保は基本的人権である。あらゆる人間は、安全で質の高い食料の確保を保証されるべきである」。
「食料安保の実現は、永続可能な開発にとって不可欠である」。
食料に関する権利は、食料の数量、質、アクセスなどの物質的な側面だけでなく、食料の文化的側面も含まれる」。

 等々といった言葉が謳われています。

 なお、地方にいると、マグロ一辺倒の東京の食事がとても貧しく思えます。
 魚はタイやマグロだけではありません。市場に出回らない魚にはタイよりもずっと美味しいものもあるのに値段は桁違いに安かったりするのですから、食生活を楽しむのだったらやはり地方でしょう。

 でも地方には職場がない……。

 こんな日本に誰がした?! と、怒りとも嘆きともつかない感情が湧いてきます。
 
 こば☆ふみさん、お母様を亡くされたのですか。心からお悔やみ申し上げます。
「人生の要諦は『満足に生きること』だ」と実感されたとのことですが、私も年を取ってだんだんそのことが分かってきました。
 若さだけが「いいもの」ではありませんよね。「老い」には「老いの良さ」があります。

 ではでは、また。

 
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JAXVNさん

  このBBCの記事は「日本人の食事は、現在ますます欧米化している」と人事のように書いていますが、それを仕掛け、さらに後戻りさせないようにしているの はほかならぬ欧米勢力なのですが。それにしても、喜八様もすでにおっしゃっておられますが、これだけ「世界的に穀物が不足」という報道がありながらさらに 米作の減反を拡大する、と言っている日本政府は果たして正気なのか?と思ってしまいます。

AmlethMachinaさん

 日本が生き延びるためには地産地消の徹底しかないと思ってます。食文化、食育の見直しはもちろんのことです。自分たちもメディア主導の蒙昧なグルメ情報に踊らされない見識をつける必要がありますね。

こば☆ふみさん

  今年は母を亡くしました・・・彼女の暮らしを顧みながら・・・人生の要諦は「満足に生きること」だと実感しました。ただ欲望のままに消費することではない なぁ~としんみりしています。日本(人)は「かなりアンバランス」だと、自分の「人生の満足度」を考えながら思っております。来年はこの国が良い方向に大 きく変貌するようにしたいですね。

喜八さん

 つねづね「減反政策」は狂気の沙汰か? あるいは売国沙汰だと思っています・・・。

 JAXVNさんが言われるように、日本人の食事の欧米化を仕掛けるのは欧米勢力だと私も理解しています。スーパーに行けば、欧米系多国籍企業の商品が山と積まれていますしね。

 中国もだいぶ前からターゲットになっているのではないでしょうか。
 肉といえば主に豚や羊の肉を食べてきた中国人に牛肉の味を覚えさせようと米国が考えているのを知ったのは10年以上も前になると思います。マクドナルドの中国進出はいつのことでしょうか? 

 ご多分に漏れず都市化の進む中国では伝統的な食事を嫌う子供たちまで出現しているのでしょうか、餃子が嫌いだ! と公言する若い人を私の周りだけでも2人知っています。
 ただし、これは単なる個人的な食べ物の好き嫌いレベルかもしれません。おめでたい席で食べるという餃子なら中国人は誰でも好きだろう、と考えるのも日本人の偏見かもしれませんね。

 ついでに言いますと、中国は確実に豊かになってます。親が家一軒を売って留学費用を工面したという人もいた4、5年前と様変わりです。一人っ子政策でみな、おじょうさん、おぼっちゃんですし。
 仲良しの40代の中国女性がこの「現代っ子たち」を目の当たりにしたら驚くでしょう。日本もそんな時代がありましたよね。 

 何年か前にボランティアで行ったタイでは、女子中学生たちは私たちが舌鼓を打つラムプータン等のトロピカルフルーツに眼もくれないことにびっくりしました。地面に落ちても知らんぷりです。
 一方、同じ町の繁華街ではカリフォルニア産の葡萄(デラウェアに似てました)が2房日本円で700円ほどで売られていました。市場に行けば山盛りのマンゴスチンが数百円から何百円かで買えるのですから、輸入物の葡萄は高い!

 きっと、あの美味しいトロピカルフルーツよりもカリフォルニア産の葡萄の方がカッコイイ、と思っているだろうな、なんてその時感じました。
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 グローバル化って欧米化の意味でしょうから、土地に根付いた食文化の、ひいては文化の破壊を招くことになりますよね。
 AmlethMachinaさんの言われる地産地消が食生活の基本だと私も思っています。
 で、欧米式スタイルもちょっと楽しみながら、要はバランスが大切ということではないか、と。
 でも今はあまりにも地産地消がないがしろにされてます。
 食の安全保障food securityですよね。

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食料安保は基本的人権である。あらゆる人間は、安全で質の高い食料の確保を保証されるべきである」。
「食料安保の実現は、永続可能な開発にとって不可欠である」。
食料に関する権利は、食料の数量、質、アクセスなどの物質的な側面だけでなく、食料の文化的側面も含まれる」。

 等々といった言葉が謳われています。

 なお、地方にいると、マグロ一辺倒の東京の食事がとても貧しく思えます。
 魚はタイやマグロだけではありません。市場に出回らない魚にはタイよりもずっと美味しいものもあるのに値段は桁違いに安かったりするのですから、食生活を楽しむのだったらやはり地方でしょう。

 でも地方には職場がない……。

 こんな日本に誰がした?! と、怒りとも嘆きともつかない感情が湧いてきます。
 
 こば☆ふみさん、お母様を亡くされたのですか。心からお悔やみ申し上げます。
「人生の要諦は『満足に生きること』だ」と実感されたとのことですが、私も年を取ってだんだんそのことが分かってきました。
 若さだけが「いいもの」ではありませんよね。「老い」には「老いの良さ」があります。

 ではでは、また。

 
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